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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
ひきこさん編
5/108

05:都市伝説











 先輩からの許しを得て食事を始め、それからしばらくして嶋谷とトモもやってきた。

誠也は友達と休み時間でバスケを少しやりに行ったみたいだから、今いる面子はこれで全員が集合ね。

とりあえずそっちの二人も依頼人の先輩から食事の許可を得て、さっさとお昼ご飯を終える。

流石に、食べてない人の前で食べるって言うのは、許可を貰ったとしても気が引けるしね。



「さってー、それじゃ、改めてお話をするとしようかー」



 嶋谷から奪い取ったエビフライをもごもごと食べながら、テリア先輩がそう切り出す。

いやまあ、特に何も言わないけど……本当にフリーダムよね、この人。

そんなテリア先輩の態度に、依頼人の先輩の方も口の端を引きつらせつつ、一度咳払いをしてから声を上げる。

何か、真剣に悩んでるっぽいのに、申し訳なくなってくるわ。



「ええと……まず、自己紹介を。私は高校一年の蘆田あしだっていうの。今回は、私の弟の事に関して相談に来たわ」

「蘆田さん、ですね。それで、弟さんの事というのは?」



 テリア先輩を引き継ぐようにというか、先輩に喋らせないようにする為、嶋谷が先を促す。

まあ、あの人に喋らせたら無駄に話が逸れそうだから、その判断は間違ってないと思う。

と、それはともかく……今は蘆田先輩の話だ。

弟さんの話ってのは、一体どういう事だろう?

私が視線を細めて次の言葉を待つのと同時、足だ先輩は嶋谷の言葉に頷き、声を上げる。



「ええ……私の弟は小学生で、昨日は塾の帰りで遅くなったの。ただ、帰って来た時様子がおかしくて」



 この時期から塾なんてあるんだなぁ、とか思ったけど、口にはしない。話が逸れてしまうからだ。

しかし、昨日の夜か……まさかとは思うけど、このタイミングだ。

あの事が、頭をよぎってしまう。



「帰ってきた時に弟さんの様子がおかしかった、と……その理由は聞き出したのですか?」

「ええ、まあ……聞き出すのにはちょっと時間がかかったけれどね」



 メモを取りつつ促した嶋谷の言葉に、蘆田先輩はおずおずと頷く。

話を聞くだけで時間がかかったっていうのは、しばらく隠そうとしていたのか、それともよほど錯乱していたのか。

ただ、確かに話の雲行きはきな臭くなってきた。

テリア先輩は大物って言ってたけど、一体どういう事なんだか。

思わず腕を擦る私の様子には気付かず、蘆田先輩はおずおずと声を上げた。



「……見てしまったって、言うのよ」

「見てしまった、とは?」

「今朝、公園で騒いでた事件……その、犯人の姿」

「っ……!」



 覚悟していたとはいえ、やっぱり驚くわね。

思わず息を飲みながらも、私は納得と疑問を抱いていた。

まず納得は、この先輩の随分と憔悴した様子の事。

そして疑問は―――



「あの、それだったら警察に届け出た方が……」

「うん、そうなんだけどね……話を聞いたときにはあまりにも現実離れした内容だったから、暗かったし見間違えだったんだろうって言って……でも、今朝になったらあんな事になってて、私……!」

「はいはい、落ち着いて落ち着いて。それで、弟さんが見た犯人ってのは、一体どんな姿だったのかな?」



 若干錯乱気味の蘆田先輩を、テリア先輩が落ち着かせる。

この人、一体なんでここまで落ち着いてるのか……それにやっぱり、蘆田先輩がここに来た理由が分からない。

こんな話、警察に任せるべきものの筈だ。

ただ話を聞いてもらいたかっただけ? でもそれなら、こんな部活じゃなくてもいい筈だ。

そう思って嶋谷の方に視線を向けると―――彼は、普段見る事の無いような真剣な表情をしていた。



「……白い、着物姿の女の子。髪は長くて、服はボロボロで、そして身体は傷だらけだったって……」

「お、女の子があんな事件を……?」



 信じられない、という様子で、ヒメがポツリと声を上げる。

私だって犯人像のプロファイルなんか出来てた訳じゃないけど、やっぱり女の子がアレをやったって言うのは意外だった。

流石に、そうポンポンと信じられる訳が無い。



「あの、見間違えとかじゃ……?」

「そうね、私もそう思った……だけど、いたのよ」

「い、いたって……?」



 動揺の混じるトモの声が、蘆田先輩を促す。

雰囲気が雰囲気だからか、ヒメの方はすっかり硬くなってしまっていた。

無理も無いだろう。犯人像の時点で既にホラーだったのだ。

この雰囲気で、そんな溜め方をされれば……次の展開など、容易に想像できてしまう。



「―――寝る前、私の家の前に……その、白い着物の女の子が。ボロボロの人形みたいなものを引き摺りながら……見上げてたの」

「ひぅ……ッ!」



 小さく引き攣るような悲鳴を上げ、ヒメは目を瞑って両手で耳を塞ぐ。

トモはそんなヒメの肩をぽんぽんと安心させるように叩きながらも、その表情の中には若干の怯えが混じっていた。

かく言う私だって、ヒメがこう盛大に怖がってくれなかったら、その場面を想像して固まっていた所だろう。



「一瞬見ただけで、すぐにカーテン閉めたから……あの時は気のせいだったって思うことにしたけど……」

「朝起きたら事件になっていた、か。けど得体の知れない不気味さに加えて、二人とも暗がりの中一瞬見ただけだから信憑性は皆無。だから、新聞部経由でワタシを尋ねてきたと」

