棘
―――まずはじめに、私の浅慮な判断でアドリアーネ殿を侮辱し、混乱させてしまったことを謝罪したい。
今日の午後、アドリアーネ殿の覚悟と想いを改めて知り、私がいかに自分勝手であったかを思い知らされた。
そして、このように愚かな男を慕ってくれるアドリアーネ殿には感謝している。
今さらこのようなことを告げるのは遅いだろう。
だがどうか、私と結婚してほしい。―――
もう何度も読み返し、すっかり覚えてしまった文面。
文章だけではかなりそっけなく、本当にプロポーズなのかと言いたくなるようではあったが、あの赤い花びらと少し萎れてしまったコスモスの花がジュードの真心を表していた。
だからこそ、アドリアーネはここまで喜んでいるのだ。
うきうきしながら午前中は結婚式の打ち合わせを王城の神官と行い、午後はドレスに飾る花を選ぶために庭へと出た。
式は十日後なのでもちろん今咲いている花は使えないが、庭師からちょうど満開になる予定の花々を見せてもらう。
しかし、アドリアーネはもうすでにメインの花は決めていた。
もちろんコスモスである。
ブーケや髪に飾る花、式場になる聖殿を飾る花々にコスモスをと望むと、庭師はもう少し華やかなほうかいいのではないかと勧めてきた。
コスモスはあまりに庶民的である、と。
「コスモスはどんな強い風にも負けず、何度も起き上がる強さがあるわ。この国の人たちも苦難の時を乗り越え、今はこんなにしっかりと立ち上がっているんだもの。私もそのように強くなりたいの」
アドリアーネのこの言葉に、庭師だけでなく付き添いの侍女や聖騎士までもが感動し、さらなる崇拝者を増やした。
ターニャは半ば呆れていたが、アドリアーネの気持ちが嘘ではないことは知っていたので何も言わない。
そうして装飾の花が決まると、担当者や庭師は仕事に戻り、アドリアーネは少しだけ散策することにした。
「まあ! 王女殿下ではございませんか!」
「……子爵夫人、ごきげんよう」
せっかく良い気分だったのにと、ちょっと落胆しつつアドリアーネは声がしたほうに振り向いた。
子爵夫人には前回よりも鋭くなった棘を持ち少し色褪せたバラが覆っている。
触れると怪我をしてしまいそうで、アドリアーネは内心怯んだ。
だがすぐに聖騎士がいるのだから大丈夫だと思い直す。
「ごきげんよう、殿下。お噂を伺いましたわ、おめでとうございます」
「噂? 何のことです?」
「ジュード様が殿下に花束を贈られたとか。あの方がそのようなことをされるなんて、天変地異の前触れではないかと噂されているのです」
この言い方にはアドリアーネも腹を立てた。
ジュードは不器用なだけで、本当は優しい人なのだ。
アドリアーネよりもずっと付き合いの長い――恋人同士だったかは別としても――子爵夫人が口にするようなことではない。
「天変地異の前触れだとすれば全然おめでたくはないですね。ですが、ご安心ください。婚約者にお花を贈るのはそれほどに珍しいことではありません。ですからジュード様は私にお花を贈ってくださったのですわ。私を喜ばせてくださるために」
「ジュード様は今までそのようなことをなさる人ではありませんでしたのよ。昔、私にお花の一本もくださったことがなくて……あ、深い意味はないんですの」
「ああ、よかった! 深い意味がないお相手にお花を贈られるような方ではないのでしたら、私はジュード様にとって特別なのだと思って大丈夫なのですよね? ありがとうございます、子爵夫人。自信を持つことができました。それでは失礼いたします」
アドリアーネは無邪気に答えて感謝の笑みを浮かべた。
子爵夫人の笑顔は醜く引きつっている。
誰が見ても純真なアドリアーネは、ポレルモ子爵夫人の悪意に気付いていない。――こともなく、本当は気付いて嫌みで返したのだ。
しかし付き添いの侍女や周囲で会話を聞いていた者たちは、子爵夫人の意地の悪さだけに眉をひそめていた。
以前から子爵夫人の美しさを鼻にかけた横柄な態度は女性たちに嫌われている。
そのため、このやり取りの話もあっという間に広がり、子爵夫人は身の程知らずだと皆から敬遠されるようになるのだった。
当然、アドリアーネの耳に入ることはなく、日記には子爵夫人のことには触れず、プロポーズされてどれほどに嬉しかったか、お花をもらってとても感動したことなどを書いた。
しかし、ノーハスからポレルモ子爵夫人のことを聞かされたジュードは顔をしかめた。
「若い頃のツケが今になって回ってくるか……」
「ツケなどと言うほどのものではありませんよ。彼女は今、誰にとっても迷惑な存在でしかないのですから」
「彼女とはこれ以上アドリアーネ殿が接することのないよう配慮が必要だな。私のせいでアドリアーネ殿の気分を害するわけにはいかない」
「そのように手配させていただきます。が、子爵夫人に関しましてはジュード様の責任ではまったくありません。あえて責任があるとすれば、彼女自身。そしてポレルモ子爵です」
「……そうだな」
かなり年下の我が儘な嫁に手を焼いている子爵を思い、ジュードは気の毒に思った。
あと二十年経ったとき、自分とアドリアーネはどのようになっているのだろうと考える。
だがどう考えを巡らせてもポレルモ子爵夫妻のようになるとは思えなかった。
きっとアドリアーネなら、今のような気持ちが消えてしまっても、ジュードに心を尽くしてくれるはずだ。
そう強く確信できるのに、今まで自分は何を逃げていたのだろうと自嘲を漏らした。
「ジュード様?」
「いや、何でもない」
訝しげに問うノーハスに首を振りながら答え、目の前の書類に視線を戻した。
この先、自分の存在がアドリアーネの負担になるようなら迷わず解放しよう。
ジュードはふっと肩の力が抜け、もうすぐ届くであろう交換日記が楽しみになったのだった。




