スタッフロールは流れない
ゆっくりと目を開けると、白い天井と、LEDのライトが見えた。
鼻に酸素チューブが入っていて、腕には点滴の管がささっている。
ここは病院だ。
「あ、動かないでー」
優しい声がした。パタパタという足音は、相手が小走りしているのが分かった。
「ここがどこだかわかるかなぁ?今先生が、くるからね」
看護師さんがにこにこしている。私はどれくらい寝ていたのだろう?
視線だけを動かしたとき、デジタル時計に日付と時間が刻まれているのが見えた。
「ゲームのエンディングの日付だ」
ぽつりと呟いたけれど、それは看護師さんには届かなかったらしく、看護師さんはカルテを見ながらパソコンに何かを入力していた。
モニターに、私の心拍数と血圧が表示されているのが見えた。他のモニターは黒い。他の患者はいないようだった。
退院して、冬休みだったのでそのまま家ですごし、三学期は普通に登校しようと思っていたら、
「制服がないのよ」
言われて初めて気がついた。
いつもの場所に制服が掛けられていないことに。
「通学カバンもないんだ」
私は、改めて自分に何が起きたかを知った。
三学期になり、私は今まで通りに徒歩で学校に向かった。通学カバンが用意できなかったので、シンプルな手提げカバンにノートと筆記用具を用意した。
ただ、手には花束を抱えている。
そして、初めて1人で登校をしている。
花束を抱える私をみても、誰も声などかけてこない。横断歩道を渡り追えると、私は足元のガードレールに沿うようにして花束を置いた。
年末までは献花台があったそうだが、学校から近いから校門に移動されたそうだ。
でも、私はここに花を添えたい。
誰も私に声をかけないまま通り過ぎていく。学校に向かう生徒が少なくなった頃、私はようやく学校に向かって歩き出した。
教室には行かず、職員室に入る。
「本当は警察で保管していたんだけどな」
先生がそう言いながら空き教室の鍵を開けてくれた。
始業式が行われている時間、私はあの日のままのカバンと対面した。
「親御さんたちの要望で、荷物だけでも登校させてくれってなってなぁ、ここに持ち込まれたんだ」
「……」
私は何を言ったらいいか分からないまま、残されたカバンを見た。
私のカバンともうひとつ。男子生徒のものっぽい。
「それな、3年生のなんだ。卒業式まで置いて欲しいって言われたんだが、教室に置く訳にはいかなくてなぁ」
先生が頭をかきながら教えてくれた。
多分、このカバンが主人公のものだ。
「先生、この人は何組なんですか?」
「ん?」
先生は、少し考えるような仕草をしてから、カバンの生徒のクラスを教えてくれた。
「3年生は、すぐ下校するから」
そう言われて、私はしばらくこの空き教室に留まることにした。
いきなり自分の教室に登校する のは良くないとかで、カウンセリング登校との形だったのだけど、私はカウンセリングも受ける気持ちになれなかった。
目撃してしまった生徒たちが、冬休みもカウンセリングを受けてはいたらしいが、時期的に3年生が優先されていたらしい。
意外と無事だったカバンを見て、改めてあの時の光景が脳裏に蘇る。
「貴志が庇ってくれたんだよね」
それを覚えていながら、よく1人で登校出来たものだと我ながら関心する。
「行ってくるね」
自分のカバンにそう告げて、私は空き教室を出た。
カバンは帰る時にまた取りに来るので、と先生に伝えてある。
3年生の教室に初めて入った。
カバンの主の机はすぐに分かった。ほとんど授業がないからか、教室は閑散としていた。
「花とか飾らないんだ」
机の上にペットボトルとスナック菓子が置かれているが、ドラマとかアニメで見るような花が飾られていなかった。
机のそばで、用意してきたものを取り出そうとしていたら、教室の扉が開く音がしたので、反射的に振り向いた。
「あら?」
入ってきたその人は、手に花瓶を持っていた。それらしい白い百合が飾られている。
「あ、あの…」
「その双子の片割れよ」
私は一瞬頭が真っ白になった。
3年生の社交ダンス部に所属する双子の先輩。そのどちらかが一緒に事故にあった。
今目の前にある人が、自分を片割れと言っている。と、言うことは…
「彼女かと思った?」
「あ、ああ、いや、、あの、そうじゃなくて」
私は慌てた両手を胸の辺りでブンブンと振って否定の仕草をした。
「二卵生の双子なの。それで性別が違うのよ」
そう言われても、私は受け入れられなかった。
身動き取れないままで立ち尽くす私の横で、先輩は花瓶を机に置いて、ペットボトルとスナック菓子を取り替える。
「家にちゃんと飾られているんだけどね、卒業式までは一緒に登校しようとおもって」
「…そう、なんですか」
