二度目のデート
騎士団の鍛錬場を見学したいと申し入れがあったときには何かの間違いかと思った。
だがアドリアーネ王女たっての願いだと二度目の申し入れがあり、ジュードは何とか自分も立ち会えるよう日程を調整したのだ。
ただ急用が入った場合に備えて、王女側にはジュードも立ち会うとは連絡していなかった。
だからジュードが顔を出したときの王女側の驚きは予想していたが、これほどの歓迎ぶりは予想外だった。
「ジュード様! まさか私の我が儘での鍛錬場見学にお付き合いしてくださるのですか!?」
「え、ええ。たまたま時間が空きましたので」
嘘だ。必死に調整したのではないですか、というノーハスの視線は無視する。
アドリアーネは少しでも早く近づきたいとでもいうように、ふわふわの金色の髪を揺らしながらジュードに駆け寄った。
それに慌てたのはアドリアーネのお付きの者たちだ。
年配の侍女らしき女性はアドリアーネの不作法に、聖騎士たちは守るべき主が突然離れたことに動揺したらしい。
それをかまわないとジュードは軽く手で振って示す。
そんな周囲に気付いた様子もなく、アドリアーネはジュードの傍にやってくると、にこにこしながら手を差し出した。
反射でジュードは腕を差し出す。
(うん?)
急に動かれたら警備の者が困惑しますよ、と忠告するつもりだったのだが、気が付けばジュードはアドリアーネをエスコートする形になっていた。
そんな二人の姿に周囲の者たちが目を見開く。
普通の男性よりも背が高く鍛えられた体のジュードは頬に大きな傷ができてからは女子供は近づかなくなった。
さらに玉座に就き、残虐王だの簒奪者だのと呼ばれるようになってからは一部を除く男たちからさえも恐れられている。
それなのに、本当は精霊ではないかと思えるほど儚げで美しいアドリアーネが屈託なく微笑んでジュードに寄り添っているのだ。
周囲よりもジュードが一番驚いていた。
「あの、アドリアーネ殿……?」
「はい。鍛錬場はもうすぐですね? 剣のぶつかりあう音が聞こえてきましたもの」
「あ、ああ。そうなんだが……」
一応は伯爵家の三男として礼儀作法は仕込まれているし、騎士時代にはそれなりに女性の相手をしてきた。
だがここ十年ほどはジュードに近づく女性は権力を欲しているか、失脚させることを目論んでいるかのどちらかばかりで、これほどに無垢な女性に接することはなかった。
むしろ騎士時代でさえない。
そもそもこんな可憐な姫に鍛錬場などというむさくるしい場所を見せてよいのだろうか。
そう考えたジュードだったが、自然と足は前へと進んでおり、気が付いたときには遅かった。
「まあ、なんて……」
「アドリアーネ殿、やはり――」
「皆さま何て勇ましいのでしょう! あのように剣で鍛錬するなんて危なくないのですか?」
「……あれは刃を潰しているので下手して怪我をすることはあっても大したものではありませんよ」
「そうなのですね。ですがやはり怪我をされるなんて……。皆さま方のこうしたたゆまぬ努力があってこそ、わたしたちは安心して暮らせるのですね」
「そう、ですね」
アドリアーネの言葉に、ジュードは一時過去に思いを馳せた。
十五年ほど前までは王家に忠誠を捧げ、あの中に混じって国王陛下の剣となるべく日々己を研鑽していたのだ。
それが今、簒奪者となって玉座に居座っている。
多くの仲間を殺め、王家の血族を押しのけ、本当に自分はいつまで国王などとのたまっているのだろう。
ジュードはもう何万回も問い続け、囚われている自責の念に意識を奪われたとき、腕からきゅっと温かな力が送られた。
「ジュード様、素晴らしいですわね。あの方たちは皆、ジュード様に心から忠誠を捧げておりますもの」
ジュードとアドリアーネの登場に、騎士たちは鍛錬を中断して整列する。
そして模擬剣であるために剣先を地に向けて左腰に当て、右拳を胸に当てた。
確かに忠誠の構えではあるが、騎士として慣例のようなものなのだ。
ただ今は聖王女であるアドリアーネに敬意を表しているのだろう。
「いや、あれは……」
「ジュード様にですわ。おまけの私ですね?」
どう伝えるべきかジュードが思案していると、アドリアーネは自信ありげに言い切った。
不思議に思い見下ろすと、アドリアーネは美しい顔をさらに輝かせて尊敬の眼差しを向けてくる。
気恥ずかしくてさっと顔を逸らし、騎士たちに視線を戻すと、なぜか騎士たちの熱い思いが見える気がした。
「――皆、ご苦労。私たちのことは気にせず、訓練を続けてくれ」
「はっ!」
皆が声を合わせ答えると、また打ち合いを始める。
ジュードは密かにほっと息を吐き出した。
憎まれることには慣れているが、好意や熱意を向けられることには慣れていないのだ。
騎士たちを無言で眺めているジュードは傍からだとかなり不機嫌に見える。
そんなジュードを女性たちは恐れるのだが、アドリアーネは嬉しそうに微笑んだまま。
そこにようやく鍛錬中の騎士たちの隊長であるミハエルがやってきた。
「あれ? ジュード様までいらっしゃったんですか?」
「ミハエル、今までどこに行っていたんだ? 今日は王女殿下が見学にいらっしゃると伝えていただろう?」
「いやあ、聖王女様がこんなむさくるしいとこにいらっしゃるなんて、何かの間違いだろうと思ってたんすけど、ほんとだったんすね」
鍛錬場の奥にある控室から出てきたミハエルに慌てた様子はない。
ジュードの低く怒ったような口調にも堪えもせず、アドリアーネの前に膝をついた。
「王女殿下、大変失礼いたしました。申し遅れましたが、私はこの第三隊隊長のミハエル・クレントと申します。以後、お見知りおきを」
「よろしく、ミハエル」
アドリアーネはにっこり笑いながら左手を差し出し、甲にミハエルのキスを受けた。
その姿はあまりに自然で、まるで物語に出てくる姫君と騎士のようである。
見目麗しいミハエルと違って、服装さえ違えば悪漢にしか見えないジュードは二人の仲を引き裂く山賊のような気分だった。
山賊に攫われた姫は愛を誓った騎士に助け出され、父王もようやく二人の仲を認めるのだ。
「ミハエルはクジャクのように華やかなのですね」
「ありがとうございます」
アドリアーネの声に馬鹿げた空想から覚めたジュードは、いつになく嬉しそうに答えたミハエルを見て驚いた。
その容姿と身分から女性に人気の高いミハエルは、派手に浮名を流してはいてもどこかいつも冷めている。
そんなミハエルの心さえも動かすアドリアーネはさすがと言うべきだろう。
(年だって、俺より七歳も若いミハエルのほうが王女にはお似合いだよな……)
訓練について詳しく説明するミハエルの言葉に耳を傾けるアドリアーネを横目で見たジュードは自嘲した。
そして二人の会話に一度も口を挟むことなく、厳しい表情のジュードの前で、騎士たちは必死に訓練を続けたのだった。




