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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
ヒサルキ編
58/108

58:ヒサルキ












「それで、どういう事なんですか、市ヶ谷さん?」

「ん、ああ……とりあえず、どう説明するかな」



 部屋の中に入って腰を下ろしつつ、それでも不気味な笑みを浮かべるヒサルキからは注意を逸らさないようにしながら、私は市ヶ谷さんに問いかける。

女性としてはかなり色気のあるような格好をしていながら、ヒサルキからはそれらしいものを感じられない。

まあ、取り憑いているらしいヒサルキの性別は、どちらかといえば男なのだろう、仕草はそれっぽい。

といっても、こんな怪異に性別なんてあったものじゃないと思うけれど。



「とりあえず……聞きたいのは二つだよね、杏奈ちゃん」

「そうね。私たちとしては、切迫しているのは山のほうの失踪事件についてだけど……ヒサルキの事も気になります」



 ちらりと、ヒサルキの方へと視線を向ける。

件の怪異はといえば、私たちがあからさまに警戒しているにもかかわらず、余裕ある態度を崩してはいない。

もとより、私たちの信用を得ようなどとは考えていないのだろう。

一体何が目的なのか、さっぱり分からない。それが余計に不気味で、近寄りたくない印象を持たせられる。


 私たちの言葉を受け、市ヶ谷さんは小さく頷いた。

おそらく、頭の中で状況を整理しているのだろう。

時間は限られているのだし、出来る限り完結に説明しておくべき、という事だろうか。



「そう、だな……まあ、ぱっとヒサルキの事を先に話しておく。ヒサルキという怪異がどういうものなのか、だな」

「市ヶ谷さんは、一応無害だって言ってましたけど」

「……この他人の身体を乗っ取ってるのって、本当に害が無いって言えるんですか?」



 ヒメの言葉に続くように声を上げつつ、私は小さく首を傾げる。

今のヒサルキの身体は、行方不明になっている柿本恵のもの……もしも勝手に人の身体を奪っているのだったら、それはかなり害がある存在という事ではないのだろうか。

少なくとも、私は他人に体を操られたいなどとは思わない。

そんな私たちの言葉を受け、市ヶ谷さんは小さく苦笑を零した。



「それにはまず、ヒサルキの性質を話さないといけないな。とりあえず、君たちはヒサルキの事についてどれぐらい知っている?」

「え、っと……他人の体を乗っ取るとか、動物を殺すとか、子供は存在を知ってるとか、目を抉られそうになるとか……」



 改めて口にすると、とても無害な怪異だとは思えない。

っていうか、どう考えても害だらけだ。人の体乗っ取るのもそうだし、その身体で動物殺してほったらかしにしてるんだから、ぶっちゃけ迷惑極まりない。

目を抉ろうとするのだって直接的な被害なのだから、何とかした方がいい存在ではないのだろうか。

しかし、そんな私の怪訝そうな表情に対して、市ヶ谷さんは軽く笑みを浮かべながら声を上げた。



「どうやら、テリアからそれなりに情報を受け取っていたみたいだね。それなら、身体を乗っ取られた女性の体験談の部分も読んだ事はあるだろう?」

「まあ、はい。それは読みましたけど」

「あのヒサルキは、複数の身体を乗り換えながら登場していたが……その時の女性の言葉に、『あの存在がいないと、この男は生きていけないんじゃないか』とか、そんな感じの言葉は無かったかな?」

「え? えっと……」



 正直、読み込んだからといっても、そこまで深い部分を読み取っていたわけではない。

けれど……そう言われれば、確かにそんな事が書いてあった。

あの話では、ヒサルキは体験談を載せている女性と、もう一人謎の男性に乗り移っていた。

ヒサルキに乗り移られれば乗り移られるほど意識は疲弊していって、自分が消えてしまう恐怖に苛まれていた彼女は、その体験の途中では何かを考える余裕は無かったようだった。

けれど最終的に彼女は保護され、その後己の体験を振り返って考察を述べていたのだ。

そう、あの書き込みの最後の部分。そこで、女性は確かに市ヶ谷さんが言うような事を書き込んでいた。



「いいかい、怪異というものは元々形のない存在だ。決まった在り方など存在しない。つまり、解釈の内側だけならば、いかようにでも性質と姿を変える事ができる。つまり――」

「……正体不明で、はっきりとした結論のある解釈が存在しないヒサルキは、さまざまな性質を持っている、という事ですか?」

「ふむ、君は頭の回転がいいね、神代さん。ニュアンスとしては間違っていない……まあ、正確に言うならば、ある程度自由度が存在するといったところか」



 解釈の内側で、自由に姿と性質を変える――ならば、このヒサルキは?

姿が無く、人間の身体を乗っ取るというと事は確かにそうなんだろう。

だけど、他の部分は?



