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返事

 

 ―――午前五時半起床。午前六時より鍛錬場で騎士たちと剣の手合わせを行う。

 午前七時半より大臣たちと朝食をとりながら西部地方の懸案事項について話し合う。

 午前九時よりローラン地方の領主たちと面会。

 会談が長引いたため、そのまま午前十一時すぎに執務室に入り、午後からの会議に備えてノーハスたちと打ち合わせを行う。

 午後一時より来年の予算について各省庁の役人を交えて会議。

 午後三時過ぎに五分の休憩を挟んだのちに再び会議。

 午後八時時半前に会議終了。

 その後執務室に戻り、今回の会議について気になった点をまとめ、各省庁への質問状を作成する。

 午後十一時を回ったので、秘書官たちを帰し、ノーハスと明日の打ち合わせをする。

 午前零時半過ぎ、ノーハスよりアドリアーネ殿からの交換日記を受け取る。

 マフィンが口に合ったようでよかったと思う。そのことは料理人に伝えるつもりである。



「なんてこと……。ジュード様はいったいいつお昼とお夕食をとられたの? お忙しいことは知っていたけれど、これほどとは……」


 翌朝、食事のあとでノーハスの遣いより鍵をかけられた小さな箱と鍵を受け取ったアドリアーネはさっそく箱を開けた。

 そこには昨日預けた日記帳が入っており、小さなメモに『もう一つの鍵は陛下がお持ちです』とあったのだ。

 人に見られないための策だと知って、アドリアーネはなるほどと声を出して頷いた。

 そしてさっそく読んでみれば、ジュードの忙しい一日が綴られていた。


「見て、ターニャ! ジュード様はやっぱりこんなにお忙しかったのよ。呑気にお茶なんて誘っている場合じゃなかったわ!」

「……拝見してもよろしいのですか?」

「今回だけね。初めだし」

「では……」


 遠慮がちに目を通し始めたターニャだったが、内容が内容だけにすぐに終わってしまった。

 ぱたんと革表紙の日記帳を閉じてアドリアーネに返す。


「これは、日報ですね」

「ね? ジュード様はお忙しいでしょう? このまま交換日記を続けてもらうのはご負担かしら?」

「……それならばそのようにおっしゃるのでは? ですが、この日報からはそのようには読み取れません」

「そう? うん。そうね。しかも私のことで喜んでくださっているのよ? やっぱりお優しい方だわ」

「それは、マフィン云々のあたりのことでしょうか?」

「そうなの! 日記の最後のほうにはお疲れしているご様子が窺えるのだけど、マフィンのところでは可愛らしいお花が咲いているの!」

「それはようございましたね」

「ええ!」


 アドリアーネは交換日記を胸に抱きしめ、満面の笑みで答えた。

 そもそもジュードから月に一度届いていた手紙も、他の者が読んだら月報だと思うだろう内容だったのだ。

 ただいつも最後の文面はジュードのアドリアーネに対する心遣いが書いてあった。

 ときには冒頭にも綴られていることもあり、アドリアーネにとってはその全てが今でも宝物である。


 しかも文通を始めた当初、まだこの世界での難しい言葉を使えないアドリアーネを気遣って、ジュードからの月報――手紙はかなり簡単な言葉で書かれていた。

 何度も何度も読み返したアドリアーネは、ある日そのことに気付いてますますジュードのことが好きになった。


 手紙に使われている言葉は時とともに変化しているのだ。

 それはおそらくアドリアーネの手紙を読んで合わせてくれていたのだろう。

 そんな細やかな気遣いのできる人。

 だけど手紙の内容はほとんど業務連絡のような不器用な人。

 アドリアーネはもう一度小さく咲く花にそっと触れてから、日記を小箱の中に収めて鍵をかけた。


「さてと、出だしは上々。今日も素敵な一日を過ごして、ジュード様に報告しなくちゃ。ターニャ、今日の予定は?」

「本日はかねてより姫様が望んでいらっしゃった騎士団の鍛錬場の見学が午前中に予定されております。昼食後はジュード様のにっ……日記に記載がございましたローラン地方の領主ご一行との面談。その後は特に予定を入れておりませんので、いつものように夕食までの間、散策に出られてもよろしいのではないでしょうか?」


 大まかではあるが午前の予定を聞いたアドリアーネの顔がぱあっと輝いた。

 それこそ後の予定は聞いていないのではないかというほどに嬉しそうだ。


「そうね、今日だったわね! 楽しみだわ!」

「姫様、今回の騎士団の鍛錬場見学は姫様たってのお望みでしたのでどうにかねじ込みましたが、普通の姫君は閲兵式にご臨席なさるくらいで、間近で騎士や兵士たちの練習を観覧したりなどされませんよ?」

「あら、それじゃあ姫君と騎士との恋物語ではどうやって恋に落ちるの? 馬上槍試合で武運を祈るためにハンカチやリボンなどを槍に結びつける相手はどうやって選んでいるの? 私、隊長以外の聖騎士の方たちときちんと話したことなんてないわよ?」 

「姫様、あれらは全て作り話ですから。ご都合主義なものなのです」

「そうなの? それじゃあ、ちっとも参考にならないってこと?」

「……そうかもしれませんね」


 恋愛初心者のアドリアーネはこの世界の恋物語を読んで、ジュードとの再会に備えていたのだ。

 それが参考にならないとなれば、どうすればいいのかわからない。


(まさか異世界に転生してまで恋愛スペックが必要になるとは……。外見は完璧なのに中身が喪女では好きになってもらえる気がしない……。やはりここは聖王女として可愛く攻めるべきよね)


 たまに自分の言動にむず痒くなるが、皆が求める聖王女として振る舞ううちに身にはついていると思う。 

 ただあまり聖女感を出すと、かえってジュードは引いてしまうこともわかっているが、無下にはできないことも知っている。


「とはいえ、騎士たちの訓練を見学できるなんて楽しみなことには変わりないもの。長年の間、ジュード様も同じように訓練されてきたわけでしょう? それどころか、今だってほとんど日課のように訓練には参加されているのよ? うまくいけばお会いできるかもしれないわ」


 前世の自分は内気で、いいなと思う人がいてもアプローチすることなどできなかった。

 せっかく生まれ変わって、運命だと思える人に出会えたのだから、ここで諦めては生まれ変わった意味がない。

 前向きに考えを変えて、どうやってジュードを攻略するかと考えなければと新たに決意したところで、ターニャが呆れた様子で口を開いた。


「それでは、そろそろ鍛錬場に相応しい装いをしませんと」

「ええ、そうね」


 もしジュードと鍛錬場で出会えたらどんな会話をしようかと頭の中でシミュレーションしながら、とびっきりのおしゃれをして部屋から出ていった。




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