そういえば、3年生は三学期はほとんど登校しないと聞いていた様な…
「あの、渡したいものがあったんですけど…」
困った。想像と違うことになっている。ここにコレをおくわけにはいかない。
「要に?」
「はい?あの」
要?この人、要って、名前なんだ。
「あら?私に見せたくないとか?」
先輩は楽しそうに私の手を覗き込む。
「あの、お話、聞いていただけますか?」
どうしても渡したいスチル絵がある。でも、自分の想像と違う現実がある以上、まずは話をしないとダメだろう。
「えーっと、ええ、いいわよ」
2人で教室の椅子に座り、私は意を決して話を始めた。
「あのですね、私はゲームをしていたんです」
「ゲーム?」
「はい、 乙女ゲームなんですけど…」
「 あ、ああ、 もしかして要もやっていたやつかしら?」
「多分、そうだと思います。二学期の期末テスト辺りが発売日でした」
「じゃあ、それだわ」
「はい、それでですね、あの日も私は貴志とそのゲームの話をしながら横断歩道を、渡っていたんです」
「ああ、あなたが要の言っていた1年生なのね」
先輩は嬉しそうに笑った。どうやら、私と貴志のことを知ってはいたようだ。
「要がね、毎朝仲良くゲームの話をしながら登校する1年生カップルがいて、羨ましいって、話していたの」
げげ、カップルとな?そう見えていたのか。恥ずかしい。
「そうだったんですね。私たちのこと見てたんですか」
そうか、それで私の名前を知っていたのか。ほぼ毎日見ていたのかな?
「ああ、ごめんなさい。続けて?」
「はい、それで、ですね。信じてもらえないとは思いますが…」
私、ゲームの世界に転生してたんです。って話を続けた。先輩は、一瞬怪訝な顔をしたが、私が事故の当事者であることもあってか、真剣に話を聞いてくれた。
「それで、ですね。これを渡したかったのです」
私はようやくスチル絵をカバンから取り出した。折れないようにクリアファイルに挟んだ1枚のスチル絵は、主人公とロバートのエンディングものだ。
「この絵、見たことあるわ」
先輩はスチル絵を食い入るように見つめた。
「要がこれを出した時にすごく喜んでいたもの」
先輩はじっくりとスチル絵を眺める。が、私はこれから先輩が想像していたことを全否定することを伝えなくてはならない。
「それでですね。私が転生していた時、幼なじみの貴志がこのロバートだったんです」
「え?」
ああ、先輩ごめんなさい。そうですよね、ゲームしてた私が転生した先がゲームの世界で、そのゲームのカップル絵を見せられたら、私と要さんだと思いますよね?
「で、こっちの主人公が要さんなんです」
私がそう言うと、今度こそ先輩は固まってしまった。
「なので、このスチル絵を渡したかったんですが、こんなのを机に置いたらご迷惑がかかりますよね?」
先輩はスチル絵とにらめっこしながら私の話を聞いている。
「でも、要が、喜ぶと思うの」
「はい、良ければ貰ってください」
「出すの大変だったでしょう?」
「退院してから頑張って出しました」
そう、ネットを駆使してロバートルートの攻略を調べて、今日に間に合うようにスチル絵をプリントしてきたのだ。ついでに主人公が言っていたアンネローゼサイドの情報も見つけたけど。
「ありがとう、頂くわね」
先輩は、そう言ってスチル絵を大切そうにカバンにしまった。どこまで信じてくれるか分からないけれど、私はカウンセラーに話すより心が軽くなった気がした。二卵生とはいえ、主人公の気持ちに一番近い人に聞いて貰えたことが嬉しかった。こんな話、貴志の親には絶対に出来ない。心が傷付いたたままだと思われるだろうから。
「あのっ…」
立ち上がる先輩に、私は慌ててこえをかける。
「ありがとうございます。話を聞いてくれて」
そうして、深深とお辞儀をした。
「こちらこそ、要の話が聞けて嬉しかったわ」
多分、大人では到底受け入れられない話をしただろう。アニメの見すぎとか、ゲームのしすぎとか言われてかねない話を先輩に聞いてもらった。それだけで私は安心出来た。あれが夢ではない。と、共感してくれる誰かが欲しかった。
冬の日差しを浴びながら、私は1人で家路に着いた。
ネットで調べたアンネローゼサイドは、来月配信予定だけど、怖くてプレイ出来ない。
もし、私が経験したのと同じストーリーだったら?
もし、エンディングを見てしまったら?
「エンディングを見てしまったら、私もここにいなかったのかな?」
その問いに、誰も答えてはくれないけれど…
長らく御付き合いありがとうございました。
カクヨム様では、違うオチにしようと考えております。
シュミレーションゲームの世界なので、マルチエンディングと捉えていただけると幸いです。