「……新聞部の友人が、貴方なら信憑性の無い話でも聞いてくれると……」



 テリア先輩は納得したように頷く。

そういえばこの部活、新聞部にもたまに協力してるんだったっけ。

こんなさっさと依頼が来るのは予想外だったけど……と、そんな時、テリア先輩が口元に手を当てながら問いを発した。



「ねえ蘆田さん。その弟さんは、今日学校行ってる?」

「え? え、ええ……流石に、集団登校だったけど」

「賢司君。今日の天気予報は?」

「……夕方から雨、です」

「そっか……」



 と、いつになく真面目な……いや、むしろ深刻そうな表情で、テリア先輩は沈黙する。

そして、数秒間ほど考え込んだ後、彼女は蘆田先輩へと向けて声を上げた。



「今すぐ連絡。何でもいいから理由つけて、雨が降ってくる前に早退させるんだ」

「え、え?」

「早く。そいつに君が襲われる事は無いだろうけど……君の弟さんは目を付けられた可能性が高い。

だけど、そいつは雨の時にしか現れないから、その前に家に避難すれば一応大丈夫だと思う……早く!」

「は、はい!」



 鋭い声音で放たれたテリア先輩の言葉に、蘆田先輩は驚きながらも携帯を取り出し、廊下へと出て通話を始める。

視線でその背中を追いかけてから、私はテリア先輩へと向き直った。

間違いない……この人は、何かを知ってる。



「先輩、一体どういう……?」

「ワタシの予想の通りなら、そいつを警察が捕まえるのは無理。対処法さえ知っていれば撃退する事は可能だけど……賢司君、はい」

「は? はぁ……って、おい!?」

「うおわっ!?」



 ぽんと、シャーペンでも貸すかのように、テリア先輩は取り出した書類を嶋谷に渡す。

それを反射的に受け取った嶋谷は、それに目を落として―――驚愕したかのように、大きく身体を跳ねさせた。

隣にいて覗き込んだトモも、盛大に驚いて椅子から転げ落ちそうになってる。

一体何が―――



「警察の捜査資料じゃないか!? 何でこんなモノ持ってるんだあんたは!?」

「蛇の道は蛇って知ってる? それに、警察のものじゃないよ。それは情報屋関連で出回ってる話をワタシが纏めたもの。あ、女の子二人は見ない方がいいよ、ショッキングだから」

「俺は見ても構わないって事ッスか……?」



 何やら口元を押さえて気持ち悪そうにしてるトモが、そんな呻き声を上げる。

何? 一体何が書いてあったのよ?

って言うか情報屋って、この先輩本当に何者なのよ……?

