面会
「姫様、ミハエル殿について〝クジャクのよう〟とはあまり誉め言葉とは申せませんよ?」
「もちろんわかっているわ。クジャクの雄は美しい羽根を広げて雌を誘うのですもの。ちょっとした嫌みだったけれど、ミハエルもちゃんとわかっていたみたい」
騎士たちの鍛錬の見学が終わったのち。
部屋に戻ってさっそく小言を言うターニャに、アドリアーネはにっこり笑って答えた。
十一年の聖王女生活で事務的な対人関係は完璧にこなせるようになっている。
問題は恋愛だけなのだ。
「そうなのですか?」
「ええ。私の前にひざまずいたときはとても大きく羽を広げたのに、嫌みのあとですぐに羽根をしまって、きちんと対応してくれたわ」
驚いたターニャに、アドリアーネはさらに驚くべきことを教えた。
鍛錬場の奥からゆっくりと歩いてくるミハエルは優雅なクジャクに見えたのだ。
「まさか本当にクジャクだったんですね……」
「ええ。とても美しい飾り羽よ」
「ですが姫様はジュード様の婚約者です。そのような方に誘いをかけようとするなんて無礼です!」
「本気じゃないわ。ミハエルは私を試したのよ。ジュード様への気持ちを量るために」
「姫様を試されるなど、ますます無礼ですよ!」
「落ち着いて、ターニャ。私は嬉しいの。ミハエルはジュード様に憎まれ口をたたきながらも、心から信頼しているようなんだもの」
騎士団長には王城に到着当初に挨拶をされた。
そのときにジュードへの尊敬を感じることはできたが、王と騎士団長との一定の信頼関係以上のものはなかった。
それがミハエルは少々年齢が離れているようだが、ノーハスと同じようにジュードと友人関係にあるようだったのだ。
「オオカミさんにお友達がいてよかったわ。それに……」
「何かおっしゃいましたか?」
「ううん。何でもないわ」
アドリアーネの着替えのために後ろに回って屈んでいたターニャには、今の言葉は聞こえなかったようだ。
だが独り言のようなものだったので、あえて繰り返しはしなかった。
昼食の後にはローラン地方領主たちとの面会も控えているのであまり時間はない。
そのときにはまた着替えなければいけないのだ。
皆が必要としているのは聖王女のアドリアーネであり、面会時には特に意識して清廉なドレスを選んでいる。
「――手を煩わしてしまってごめんなさいね。何度もありがとう」
「そのようなもったいないお言葉を!」
「私どもは殿下のお世話をさせていただくだけで光栄でございます!」
昼食後、慎重にドレスを整えてくれている侍女たちに声をかけると、感激した様子の答えが返ってきた。
彼女たちはアドリアーネを崇拝している。
感謝の笑みを浮かべながらもこれ以上は何も言わないほうがいいなとアドリアーネは口を閉ざした。
そこにターニャが割って入る。
「さあさあ、そろそろ時間ですからね。あなたたち急ぎなさい」
「はい」
心酔していた侍女たちはターニャの声を合図に急ぎ準備を戻った。
ターニャも父王のことは同じように崇拝しているが、アドリアーネにはもっと気安い。
アドリアーネは聖王女としての役割に時々息が詰まりそうになりつつも、ターニャがいてくれるからこそ続けていられるのだ。
「ありがとう、ターニャ」
「……先ほどからどうかされたのですか?」
「いつもお世話になっているからお礼を言ったのに、どうしてそんな疑うような目で見るの?」
「姫様が急にしおらしくなられたからです」
「あら、私はいつもそうよ。ただターニャの前では態度に出さないだけ」
「遠慮なくいつでも態度に出してくださいませ」
ターニャの遠慮ない物言いにアドリアーネはふふっと笑った。
目が覚めてからの一年間はとにかく必死だったが、ターニャは生まれたときからずっとアドリアーネの世話をしてくれている。
前世が懐かしく残してきた家族や友達のことを思うと涙することもあった。
その時に心から慰め寄り添ってくれたのもターニャなのだ。
