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錬金術

 

 ―――今日は今まで生きてきた中で一番に嬉しい出来事がありました。

 それはジュード様からお花をいただき、さらにはプロポーズされたことです。

 こんな幸運に恵まれるのもジュード様のお陰です。ありがとうございます!

 コスモスは今も力強く上を向いて花瓶の中でも咲いております。

 このような自然美溢れるコスモスのように私もなりたいと思い、式ではコスモスを中心にドレスや式場を飾ってもらうことにしました。

 ~中略~

 今から結婚式が楽しみでなりません。

 皆に祝福されジュード様の妻となれる日を心待ちにしております。―――



 交換日記を読み終わったジュードは、そのままがっくりとして大きく息を吐いた。

 こんなことなら恥ずかしがらずに、贈る花をもっと真剣に選んで用意すればよかった。

 朝の鍛錬の帰りにたまたま通路脇で見かけた花――コスモスと言うらしい――を無造作に摘むのではなかったと後悔が押し寄せる。


 あのときは寝不足のためだと言い訳したい。

 アドリアーネが絶賛していた物語をどうにか読んだものの、自分には無理だとの思いと、どうしたら叶えてあげられるだろうとの葛藤で眠れないまま朝を迎えたのだ。

 ただプロポーズに花は付きものということだけは理解した。

 その結果の行動が無造作に摘んだ花を贈ったのだからと、ジュードは昨夜ベッドに入る前に書いた自分の日記を読み返した。

 そして頭を抱える。


(馬鹿か、俺は……)


 こんな感情のこもっていないプロポーズなどあり得ない。

 それもあんなに砂糖を吐きそうな物語を愛読しているアドリアーネに対して。

 昔から感情を表に出すことは苦手だったが、王になってから――冷酷だの残虐だのと言われるようになってからはさらに苦手になっていた。


 だからといって感情がないわけではない。

 改革を拒む貴族に罰を、ジュードの命を狙う者には極刑を言い渡し、粛清するたびに心はギリギリと痛み、治ったはずの頬の傷が痛んだ。


 ジュードは思わず頬の傷に触れた。

 この顔を初めて見ても怯まなかったのは、騎士や兵士以外では聖王家の人たちだけだった。

 しかも謁見の場にいなかった幼い王女に会うようにと聖王から告げられたときには、ジュードのほうが怯んだくらいだ。


 すぐに固辞したものの、ぜひにと聖王に促され、王女の許へと足を運びながら気持ちが沈んでいくのがわかった。

 王女はまだたったの八歳だという。

 こんな理想郷のような場所で生まれ、皆に慈しまれ育った王女が自分のような穢れた存在を目にしてもよいのか。

 どんな戦いにも臆することのなかったジュードは初めて怖いと感じたのだった。


 ところが王女はジュードを「オオカミさん」と呼びはしたものの、にっこり微笑んでジュードの傷を心配したのだ。

 それどころかジュードにプロポーズまでした。


「結婚か……」


 あの内乱で父と次兄は亡くなり長兄が伯爵家を継いだが、ジュードが王となってからは領地に引っ込んだきり。

 お前とは縁を切るとの手紙が届いたきり、家族とはもう何年も会っていない。

 ジュードが王位にあるのも、先代王の後継者たち――家族が争った結果だった。


 今もまだ血の繋がった者たちが王位転覆を企てている。

 血族など信用できない。

 だが、アドリアーネは信用できる。

 たとえジュードに対する気持ち――思い込みが消えたとしても、裏切ることはないと確信が持てた。

 幸運に恵まれているのはジュードのほうなのだ。


(ヤバい。本当にいいのか? ヤバすぎるだろ……)


 ちょっとばかりコスモスの花で飾られたドレス姿のアドリアーネを想像してにやけたジュードはすぐにその妄想を打ち消した。

 隣に自分を並べてみたのがまずかった。

 しばらく頬の傷を撫でていたジュードは立ち上がると、燭台を持って洗面室へと入って鏡を照らす。

 髭剃りは毎朝従者が行うため、鏡などめったに見ない。

 昔はそこまででもなかったのだが、やはり頬に大きな傷を負ってからだった。


 ほとんどの者たちが話をするときでも自分の顔を見ないように意識していることには気付いている。

 だがアドリアーネは最初から――再会してからもまっすぐにジュードを見つめ微笑んでくれるのだ。

 そのことにかすかに希望を持って鏡を見たジュードはあまりの酷さに目を見開いた。


 ロウソクの明かりのせいだとはわかっていても、疲れの滲んだ顔は不気味だった。

 充血した目に無精ひげの生えた頬。傷の箇所だけ引きつれてひげもないため、余計に傷が目立つ。

 子供の頃に兄から意地悪く教えられた古城を徘徊する騎士の幽霊のようだった。


(これは酷い。さすがに酷すぎるだろ……)


 何度もこれはロウソクの明かりのせいだと言い聞かせる。

 それでもやはり酷い。

 せめてあと十歳若ければと思い、その無意味さに自嘲した。

 アドリアーネと初めて会ったのは、ちょうどその十年前なのだ。

 どんなに願っても、若返ることはできないし、アドリアーネとの年の差が縮まることはない。


 ではせめて見た目だけでもどうにかならないかと考え、ふとポレルモ子爵夫人のことを思い出した。

 彼女は性格はともかく、容姿はそれほどに衰えていない。――ジュードの好みではないが。

 そういえば女性たちは若さを保つために日々努力していると聞いたことがある。

 少し考えて、ジュードは昨晩借りた物語の本二冊を抱え、燭台を手に持ったまま部屋を出た。


 昨晩と同様に衛兵が驚き、すれ違う使用人が小さく悲鳴を上げたが、気にせずに――本当は気になったが図書館へと足を踏み入れた。

 そのまま目を見開いた司書に軽く頷いて見せると、遠回りをして物語の並んだ書架に向かう。

 記憶力は確かなので二冊とも元あった位置に戻し、それから今まで何度も足を運んだことのある書架に進んだ。

 そこには医療関係の書物が並び、ジュードは若い頃から怪我の応急処置の仕方などを学んだのだ。


 若さを保つのだから人体学が必要なはずだと、それらしき書物を探す。

 しかし、昨晩以上に時間をかけても見つからない。

 そこでふと錬金術のことを思い出した。


 死者を甦らせる錬金術なるものが世の中には存在するという噂がある。

 もちろんジュードは信じていないが、死者を甦らせるくらいなら若返らせるくらいはできるのではないかと思ったのだ。


 しつこいようだが、ジュードは錬金術さえ信じていない。

 だが溺れる者は藁さえ摑むのごとく、ジュードは錬金術の書物の中からそれらしきものを探した。


 しばらくのち、ようやく目当てに近いものを見つけたジュードはほくほくしながら部屋へと戻った。

 その表情さえロウソクに照らされ見かけた者たちに恐怖を与えていることには気付かずに。

 そして美容の大敵が睡眠不足だということも知らないまま、またジュードは夜更かしをすることになったのだった。




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