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試験が終わり、私はケインに連れられて演習場から支部長室へと移動した。
支部長室とは最初にケインと出会った部屋で所謂ギルド長室みたいなところらしい。
この世界ではギルドは国別に管理されており、各ギルドの本部は基本的に各国の王都に存在していて他の街に設置されているのは支部という扱いになるため、支部長室というのだそうだ。
ギルド長と呼ばれるのはそのギルド全体の最高責任者であり、本部の長を務めるただ一人だけになる。
ちなみにグレイは山盛りのフルーツサンドを平らげた後、汗を流すとギルドのシャワー室に行ったため一緒ではない。
「それではこちらがサラ様のギルドカードになります」
「ありがとうございます」
差し出された白色のカードを受け取り頭を下げる。
カードには私の名前が刻まれており、右端のほうには透明な魔石が埋め込まれていた。
「最初はBランクにすると話しましたが…あんな戦闘を見せられたらAランクにせざるをえませんでしたよ」
「えっ…私Aランクになったんですか!?」
「足を引っ張ると言われていた体術が霞むほどの魔法レベルでしたからね…。あれで体術も揃っていたらSランクになっているところです」
ケインは、いやーまいりました…と苦笑いを浮かべて、説明を続ける。
「ギルドカードはランクによって色が分けられていて、その白色のカードはAランクの証となります。右についている魔石は簡単な通信機能がついていて、指名依頼など何か呼び出しがある時に赤く点滅します。その場合は近くの冒険者ギルドまでお越しくださるようお願いします」
「わかりました」
ケインの説明に頷いて、私もついに冒険者デビューか…と感慨深く思っているとシャワーを浴び終えたグレイが部屋に入ってきた。
「終わったのか?」
先ほどの嫌がらせのこともあり、背後で聞こえたグレイの声に思わずびくりと肩を揺らしてしまったが、今度はちゃんと服を着ているようでほっと胸をなでおろす。
「ええ、ちょうど今説明し終えたところです」
「そうか…。これで正式に冒険者になったわけだが…サラはこれからどうするんだ?」
グレイの問いかけにそういえば旅の指針を何も決めていなかったことを思い出した。
とりあえず生活費を稼ぎつつ高位魔女らしく旅をするという漠然としたものしか考えていなかったので、すぐに言葉が出てこず、うーん…と唸り声を上げる。
「…もしかして何も考えてなかったのか?」
「あ、あはは…」
図星をつかれ、誤魔化すように笑うとグレイは呆れたように私を見つめた。
「お前本当に高位魔女かよ…」
「うぐっ…と、とりあえず、しばらくはこの街を拠点にして旅の資金を集めることにします…」
まずは先立つものがなければ始まらないから、と自分に言い訳しつつその間にどうするか考えておこうと決意する。
あんまり適当な行動を取っているとお師匠様の顔に泥を塗ってしまうことになる…それだけは避けなければ…。
言いながらしょんぼりと肩を落とした私にケインが慰めるようにフォローを入れてくれる。
「サラ様は先日まで魔女の領域にいたのですから、まずは久しぶりの人の世に慣れることから始めた方がいいでしょう。後のことはそれからでも遅くありませんよ。…それよりもグレイ、貴方は依頼を終えたのですから王都に帰るのでは?」
私を庇うように自然な動作で話題をグレイの事へ摩り替えたケインは若いなりに支部長を務めるだけの手腕があることが窺え、思わず尊敬の眼差しを送ってしまう。
ケインさん、興奮するとアレだけど…基本的にはすごくいい人なんだよね…。
出会ってからまだ二日だというのにケインには既に何度も助けられている。
それなのにいくつか失礼な態度を取ってしまっている自分に反省しつつ、いつか恩を返そうと心に刻んだ。
…勿論、結婚云々とかいうのは無しの方向で…。
私が心の中でケインへ感謝を捧げているとグレイは言われてから思い出したのか、そういえば、という感じで口を開いた。
「ああ…。…それなんだが、暫くは此処にいることにした」
「おや、貴方がそんなことを言い出すとは珍しい…。何故です?」
グレイの返答が予想外だったらしく、ケインは驚いたように目を瞬いた。
「……此処に居るほうが面白そうだからな」
…何故そこで私を見る。
「…何故私を見ながら言うのか」
「だってお前おもしれぇじゃねえか」
「……」
私はどうやら奴に面白い玩具か何かだと認識されてしまったらしい。
にやにやと意地悪そうに笑うグレイに反論したいが、何度も爆笑されたことを思い出して反論ができない。
っく、と悔し紛れに睨みつけるが、勿論見えていないグレイにそれが分かるはずもなく。
そんなグレイにケインは困ったように眉を顰めると言い辛そうに口を開いた。
「ですが、グレイ…貴方は…」
「…別に役目を放り出すわけじゃねえよ。転移すれば王都なんて簡単に行けるからな」
「…そうですか。貴方がそれでいいのであれば私からは何も言いません…」
「?」
よくわからないが、二人の会話から察するにグレイは基本的に王都にいることを求められているらしい。
Sランク冒険者だからかな、と私が不思議そうに首を捻っているのに気がついたのか、グレイはすぐに気を取り直したように口角を上げた。
「それに、サラがいなきゃフルーツサンドが食えないからな」
「……作ってやるとは一言も言ってないからね?」
「なんだと!」
「さっきのあれは試験相手をしてくれたお礼であって、日常的に作ってやるつもりは毛頭ないよ!」
一応恩は返したと思っているので、そんな貢ぐような真似をするほど私は優しくない。
材料費だってタダじゃないんだからね!
ふん、と私が言い切ると、悔しげに私を睨みつけていたグレイが何か閃いたようで余裕のある表情に変わった。
「…わかった。つまり礼をしたくなるようにすればいいんだな?」
「え?」
いきなり何を言い出すのかと思えば、また訳の分からない事を…。
やっぱりさっき頭でも打ってたのだろうかとちょっと罪悪感に包まれた瞬間、視界いっぱいにグレイの無駄に整った顔が広がった。
…え?
「ひょわあああ!!」
「サラは男慣れしてねえみたいだからオレが協力してやるよ」
「い、いいいいりませんん!!」
驚いて飛び退いた私をグレイは逃がさないとばかりに壁に追いやると両手をついて閉じ込める。
「そう遠慮すんなよ。礼はフルーツサンドでいいからな」
どんだけ食い意地張ってるんだお前!
傍目から見れば言い寄られていると勘違いされかねない体勢だが、私にとっては不良にカツアゲされている状況となんら変わりない。
慌てる私の反応が楽しいのだろう、その目には明らかにからかいの色が含まれており、確信犯だとわかる。
だがこの部屋にはもう一人自称紳士がいるのだ。
そのケインがこのいじめっこを放置するわけもなく、再びグレイに雷(魔法)が落ちるのにそう時間はかからなかった。
「……嫌がる女性に迫るなと何度言えばわかるのですか!!」
「いでっ!」
痛いと言った割には全然大したことがなさそうなグレイにケインはくどくどと説教を開始する。
それを嫌そうな顔で聞き流すグレイを見て、私は今後の平穏のために大人しくフルーツサンドを差し出そうと決心した。
…もちろん材料費は貰う。