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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
学校の七不思議編
42/108

42:窓の外の少年











 ヒメ達が戻ってきて、しばし休憩した後、私達は再び出発した。

保健室から見つけられた品物はあまり役立つものはなく、精々が生理用の鎮痛剤と言う所だった。

もしかしたら、先輩はそれを知った上でヒメたちを保健室に向かわせたのかもしれない。

とは言え、それは桜さんにとっても助かる事だったようだ。何せ、既に塞がった傷を隠しながら手当てする振りをせずに済んだのだから。



「大丈夫ですか、桜さん?」

「……うん。ありがとう、姫乃ちゃん」



 現在、桜さんはヒメに肩を貸される形で歩いている。

桜さんからすれば、面倒極まりない話だろう。何せ、足の傷はもう存在していないのだから。

怪我をしている振りをすると言うのは、中々大変な事なのだ。

まあ、今は周囲が薄暗いし、顔色とか多少の要素は隠しやすくなってるでしょうけど。


 ともあれ、ヒメたちに隠し事をするのは心苦しいけれど、桜さんたちの存在を秘密にするのはお兄ちゃんからの頼まれ事。

私と誠也、そして両親しか知らない―――いや、今は『知らなかった』だけど、とにかく秘密だったのだ。

桜さんも、どうやらヒメたちには説明するつもりは無いようだし。



「杏奈ちゃん」

「っと……何ですか、桜さん?」



 桜さんに声をかけられ、私は振り返る。

正直心配している部分なんて欠片も無いのだけれど、それはそれで怪しまれそうだから、少しそんな感じの表情を作って。

桜さんもそんな私の苦労を察してくれたのか、少し苦笑気味な表情で、私の方へと手を差し出してきた。



「これを……貴方が持っていて」

「え、これって―――」



 見れば、桜さんはその手に棒のような物を握っていた。

それは袖口の広い上着の中に隠れるように見えているけれど、間違いない。

布が巻かれ握りやすく作られた柄―――それは、桜さんがこの異界でも何度か使っているあの刃だった。

受け取ってみれば、それほど大きくないとは言えずっしりと重い重量が腕にかかる。



「それは、比翼剣って言う……私の友達の物なの。使いこなせとは言わないから、いざと言う時に護身にでも持っていて」

「は、はい」



 正直、私よりもヒメとかトモの方が上手く扱えそうな気がしたけれど、そこは空気を読んで黙っておいた。

多分、私に貸してくれた事に関しても、何らかの意味があるのだろう。

私はそれを受け取り―――仕舞う場所に困り、とりあえず慎重にカバンの中に仕舞う事とした。


 しかしながら、見れば見るほど奇妙な形状をしている。

刃の全長は20~30cmと言った所。柄から上の部分で三叉に分かれていて、その中央の刃が特別長く伸びている。

桜さんは、この部分を利用して今まで相手してきた怪異を突き刺したりしていた。

よくもまあ、こんな細い剣でいくつもの怪異を突き刺せたものだ。

しかし、どうしてそれを私に預けると言うのだろう?

