晩餐
夕食が用意された部屋に入ると、ジュードはすでに待っていた。
しかし、アドリアーネが来るまでは仕事をしていたらしく、ノーハスが急ぎ書類の束を持って別の扉から出ていく。
ジュードは決まり悪げな表情で立ち上がってアドリアーネを迎えた。
「アドリアーネ殿、その……」
「こんばんは、ジュード様。今夜はお食事にお誘いいただき、ありがとうございます。とても嬉しく思っております」
アドリアーネはにっこり微笑むと、スカートを摘まんで軽く膝を折って挨拶をした。
忙しいのに申し訳ないなとは思ったが、それを口にすると嫌味のようなのでやめておく。
だがジュードは困り顔でアドリアーネに近づき腕を差し出した。
「ありがとうございます」
席までのエスコートを喜んで受けたアドリアーネだったが、給仕のために控えている者たちは驚いているようだった。
どうやらジュードの顔が怒っているように見えるらしい。
それなのにアドリアーネが怯えた様子もなく微笑んでいるので、さすが聖王女だと思っているようだ。
(私が部屋に入ったときのオオカミさんはしっぽをぴんと張ったあとに、あたふたしていたんだけど……)
その様子が可愛くて、アドリアーネは微笑まずにはいられなかったのだ。
今のジュードは緊張しているらしい。
そのせいで顔が強張っているのだが、もちろんアドリアーネは気にしなかった。
「今夜は食事に付き合ってくれて、私も嬉しく思う。せっかくアドリアーネ殿がこの国に来てくれたとういうのに、忙しくてなかなか時間が取れないことは申し訳なく気になっていたんだ」
「まあ……。そのようなお気遣いは必要ございませんのに」
「だが、これから先も私はこのような生活が続く。この国はまだまだ貧しく、私がやるべきことはたくさんあるのだから」
「確かに、そのようですね。ですが、私もやるべきことがたくさんあるようですから、今から気合を入れております」
「アドリアーネ殿が……?」
席に着くとすぐにお料理が運ばれてきて始まった会話。
特に乾杯はしなかったが、アドリアーネは甘口の葡萄酒を一口飲んでから、ジュードに答えた。
お酒の種類は聞かれなかったのに、ちゃんとアドリアーネの好きなものを用意してくれている。
それだけでもアドリアーネはここで歓迎されていると感じられるのだ。
それなのにジュードの言葉はどこかアドリアーネを拒絶しているように聞こえた。
しかしそれでめげるほど長年の素っ気なさを耐えてきていない。
「はい。私はここまでの道中、この国の皆に温かく迎えていただきました。この王城でも同様です。ですから結婚後はその感謝の気持ちを込めて、皆に直接お会いしてお礼を述べたいと思っております。そしてこの国の皆が望むことは何なのか、必要なものは何なのかを訊きたいと思っております」
「皆の願いを全て叶えることなどできないでしょう」
「当然です。目的は全てを叶えることではないのです。国民に寄り添うことが大切なのです」
アドリアーネは変わらず微笑んでいたが、その瞳には強い意志が見えた。
ジュードはその言葉の意味を理解して感動さえしたが、そこでこの食事の場を設けた理由を思い出した。
「その、先ほども申し上げたように、この国はまだまだ貧しい。そのため、あなたを――客人をもてなすための食事もこのようなものだ。しかし、普段はもっと質素なものを食べている」
そう言ってジュードはテーブルに並べられた料理を両手で示した。
その言葉にアドリアーネは軽く目を丸くする。
「ではまさか、私の今までの食事もお気を使ってくださって、あのように豪華なものを用意してくださっていたのですか?」
「……豪華?」
「はい。てっきり私を歓迎してくださっているのだろうと思っておりましたが、それがご負担になっているのなら、即刻おやめになってください。正直に申しますと、私もあまりこのような豪華な食事は慣れておりませんので、ちょっと苦しいかなあ……と」
アドリアーネはお腹を押さえながら恥ずかしそうに笑った。
その言葉に今度はジュードが驚く。
ジュードだけでなく、給仕のために部屋の隅に控えていた者たちまでも。
「聖王国は幸い豊かな国土に恵まれておりますが、だからといって王家の者たちは毎日贅を尽くしているわけではありません。質素倹約とまでは申しませんが、慎ましく暮らしております。もちろんお客様がいらっしゃるときには別ですけど」
アドリアーネはジュードを見つめて微笑んだ。
それは十年前のことを言っているのかもしれない。
毎日ごちそうでは飽きてしまう。――というのは、父王がよく言っていたことだ。
「ですからどうか、これからは私の食事も普段通りのものにしてください。量ももう少し控えていただくと嬉しいです。このままでは太ってしまうところでした」
続けたアドリアーネは悪戯っぽく言って笑った。
だがそれは心からのもののようで、今までもてなしに礼を尽くすため、残さないように頑張って食べ切っていたのだろう。
アドリアーネは皆の驚きの視線の中で、ゆっくりとグラスを手に取り、再び葡萄酒を一口飲んだ。
「この葡萄酒はとても美味しいですが、毎日飲まなくても私は生きていけます。食事は生きていくうえで絶対に欠かすことはできません。ですが私が必要とする分量はそれほど多くありません。もし私をもてなす必要があると思われているのでしたら、そのお気持ちはありがたくいただきますが、私はこの国の人間になるのです。ですからどうか明日からは皆さまと同じものを提供してくださると嬉しいです。ただし、今夜はジュード様からお誘いいただいた特別な夕食ですもの。十分に堪能させていただきます」
「本当に……」
「はい?」
「いや、それではどうかこの食事を楽しんでほしい」
「ありがとうございます」
この国での生活は厳しいものになる。
だから今まで通りにはいかないと告げて怯ませるつもりだったが、アドリアーネに機先を制されてしまった。
アドリアーネの言葉が本当なら――本当なのだろうが、それならば十年前の聖王国でのもてなしは客人として特別に扱われていたということになる。
ただの騎士でしかなかったジュードは当時、簒奪者とひどく罵られていた。
それなのに聖王はジュードを新たな王として歓待してくれ、後押ししてくれたのだ。
そんな恩も忘れ、王女に今までのような恵まれた暮らしができなくなると脅し、他にもあれこれと策を弄してアドリアーネから婚約破棄を言い出してくれるよう仕向けるつもりだったとはなんと卑怯なのか。
ここはやはり誠意をもって対応するべきだろう。
自分の計画を考え直したジュードは目の前のアドリアーネを見つめた。
すると目が合ったアドリアーネは天使のように微笑む。
たとえ彼女が聖王家の出身ではなくても、自分のような評判も人相も悪い面白みのないオッサンに縛り付けてはだめだ。
今日一日の出来事を楽しそうに話すアドリアーネの可愛らしい声に耳を傾けながら、ジュードはこの後はっきり告げようと心に決めたのだった。