また人の気持ちが具現化して見えるがための苦しみも、ターニャは受け入れ励ましてくれていた。
「ターニャ、大好きよ」
「はいはい。それではまいりますよ」
またまたターニャは照れ隠しの素っ気ない態度であるが、アドリアーネには大きくしっぽを振る姿が見える。
口に出せばさらに恥ずかしがることはわかっていたので、アドリアーネはにんまりしながらもそれ以上は何も言わずにターニャについて面会場所へと向かった。
応接間ではすでにローラン地方の領主たちが待っており、扉の前――聖騎士とターニャの前に立ったときには聖王女としての表情に変える。
扉が開かれる直前、ちらりとアドリアーネを見たターニャは「上出来です」とでも言わんばかりにかすかに口角を上げて前に向き直った。
「皆さま、お待たせしてしまい申し訳ございません。アドリアーネでございます」
聖王家の者は家名を持たない。
そのため淑女としての礼をしながら名前のみの挨拶になる。
そんな態度のアドリアーネに領主たちは恐縮した。
本来、聖王家の方にお会いできることなど一生に一度もないほどの機会なのだ。
それが目の前で自分たちに対し、礼をしてくれている。
同席した神官などは声を殺して泣きだしていた。
『驕ることなかれ』というのが聖王家の家訓のようなもので、アドリアーネも父王からよく「常に日々人々に感謝して生きなさい」と言われて育った。
だから目上の人に対しては敬意を、弱き者には慈愛を持つのは当たり前である。
しかし人々はどうしても聖王家の者たちを神のように崇めてしまうらしく、特に神官たちはそれが顕著だった。
面会が終わって部屋に戻ると、アドリアーネはまた着替えた。
この後は散策に出るので、昼用の外出着である。
それでも少し休憩が必要だとターニャに言われ、素直に座ってお茶を飲む。
「百合の花が咲いていたわ」
「まあ、それはどなたですか? 今回は男性ばかりでしたのに」
カップをソーサーに戻してぽつりと呟けば、ターニャが興味深そうに訊いてくる。
先ほど面会した者たちのことを話しているとわかったのだろう。
「神官長よ。かなりお年を召しているのに、あれだけ美しい百合は珍しいと思うわ。お父様に直接仕える神官たちと変わらないくらい」
「お年を召していらっしゃるからこそ、聖王様の奇跡をご存じなのでしょう」
「だけど、お父様のお力をもってしても、内乱を止めることはできなかったわ」
「姫様、聖王様のお力を疑うようなことをおっしゃってはなりません」
「別に疑っているわけじゃないわ。ただ少し……残念だと思っただけ」
熱狂的信者のターニャの前で口を滑らせてしまったことを後悔しつつ、アドリアーネはお茶を飲んで誤魔化した。
午前中の鍛錬見学時のジュードを見ていて、内乱さえなければと思わずにはいられなかったのだ。
ジュードの分身であるオオカミさんはずっと鍛錬に参加したくてうずうずしているようだった。
騎士たちの動きに反応して尻尾がブワッと広がったり、ぶんぶん揺れたりする。
今すぐ剣を持って駆け出すのではないかと思えるほどにうろうろしては立ち止まる、という動作を繰り返していた。
それなのに当のジュードはずっと厳しい表情のまま鍛錬を見つめていた。
まるで少しでも手を抜いたら許さないとでもいうように。
そんなジュードを見ていたアドリアーネは、もし内乱がなければジュードは今もこの鍛錬の中に混じっていたのだろうと思い、気の毒でならなかった。
「お父様は、ジュード様に寄り添いなさいっておっしゃったわ。確かに、私にはジュード様をお支えすることは無理だと思うの。私はあまりに経験不足だから」
「姫様……」
「でも、今の私は聖王女としてジュード様をお助けすることができるのよ。それが今日、ローラン地方の神官たちと会ってよくわかったわ。だから私、これからも頑張るわ」
聖王国の末姫はただ純粋無垢なだけではない。
アドリアーネの笑顔の中にも強い決意を見て、ターニャは応援の気持ちを込めて深く頭を下げたのだった。