疑問符を浮かべている私やヒメの様子に気付いたのか、先輩は小さく肩を竦めながら声を上げた。



「被害者になったのは、この三上町圏内にある小学校の五年生。遺体の損壊が激しいから身元確認はできてないけど、昨日から行方不明になってるのはその一人だけ。

被害者の身体は、まるでヤスリのような物で削り取られたかのようにボロボロになっていた」

「うげ……」

「そんな、酷い……!」



 私の呻き声と、ヒメの憤りの声が重なる。

けど、本当に酷い……残忍にも程がある殺害方法だ。

苦しんで苦しんで、苦しみ抜いた末に死ぬ事になるんだろう。正直、想像も出来ない。

先輩はそんな私達の様子に気付きつつも、話を止める事無く続ける。



「唯一右足にのみ削られた傷が無く、そこに強い力で捕まれていた痕がある事から、被害者は右足を捕まれて街中をずっと引き摺り回されていたと考えられる」

「な……ッ!?」



 思わず、絶句する。

常軌を逸してるなんてものじゃない、いつの時代の拷問方法だ、それは。

思わず言葉を失った私達の様子に肩を竦めると、テリア先輩は再び視線を扉の方へと向けた。

そしてそれと同時、その向こうから蘆田先輩が再び姿を現す。



「そ、早退するように伝えました。けど、一体どういう―――」

「うーん……まあ、そうだねぇ。正直、君が見たという目撃談以上に突拍子も信憑性も皆無な話だから、まず信じられないと思うけど……それでも聞く?」

「え? ええと……」



 蘆田先輩は既に混乱してる様子で、どう答えた物か判別しかねているみたいだった。

まあ、無理も無いとは思う。テリア先輩の話し方は重要な所だけが行ったりきたりしてるから、整理するのが難しいのだ。

これ以上情報を与えられても、精々余計に混乱するだけだろう。

―――或いは、それこそがこの先輩の狙いだったのかもしれない。



「じゃあそうだね……要点と言うか、その犯人に対する対処法だけを教えようか」

「え……そ、そんなのがあるんですか?」

「うん、ワタシの思った通りの相手だったら……だけどね」



 ……やっぱりテリア先輩は、犯人の見当がついている。

けど、それに対する対処法って言うのはどういう事なんだろうか。

何でこの人は、そんな事を知っているのか。

私の向ける鋭い視線に気付いているのかいないのか……先輩は、変わらぬ調子で声を上げる。



「ソイツの弱点は、『自分の姿を見る事』。だから、鏡を向けてやれば、ソイツは嫌がって退散する」

「ほ、本当に……?」

「他にもいくつかあるけど、それが手軽だと思うよ。部屋に入り込まれても、大きな姿見でも置いておけば安全だと思うから」

「は、はい」



 突拍子も無い話だけど、蘆田先輩も藁にも縋る思いなんだろう。

コクコクと頷いて、携帯を操作し始めている。多分、その弟さんにメールでも送っているんだろう。

けど、どういう事なのかはさっぱり分からない。

テリア先輩……この人は一体何を、一体何処まで知っているのか。



「それじゃあ蘆田さん、君も早めに帰った方がいい。そいつは小学生しか襲わないはずだけど、念の為ね」

「は、はい……ありがとうございました」



 未だに理解は出来ていない様子だったけど、おずおずと頷くと、蘆田先輩は深々と礼をしてこの部室を出てゆく。

私もヒメもトモも、何も声を出す事が出来ない……何だか慣れた様子の嶋谷が腹立たしかったけど、とにかく聞かないと。



「……先輩、貴方は―――」

「杏奈ちゃん? いっちばん最初に言ったよね? この部活は、『怪異調査部』だって」

「え、それは―――」



 確かに、聞いていたし知っていた。

この部活は怪異調査部で、主に都市伝説を調べる事が仕事であると。

ああ、分かる。それを聞けば、今の状況が何なのか、そしてこれがどういう事なのか、予想する事は出来る。

けれど―――



「それは、ただの逸話で……」

「そう、ただの逸話だよ。でもね、火の無い所に煙は立たない……そしてワタシ達は、今までもいくつかこういう案件を解決してきた。

尤も、こんな危険度の高いものが持ち込まれたのは初めてだけどね。今までは実害が無い程度のものしか無かったし」



 言って、先輩は嶋谷の方へと視線を向ける。

嶋谷は―――深々と嘆息して、頭を抱えていた。

それは、何よりも肯定を示す仕草。



「都市伝説―――それはね、モノによっては、本当に存在する……いや、ちょっと違うかな。どんなモノだって存在し得るし、けれど実際には存在しない。

これは経験上の話になるけど……都市伝説って言うのは、煙から火が生まれる物なんだ」

「煙から、火……?」



 ヒメが、疑問符と共に声を上げる。

何を言っているのかは、若干ながら分かる。

煙って言うのは噂の事……先輩は、噂から都市伝説が生まれると言っているんだ。



「噂話で語られていた事が……実際に、起こっている? そんなの、あり得る訳が―――」

「原理は知らないし、それが起こっている理由も分からない。けどね……実体の無い噂話であった筈のそれは、確かに形を得て、こうして動き回っているんだ。

事実、ワタシ達はそういう存在に何度か遭遇してきたからね」

「マジかよ……」



 流石に茶化す余裕も無いのか、トモも呆気に取られた表情でそう呟いている。

けれど、それは私としても同じような心境だった。

今まで平穏に暮らしてきて、そんな事はまるで知らなかったのに……それなのに、実際にそんな事が起こってしまうなんて。

―――そんな非日常が、こんな近くにあったなんて。



「……まあ、この事件がこれだけで収束するのであれば、ワタシとしても万々歳。こんな都市伝説、下手に首突っ込みたくないからねぇ。

だけど、もしもこれで終わらないのだとしたら……ただの警察には、これを何とかする方法は無いよ」



 言って、先輩は口の端を歪める。

それは愉悦なのか、或いは自嘲なのか―――付き合いの短い私には、その表情を読むことなんて出来はしない。

けれど、そこには……確かに、都市伝説に対する敵意のようなものが存在していた。



「ともあれ……明日になれば、きっとはっきりする。その時にどうするか決めればいいさ」



 そう言い放ち、先輩は目を閉じる。

まるで、何かを待っているかのように……普段の軽い調子は、完全になりを潜めていた。






 そして―――翌日、私達は蘆田先輩から白い着物の少女が現れたことを聞かされたのだった。





















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