護身と言うのは分かるけど、これをどうやって使えと言うのか。



「……ありがとうございます、桜さん」

「気にしないで……私はあまり動けそうにないから、申し訳ないけれど」

「いえ、桜さんはここまで四つも怪異の相手をしてくださったんですから」



 実際の所、桜さんはまだまだ十全に動く事が出来る。

けれど、ヒメ達がいる以上は、もう派手なアクションをする訳にはいかなくなってしまった。

残る七不思議は『窓の外の少年』……そして、謎だらけで全く正体が掴めていない屋上だ。

少なくとも前の方に関しては、部室で先輩から話を聞いていたから、ある程度は予測が出来ている。


 『窓の外の少年』……ベランダも何も無いはずの窓の外に小さな少年がいて、それと眼が合ってしまうと、窓の外に引きずり出されてしまうという怪異。

これは、非常に分かりやすい対抗策がある。

つまり、目を合わせなければいいのだ。窓の方に視線を向けず、見ないようにしながらやり過ごす。

ただ―――



「残り一つの怪異、私たちで何とかしたい所だけど……」

「生憎、あの『根っこ』とやらを破壊する手段がな……」



 私の言葉に、嶋谷が同調する。

そう、今回の怪異には、大きな根本が存在している。

それが桜さんの言う存在なのかどうかは分からないけれど、とにかく今回は、ただ対処するだけでは意味が無いのだ。

怪異を攻略し、張り巡らされた力を破壊し、完全に断ち切らなければならない。

それは、いくつもの怪異を経験している嶋谷や先輩にとっても、非常に難易度の高い行為だった。



「……この剣で、あの『根っこ』って壊せるんですか?」

「……一応、それなりに効くとは思うけれど……私が使わないと、完全には難しい、かな」



 要するに、私がこの奇妙な形をした剣を使っても、あの『根っこ』を破壊する事は出来ないらしい。

一応、多少のダメージは与えられるみたいだから、本当に護身程度の効果のようだ。

となると―――私達に取れる手段は、たった一つしかなくなってしまう。



「……それしか無い、って事ね」

「出来るだけ避けたかったが、仕方ないか」

「え? 何、私がどうかしたの?」



 私と嶋谷は、そう零して嘆息する。

そんな私達の視線の先にいるのは他でも無い、桜さんに肩を貸しているヒメだ。

私達の様子に狼狽するヒメは恐らく気付いていないのだろうけど―――この子こそが、私達が怪異に対応する為の唯一の手段なのだ。



「ヒメ、分かって無いでしょ、アンタ」

「え、え?」

「あははは。姫乃ちゃん、鏡の時の事覚えてないの?」



 先頭を歩く先輩が、軽快な笑い声の混じった声を上げる。

先ほど桜さんの事を問い詰めていた様子を見るに、その軽い調子も無理矢理の空元気であるような気はするけれど……それを出さず、私達に心配をかけぬようにするこの人は、やっぱり優しい人なんだろう。

