過去
―――今日の午前はジュード様とご一緒できてとても嬉しかったです。
騎士たちの鍛錬はとても迫力があり、怪我をされないかと心配でしたが、皆さまとても力強く頼もしく、この王国の未来を彼らが必ず守ってくださると感じました。
そして何より、皆さまジュード様に心からの忠誠を誓っているようです。
その強い気持ちが伝わってきて、私まで誇らしく思いました。
~中略~
また午後からはローラン地方の方々と面会を行いました。
彼らは私の輿入れをとても喜んでくれ、神官長は涙を流されるほどでした。
~中略~
交換日記を読むジュードの顔は百面相になっていた。
幸い今夜はノーハスも下がらせているので、その姿を見る者はいない。
鍛練場見学の話題では気恥ずかしさでかすかに口角が上がり、もどかしさで口角が下がる。
騎士たちはジュードに忠誠を誓っているとアドリアーネは言うが、本当にそうなのか――自分がその忠誠に見合うのかとの葛藤が生まれていた。
またローラン地方領主たちは昨日ジュードに対面したときと違い、アドリアーネには礼儀を尽くしたらしい。
輿入れを喜んでいるという文面には思わず噴き出しそうになった。
ジュードに対しては不信感をあらわにし、神官長などは聖王女を妃にするなど畏れ多く、今からでも辞退するべきだと訴えていたのだ。
それがアドリアーネを前にすると違ったらしい。
それとも何事にも前向きなアドリアーネがそう捉えただけかもしれない。
どちらにしろ、ローラン地方の者たちは油断ならないということだ。
(あの土地はかなり豊かな作物を提供してくれるのだがな……)
税が高いとの訴えだが、今年の収穫量を考えても十分にやっていけるはずなのだ。
それを他の貧しい地域と比べて不公平だという。
そのような地域は他にもあり、頭の痛い問題だった。
収穫量に対して課税しているため、収穫量の誤魔化しを行う領地もあり、その不正を暴くためにも人員と時間を割かなければならない。
もっと国に余力ができれば、それほどに厳しく取り締まらなくてもよいのだろうが、少なくとも見積もってもあと十年は必要だった。
(三年の内乱で二十年……)
聖王国からの援助を得てもこれほどに民を苦しめる。
その張本人である領主たちは国の施策に不服従なまま。
強硬手段を取らざるを得ず、気が付けば『残虐王』だの『冷酷王』だのと呼ばれるようになっていた。
ジュードは大きくため息を吐いて、ページをめくった。
そして息をのみ、背筋をピンと伸ばす。
―――その後はお茶を飲んで休憩し、南庭園の噴水まで散策しました。
水しぶきを上げて大きく噴き出す様は何度見てもわくわくしますね。
きっと夏場は涼を求めて多くの方が集われるのではないでしょうか。
ただ今の時期はやはり少し肌寒く、早々に退散することにしました。
冬になるとあの噴水は凍りついてしまうのでしょうか。
この地は聖王国よりも寒く、雪も積もると伺いました。
雪が多く降ると人々は大変だとは勉強しましたが、実のところ銀世界というものを見てみたいというのも本音です。
それからお城までの帰り道は違う道を行ってみることにしました。
ちょっとした冒険心です。
その途中で、ポレルモ子爵夫人にお会いしました。
とても美しい方で、ジュード様とは旧知の仲だとおっしゃっていました。
昔のお話を少しだけ伺い、ジュード様は昔からお優しい方なのだなと嬉しくなりました。
~後略~
ジュードは思わず右手で額を押さえ、目を閉じた。
ジャニスはジュードにとって若気の至りである。
まだ十代の頃、騎士を叙勲されたジュードはめきめきと頭角を現し、御前試合で初めて優勝したときに出会ったのだ。
美しく可憐な雰囲気を漂わせたジャニスは騎士たちの間でも人気の令嬢であり、祝福の言葉をかけられたときにはジュードは舞い上がった。
それから二人はよく会話するようになり、次第に休みを合わせて街へと出かけたりするようになっていった。
一年後、ジュードは念願の近衛騎士隊への入隊の内示を受け、意気揚々とジャニスにプロポーズした。
結果は無残に終わったことは言うまでもない。
そのときのジャニスは「あなたとはほんの遊びだった」とせせら笑ったのだ。
爵位も継げない伯爵家の三男に本気になるはずがないと。
そんなジャニスの指には大きなエメラルドの指輪が輝いていた。
それはジャニスよりもニ十歳以上も年上のポレルモ子爵から送られたものだった。
あの頃のことを思い出し、ジュードは深いため息を吐いた。
別に今さらジャニスには何の感情もない。
むしろ若さゆえの愚かさを露呈してくれ、決定的な間違いを犯さずにすんだのだから感謝さえしてもいいほどだった。
その後のことがなければ、だが。
なりたくもない王の座に就いてから二年ほど経った頃。
――聖王国から帰国して半年も経たずして、ジャニスはジュードに誘いをかけてきたのだ。
あまりの馬鹿馬鹿しさに一笑に付したが、彼女はそれから何度もすり寄ってきた。
子供を押し付けられて気の毒だとか、王は愛妾を持つべきだとか、さらには年寄りの夫の相手は疲れたと言って。
ずっと相手にせず無視を続けていたが、アドリアーネに接近したことは許せなかった。
偶然の出会いだったと思えるほどジュードはおめでたくはない。
何を企んでいるのか調べる必要がある。
だいたいの予想はつくが、用心するに越したことはないだろう。
そう考えたジュードはペンを手に取り、返事を――日記らしきものを書こうとして一時停止した。
(二十歳差か……)
ジャニスにポレルモ子爵と結婚すると聞かされたときに最初に思ったことは『あんなオヤジと?』だった。
振られたショックよりも、ジャニスの相手の年齢のほうが衝撃が大きかったのだ。
そのことを思い出せば、あの頃は浮かれていただけでジャニスの本性を心の底では気付いていたのだとわかる。
ただジャニスは騎士たちの間でも人気が高く、男の見栄がジュードをプロポーズへと駆り立てたのだろう。
今、アドリアーネの年齢は当時のジャニスに近く、ジュードもまた当時のポレルモ子爵と近い。
要するに、やはり自分はオヤジなのだ。
しかもアドリアーネは世界中の男が――いや、男女問わず憧れている聖王女である。
ローラン地方の神官長が殺意を抱かんばかりに怒っているのも当然だった。
(やはりこの婚姻は間違っている)
改めて自分の置かれている状況を思い、ペンを持ったまま頭を抱えた。
どうすればアドリアーネがこの間違いに気付いてくれるのか。
さんざん頭を悩ませたジュードは、思いついた作戦を実行するために日記に向き直ったのだった。




