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ハッピーエンド


 ジュードがアドリアーネを抱き上げた瞬間、人々からわっと歓声が上がった。

 そこでようやくアドリアーネは現状を思い出し周囲を見回す。


「あのさ、なかなか素敵なプロポーズではあったけど、まだ少し気が早いよ」


 呆れのため息を吐きながらぼやくヘレオンに目を止めて、反抗するようにジュードに回した腕に力を入れた。


「お兄様、私は国へは帰りません」

「ヘレオン殿。申し訳ないが、やはりアドリアーネ殿を帰すことはできない」

「うん、知ってる」


 ジュードもまた離さないとばかりにアドリアーネを強く抱きしめたが、ヘレオンはあっさり頷いた。

 二人とも驚いてヘレオンをぽかんと見つめる。


「僕だって鬼じゃないからね。想い合っている二人を引き離すなんてことはしないよ。ただ大切な妹を苦しめた君にちょっとばかりの仕返しをしただけさ」

「お兄様、ジュード様は私を苦しめたりなどしておりません。それどころか、今回のことではお兄様はお邪魔虫です! せっかくジュード様が助けに駆けつけてくださったのに……」

「それはほら、妹への愛情だよ」

「迷惑です!」


 昔と変わらない意地悪な表情で、ヘレオンはアドリアーネに笑いかけた。

 そんな兄妹のやり取りを、ジュードは困惑して見ていた。


「花婿は祭壇の前で花嫁が禊ぎを終えて出てくるのを待つべきだろう? それなのにこうしてわざわざ迎えにくるなんて、よほどジュード殿は待ちきれなかったとみえる」

「いったい……?」


 何を言っているのだと問いかけようとしたジュードを遮るように、ヘレオンは片手を振った。


「王都の中央神殿で今頃はもう式の準備も整っているはずだよ。今からでも遅くない。ジュード殿はアドリアーネを置いて中央神殿に戻るべきだ。僕がちゃんとアドリアーネを連れていくから」

「いやです! 私はもうジュード様から離れません!」

「姫様……」


 へレオンの言葉にジュードよりも早くアドリアーネが反応した。

 日頃大きな声を出すことのないアドリアーネの宣言に、ターニャさえも驚いている。

 驚く周囲にもかまわず、アドリアーネはジュードの腕の中から集まった人々に目を向けた。


「みなさん、ごめんなさい! 私はしきたりを破ります!」

「アドリアーネ殿……?」

「私は世界中の誰よりも何よりもジュード様を愛しています! 十年前からずっと! だからこれ以上待てません!」


 聖王女の――聖王家の者から神殿のしきたりを破る宣言にその場は騒然とした。

 神官たちは慌てふためき、集まった者たちははやし立て、ジュードは唖然としている。

 さすがに引かれてしまっただろうかと、前世喪女のアドリアーネは不安げにジュードを見つめた。

 そこにヘレオンが意地悪い笑顔で近づいてくる。


「どうする、婿殿?」

「私は……」


 問われてジュードは一度言葉を詰まらせたが、すぐに力強くヘレオンを見返した。

 アドリアーネを抱きしめたその姿はもう二度と離さないとでもいうように見える。


「私は愚かです。たくさんの間違いを犯し、多くの罪を犯してきました。こんな私がアドリアーネ殿に相応しくないことは十年前から重々承知しております。少しでも正しき道を進もうとするなら、今この場でアドリアーネ殿を手放すべきでしょう」

「ジュード様……」

「だができない! 私は神よりも何よりもアドリアーネ殿を愛している!」


 わっと周囲から歓声が上がった。

 皆がアドリアーネとジュードの結婚を祝福し、しきたりを破ることについて文句を言う声はひとつもない。

 今まで〝冷酷王〟だの〝残虐王〟だのと噂されていた国王が観衆の面前で愛を告白したのだ。

 盛り上がらないわけがない。


「やっぱりあれはただの噂じゃないのか?」「俺たちの暮らしはよくなったもんなあ」などと交わされる言葉も多かった。

 しかし、アドリアーネはジュードからの愛を告げる言葉に感動して、周囲の声は全く耳に入っていなかった。

 残念ながら兄であるヘレオンの声さえも。


「しきたりなんて、愛を前にすればどうでもいいよね」

「ヘ、ヘレオン様……」

「ほらほら。神官長、急いで。二人はもう待てないみたいだから、このままここで式を挙げてあげてよ」

「は……はい!」


 もうジュードしか見ていない――見えていないアドリアーネにはどこで式が行われたのかもよくわかっていなかった。

 ただ希望していたコスモスの花が祭壇に飾られていたことには気付いた。

 それから、神に愛を誓い、結婚が認められて神殿から出たところで、集まった人々がコスモスの花を振ってくれていたことも。


 これはターニャが皆に指示を出して、急ごしらえで整えられたものだったらしい。

「姫様のご希望がコスモスで助かりましたよ」とも、後にアドリアーネはターニャから何度も聞かされた。

 ターニャの口調は不満そうではあったが、その顔には満面の笑みが広がっているのだ。

 そのたびに、アドリアーネは笑って答えた。


「前世喪女だった自分にあんなにドラマチックな体験ができるなんて思ってもいなかったわ。きっと神様のお陰ね。それからターニャ、お父様、お兄様たち、みんな、何よりジュード様のお陰で私はこんなにも幸せなの。ありがとう」


 そう言って抱きしめれば、ターニャは「もう子どもではないのですから」とか何とか言いながら離れようとする。

 その背後では嬉しそうにしっぽをぶんぶん振る母犬の姿が見え、アドリアーネは嬉しくなってさらに強く抱きしめるのだ。


「――ところでアドリアーネ様がよくおっしゃる〝モジョ〟って何ですか?」

「それは……」


 照れ隠しなのか何なのか、突然ターニャに質問された内容にアドリアーネは「今頃?」と思いつつどう答えるか悩んだ。

 そしてようやく出てきた前向きな言葉。


「喪女っていうのは……この先、幸せが待っている女性のことよ」


 まさかそれが世界中の女性たちが目指すものになるとは思わずに。

 そして五歳になった娘に「わたし、モジョになるの!」と宣言されたとき、アドリアーネは一人頭を抱えた。



 この後、ボラリア王国は内乱前よりも発展し栄え、人々は豊かに暮らすことができるようになった。

 もちろんアドリアーネとジュードが末永く幸せに暮らしたことは語るまでもない。




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