「まあ、そこまで理解できたのなら、後は結論を簡潔に述べたほうが分かりやすいだろう」



 言って、市ヶ谷さんはちらりとヒサルキの方へ目配せをする。

それに対し、ヒサルキはこくりと笑みを浮かべたまま頷いて、そして私たちへと向けて声を上げた。



「ボクはその最後の部分を元に存在している……つまりね、お二人さん。ボクに取り憑かれた人間は、死なない・・・・んだよ」

「え……っ」



 理解が追いつかなかったのだろう、ヒメは絶句して、目を大きく見開いている。

私のほうも、言葉の上では理解できたけれど、正直な所全くといっていいほど実感できない内容だった。

死なないって、一体どういうことなのか。

ヒサルキは私たちのきょとんとした表情を見て満足そうな笑みを浮かべると、どこか偉そうな様子で続けた。



「ボクがこの身体の持ち主……柿本恵を見つけたとき、彼女は轢き逃げされて重傷を負っていた。夜間で見つかりにくかったとはいえ、いろいろと酷い話だよねぇ。

まあとにかく、ボクはそんな彼女に乗り移ったわけだ。ボクというヒサルキが持つ性質は、宿主を死なせない事。

その為に動物を狩ってその命を喰らい、身体の傷を癒す……今この身体が普通に動かせる状態なのも、このボクのおかげって訳だ」

「それが、ヒサルキという怪異……?」

「性格には、この個体が持つ性質だな。もっとも、俺もこいつ以外のヒサルキなんて見た事はないから、もしかしたらそれが正解なのかもしれないが」



 私が呆然と呟いた言葉に、市ヶ谷さんは肩を竦めながらそう答える。

命を奪って、その命で宿主となった身体を癒す……理屈は分からないけれど、そういう解釈もあるという事なんだろう。

自由意志なのか、あるいは成り行きなのか、どのような形でそんな力を手に入れたのかは知らないけど――なるほど、害は無い。



「じゃあ、本当はいい怪異って事ですか?」

「一概にいい悪いで決めるべきじゃないと思うわよ、ヒメ」



 言って、私は警戒を解かない瞳でヒサルキを見つめる。

彼――あるいは彼女――は、そんな私の視線にどこか挑発的な笑みを返していた。

少なくとも、こいつの性格が好かないのは確かだ。



「一体何が目的でそんな事をしているのよ。ただ理由も無くそんな行動をとるとは思えないわ」

「目的? 目的かぁ……ふふっ、あははははははっ!」

「……何が、おかしいのよ」



 私の質問に突如として笑い声を上げ始めたヒサルキに、私は思わず視線を細める。

一体どういう事か……こいつは何を考えているのか。

ああ、嶋谷の言う事が良く分かる、何を考えてるのか全く読めない相手は苦手だ。

しかし私の低い声に対しても、ヒサルキは笑い声を止める事も無く、そのままおかしくてたまらないとでも言いたげ様子で声を上げた。



「君は怪異の事を知っているけど、まだ理解しているとは言いがたいんだねぇ。あはははっ、いやぁ目的ときたか」

「だから、何だって言うのよ!?」

「いやぁ、失敬失敬。ボクらには縁の無い言葉だったからねぇ」



 その言葉に私は視線を細め、ヒメは首を傾げてみせる。

理解が及ばなかったのだ。縁の無い言葉とは、一体どういうことなのか。

そんな私たちを嘲笑うかのように、ヒサルキは相も変わらず軽薄な様子で続ける。



「いいかい? 怪異って言うのは所詮現象に過ぎない。ただの情報の塊だ。それがどうして起こってるのかなんて知らないけど、現象に目的なんてものは無い。現象は、ただ決まったルールの下に同じ行動を繰り返すだけの存在だ」