まあ、それは一先ず置いておくとして―――



「ヒメ。アンタは『異次元の鏡』の時、怪異と一緒にあの『根っこ』まで斬っちゃったでしょ。しかも何故か竹刀で」

「あまり無茶な事はさせたくないんだが……あの『根っこ』を破壊する手段がそれしか無い限り、ヒメに頼るしか無い訳だ」

「私が、怪異をやっつける……?」



 ヒメは最初呆然とした様子でその言葉を反芻していたけれど、その表情は徐々に喜色に染まっていった。

大げさに喜ぶような真似はしないけれど、それでも考えている事は丸分かりである。

この子は……自分が特別だからって調子に乗っている訳じゃない。

私達の事を護れる力がある、皆の役に立つ事が出来る―――ただそれだけが、純粋に嬉しいのだ。

我が友ながら奇特な人間だけれども、今更それを否定するつもりも無い。



「ヒメ、言っておくけど―――」

「お前一人が頑張るんじゃないからな。俺達全員で頑張るんだ……いいな、我が妹よ!」

「うん。ここまで頑張ってくれた桜さんの為にも、皆無事に帰らなきゃ!」



 私の言おうとしていた事を引き継いで、トモがサムズアップしながらそう声を上げる。

一人にすると頑張りすぎるきらいのあるヒメだから、全員でって言う事を強調しておかないといけない。

って言うか、ヒメの言い方だと、微妙に桜さんが死んじゃってるようにも聞こえてしまうような。

……まあ、ヒメの事だから待ったくこれっぽっちも他意はないのだろうけど。



「さてと、とりあえずそろそろ四階だし、注意していくよ」



 先輩の声がかかり、私達は最後の階段を上りきる。

中央棟の最上階は四階、その上に屋上が存在している。

私達はここで最後の七不思議に挑み、そして相場の言っていた屋上へと向かうのだ。

……ここに来るまでに、私達は相場の痕跡を見つける事ができなかった。

これまでに経験した学校の七不思議は、『異次元の鏡』を除き、何らかの痕跡が残る怪異ばかり。

となれば、相場は七不思議には触れず、屋上に向かったのではないか―――それが、私の予想だ。

実際の所ただの予想でしかないし、所詮は希望的観測だ。



「……ったく。これで本当にただの無断外泊だったら、思いっきり張り倒すわよ」



 笹原さんには聞こえないように小さく呟き、私は視線を床の方へと落としながらも嘆息した。

気になる事は気になるけれど、今はそれを気にしている場合ではない。

ここから先は再び怪異の領域だ。桜さんが自由に動けなくなった以上、私達が頑張らなくては。


 中央棟四階の廊下―――ここが、私達の巡る最後の七不思議、『窓の外の少年』の現場。

窓の外からこちらを覗く男の子とは、絶対に視線を合わせてはいけない。

もしも視線を合わせてしまえば、その身体は無理やり窓の外に引きずり出され、この高い建物から地面へと叩き落される事になる。

運よく生き残る事が出来たとしても、大怪我は免れないだろう。



「ここの角を曲がった先の、突き当たりにある窓が七不思議にある場所だ。皆、準備はいいね?」



 そんな先輩の言葉に、ヒメは桜さんに貸していた肩を戻し、彼女を壁に寄りかからせた。

そしてその手に竹刀を握り、二、三度振って感触を確かめて―――正眼の構えと共に精神を集中させる。

このおぞましい異界の中ですら、その姿勢のみで空気は張り詰め、澄み渡ってゆく。

息を飲むような緊張感と、空気が浄化されたかのような清浄感。それら二つを同時に味わいながら、私も手の中の刃の感触を確かめていた。

……人に刃物を向けた経験なんて、一度も無い。運動に多少の自信はあるけれど、それでもヒメには遠く及ばないだろう。

私には荷が勝ちすぎている。そう思えてならないけれど―――それでも、やり遂げなければ。



「よし……それじゃ、行くよ」

「桜さん、待っててください」

「……うん、気をつけてね」



 この曲がり角の所に桜さんを残し、私達は前進を開始する。

立てた作戦は単純だ。相手を廊下の方に引きずり出し、そこで私とヒメの武器で怪異を破壊する。

ただ、その『引きずり出す』と言う部分の難易度が無茶苦茶高いのが問題なのだけれども。

その部分の担当である男集は一体どうするつもりなのだろうか。

一応、先輩は全体指示、笹原さんは何かあった時のフォローに動くと言う事になっている。



「―――ストップ」



 先輩の言葉に、立ち止まる。

自然と雑念は消え去り、ただ周囲の気配にのみ意識が集中してゆく。

そして―――私達は、それの気配を正確に感じ取っていた。



「っ……!」



 いる。何故それが分かるのかと問われても答える事は出来ないけれど、私は確かにソイツの気配を感じ取っていた。

異質―――ただ、そうとしか形容の出来ない気配が、そこにいる。

思わず背筋に悪寒が走るのを感じたけれど、私はその震えを必死で押さえ込んでいた。