「現象……」

「そう。怪異に目的なんて無い。そういう存在なんだよ、ボクらはね」



 ただ、決まった法則に従う現象として存在しているだけ。

それが、怪異なのだとヒサルキは言う。

言われてみれば、確かに納得できる言葉ではあった。

怪異はほぼ無差別に人を標的にする。あるいは、決まった条件で相手を選んでいる。

けれど、そこに目的といったものは存在しない。あえて言うならば、その行動をする事自体が目的という事なんだろう。

とどのつまりが、目的によって相手の行動を先読みするのは不可能という事だ。

幸い、その怪異がどのような条件の下に動いているのかさえ分かればどうとでもなるけれども。



「……つまり、人に取り付いて動物を殺す、ただそれだけの存在だとあんたは言いたいのね」

「人を癒すのは副産物的なものだね。頭の回転が速い子は好きだよ」

「そりゃどうも」



 まあどちらにしろ、この人を小馬鹿にしたような態度だけはどうしても好きになれない。

こいつ自身も、別に態々私たちに好かれようとは思っていないのだろう。

警戒は解かぬようにしたまま、私は市ヶ谷さんのほうへと向き直った。



「とりあえず、ヒサルキについては分かりました。正直怪しい事この上ないけれど、害が無いのは理解できました」

「ああ、うん。まあこいつの事を信用しろとは言わないよ。結局のところ、相手は怪異だ。警戒の対象である事は確かだろうしね」



 市ヶ谷さんの言葉に頷き、小さく息を吐き出す。

この人の怪異に対するスタンスも、自分の判断というものを大事にしているようだ。

それでも、自らかいいに首を突っ込んでゆく仕事をしているんだから、リスク管理とかどうなってるのかと問いたいところではある。

まあ、実際にはそんな時間なんてないわけだけれども。



「で……次が本題です」

「ああ、分かってる……とはいえ、俺もそこまで調べが進んでいるわけじゃないんだがな」



 そう、重要なのはヒサルキじゃない。

いや、ヒサルキが危険かどうかを判断するのは非常に重要だったけど、とりあえず安全と分かった今は気にする必要は無い。

そう、気をつけなければならないのは山の方の怪異だ。

僅かでもいい、情報を得ておきたいのだ。

怪異が特定の法則化で動くというなら、尚更だ。それさえ知っていれば、いくらでも対処の使用がある。

しかし、市ヶ谷さんの方もあまり芳しくはないようだった。

期待を外され、僅かながらに落胆の吐息を零してしまう。

しかし――



「今回、話し合いの場所にここを選んだのはヒサルキがいたからだ。こいつなら多少知ってるんじゃないかと思ってね」

「っ……そうか、それで」

「中々いい性格してるよねぇ。まあ効率的なのは認めるけどさー……さぁて、どうしよっかなー」



 ニヤニヤした笑みで私たちを見つめるヒサルキに、私は思わずほほを引き攣らせていた。

こいつ、本当にいい性格している。怪異云々以前の問題、純粋に嫌な奴だ。

普通に言っておけばいいものを、態々人の神経を逆なでしようとしてくる。

まあ、我慢するけど……無駄に騒ぎ立てた所で意味は無い。

必要なのは情報を聞き出す事――そう己に言い聞かせて、深く息を吐き出す。

と――そこで、突然ヒメが声を上げた。



「あの、ヒサルキさん。お願いします、山の怪異の事を教えてください」

「おー、君は素直だねぇ。まぁいいよー、とっくべつにぃ、教えてあげようじゃぁないか。いやいや、素直な子っていいねぇ」

「むぐ……」



 ひくりと、頬が再び反応する。

当て付けのように言いおってからに。人に信用されないような性格してんのはあんた自身でしょう。

……まあ、下手に文句つけてへそ曲げられても面倒だから、沈黙を保つ事にするけれど。

しかし、何もいえない私を見てヒサルキは楽しそうな笑みを浮かべ、どこか上機嫌に声を上げた。



「アレは妖怪って奴さ」

「妖怪? 妖怪って、あの?」

「そう。とはいえ、成り立ちとしては怪異ボクらと大して変わらない。妖怪も所詮は現象、川で足が攣って溺れる様を、河童に足を引かれたとかなんだとか言うのと同じ事さ。

人は理解不明の恐怖に対して理由を求めたがる。そうして生まれた噂話は、ボクら怪異と同じように形を持つのさ」



 成程、と私は胸中で頷く。

確かに、納得できる話だ。原理が同じだというのなら、目の前に怪異がいる以上、その存在を否定する要素は無い。

問題は、一体どんな妖怪なのかという事だ。



「現象としては神隠しって奴だね。しっかしまぁ、あのババァも趣味悪いよねぇ。相手は大学生ぐらいだっけ?

あの手の妖怪は子供を攫うのが習慣だろうに、何やらちょっと歪んでるみたいだね」



 その言葉に、私はピクリと肩を跳ねさせていた。

思い起こすのはひきこさんの事……あの時も、怪異は本来の形から歪められていた。

もしそうならばあの時と同じ、ヒメを積極的に狙う怪異という事なのだろうか。

今のところは分からないけれど、警戒を強めなければならないだろう。

そう静かに警戒心を強める私の様子は、幸いヒサルキに気づかれる事は無く……隣に座る市ヶ谷さんは、何やら考え込むように口元に手を当てていた。



「となると、『隠し神』の類か。油取り……いや、老婆の姿というならば隠れ婆か? アレは兵庫県神戸市の伝承だったと思うが」

「……よくそこまで暗記してますね、市ヶ谷さん」

「まあ、仕事柄ね。ともあれ、気をつけないとな。車ごと失踪している辺り、何らかの怪異と混同されている可能性もある。俺も君たちと同じタイミングで姫の沢公園に向かう事にするよ」

「あ……はい! ありがとうございます!」

「助かります、市ヶ谷さん」

「いや、俺の方も仕事だからね」



 表情を輝かせるヒメに、私も同調して頭を下げる。

この人がいれば絶対に安心、と言う事はできないけれど、それでもすごい力になってくれる事は確かだろう。

相手は未だ正体の分からない怪異。老婆の姿をした怪異って言うのは結構存在するから、現状の情報だけじゃ流石に特定できない。

と――そこで、なにやら楽しそうな笑みを浮かべたヒサルキが、得意げな表情で声を上げた。



「ふふっ、それじゃあボクも付いて行くとしようかな」

「……おいヒサルキ、お前は何を企んでる?」

「酷い言い草だなぁ。ボクもあのババァの行く末に興味があるだけだよ」



 言いつつ、その視線は私達の方へと向けられている。

ああ、やっぱりこいつは信用できない。警戒を怠らないようにしないと。

結局の所味方にはなり得ないこの存在に対し、私は内心で深々とため息を零していたのだった。





















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