こんな所で怯んでいては、何もできない。ぎゅっと、ただ力を込めて、桜さんから受け取った刃を握り締める。

そして、次の瞬間。



「行動、開始!」



 先輩の号令の下、両脇に控えていた嶋谷とトモが動き出した。

二人は前を見ないようにしながら、正面の窓へと駆け寄ってゆく。



「うおおおおおおッ!」

「……っ」



 無駄に叫ぶトモと、その横で意識を研ぎ澄ませる嶋谷―――その二人の姿が、容易に想像できる。

そして二人は件の窓に接近すると、そこへと向けて近くの教室から拝借した国語辞典を思いっきり投げつけていた。

無論、異界とは言え、窓ガラスがそんな頑丈な物である筈が無い。

二つ分の重量を受け、窓ガラスは簡単に粉砕されてしまった。



「―――賢司君、もうちょい右!」

「了解―――つッ!」

「賢司君!?」

「ヒメ、顔を上げちゃダメ!」



 嶋谷が小さく漏らした苦痛の声に、ヒメが咄嗟に反応しそうになったのを、頭を掴んで押さえ込む。

恐らく、目を合わせないようにしながら遠目に観察している先輩の言葉を元に、割った窓から目を閉じたまま手を伸ばして、そこにいた怪異を掴んだのだろう。

その際、窓に残ったガラスの一部で腕を傷つけてしまったのか……心配は心配だけれど、今ここで顔を上げる訳には行かない。

私達の仕事が、最も重要なのだから。



「つ、かんだ! トモ、目を開けるなよ!」

「応よ! こいつか……うお冷た!? 気色悪ッ!?」



 嶋谷の腕を伝い、トモも目を閉じたまま怪異の姿を捉える。

いくら人間離れした力を持っている怪異と言っても、明確に言葉にされていない以上、体重は見た目通りのものだろう。

男二人の力があれば、問答無用で引っ張り上げられる筈だ。



「ぬ、お……どっせいやああああああッ!」

「―――来た! 杏奈ちゃん、姫乃ちゃん!」

『はい!』



 先輩の言葉に私達は同時に返事をし、二人一緒に駆け出した。

向かう場所は、トモが怪異―――『窓の外の少年』を放り投げた場所。

失敗は許されない。流石に、攻撃する時まで目を閉じたままでいる事は不可能だからだ。

だからここは目を開き、確実に怪異を破壊して、『窓の外の少年』を終わらせる。

それが―――私達の立てた作戦!


 目を開き、前方へと視線を向ける。

廊下に投げ出されているのは、病的なまでに青白い肌をした小さな子供だった。

服は着ておらず、そのおかげが酷く現実味と言うものが存在しない。

そして、顔―――その眼窩には眼球と言うものが存在せず、ぽっかりと黒い穴が開いていた。



「ッ……!」



 ゾッとするような感覚が駆け抜けると共に、私は思わず笑みを浮かべていた。

助かった、と―――こうバケモノ然とした見た目をしてくれてれば、遠慮なく攻撃する事が出来る。

けれど、それを感じ取った瞬間、私は窓の方へと引き寄せられる強い力を感じていた。

これが、『窓の外の少年』の力なのだろう。無理矢理腕を引いて引っ張り寄せるのではなく、奇妙な力で引き寄せる。

目を合わせて相手が出てくるのを待つという作戦を取らなくて良かった。それをしていれば、逃れられなかっただろう。

だけど、今なら―――!



「く、ら、えッ!」



 引き寄せられる力は、まだギリギリ抗える程度。

それが限界に達する前に、私は怪異の前まで辿り着いていた。

そして、私は両手で桜さんから受け取った刃を握り、思い切り振り下ろす!

生々しい重さと抵抗―――それと共に、私の放った一撃は、『窓の外の少年』の額に突き刺さっていた。



 ―――いぃぃぃぃぃぁぁぁあああああああああああああああああ!!



 それは、悲鳴なのだろうか。

思わず頭痛を感じるようなその音に顔を顰めつつ、私はその場から飛び退る。

そこに滑り込むように、一つの影が駆け抜けた。

態々私が攻撃を終えるのを待っていたのだ。それは私に遠慮していたと言う事ではなく……私を信じ、決定的な隙が生まれるのを待っていたに過ぎない。



「無拍―――辻祓」



 神速で踏み込んで放たれる横薙ぎの一閃。それは、ヒメが最も得意とする一撃の、本来持っている筈の名前だった。

無論、それはいづなさんが放つような完璧なものではない。

けれど、例えそうであったとしても、隙を突いた以上避けられる筈も無い。

霞むほどの速さと可能な限りの効率化……それを併せ持つ一閃は、容赦なく『窓の外の少年』の首に突き刺さり―――



「い、けぇええええッ!」



 その一撃によって、少年の首は竹刀であるにもかかわらず、まるで真剣で斬られたかのように断ち斬られていた。





















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