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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
学校の七不思議編
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41/108

41:異端の存在












「はぁっ、はぁっ……!」



 破壊された『人食いピアノ』の残骸の中、桜さんは荒い息を吐きながら座り込む。

その太腿からは夥しいほどの血が流れ出て、周囲を紅く染めていた。



「さ、桜さんッ!」

「だい、じょうぶ……」



 慌てて駆け寄る私達に、桜さんは青い顔のまま微笑み、持っていた刃で足に食い込んでいるピアノ線を切断する。

太腿の半ばほどまで食い込んでいるそれを取り除けば、深い傷口から更に血が溢れ出した。

かなり深い、ここでは応急手当程度しか出来そうにないだろう。

それほどまでに、あの桜さんがダメージを負った……そのショックも相まって、私は呆然と桜さんの様子を見つめる他なかった。



「ッ……!」



 けれど、桜さんはあくまでも冷静だった。

彼女は自分の上着の袖口から黒い帯を取り出し、それを傷の辺りに巻き付けて自分で止血を始めたのだ。

かなり強く縛っているので痛みはあるみたいだけれども、少なくともそれで激しい出血は収まっている。

けれど、それはあくまでも応急処置でしか―――って、あれ?

そういえば、桜さんって―――



「―――姫乃ちゃん、友紀君、それと笹原さん」

「あ、は、はい!?」

「な、何すか?」



 と、私がある事を思い出したちょうどその時、先輩が三人に対して声を上げた。

振り返れば、普段とは違い厳しい表情をした先輩が、その三人の方、そして桜さんの方へと視線を向けながら声を上げている。

その表情は、怪異の中において真面目であるとは言え、そんな時の態度すらも本気ではなかったと言うほどに張り詰めていた。



「三人とも、保健室に行って来て欲しい。流石に、この状況で先に進む訳には行かないからね。ワタシ達三人はここに残って彼女の事を見てるから、何か使えそうなものを探してきてくれ。最悪、鎮痛剤だけでもいいから」

「いや、私は大丈夫ですから―――」

「いいから、怪我人は黙って。これまでの事を考えるに、七不思議以外の場所に怪異はいない。保健室は怪異の舞台となっていないし、そこまでの道も安全な筈だ。行ってくれるかな?」



 例え危険が無かったとしても、この状況で何の躊躇いも無く行動できるのは、よほど勇気がある者か、或いは相当なバカだ。

そして―――



「分かりました、行ってきます!」

「元よりそのつもりっすよ!」

「あ、あう。えっと……わ、分かりました、行きますよ!」



 ―――この二人は、そのどちらもであると言えた。

まあ、笹原さんに関しては巻き込まれていると言えなくもないけれど、桜さんに対する恩は感じていたのか、半ばやけっぱちな様子ながらも受け入れてくれたようだ。

とは言え、少し違和感を感じる。怪異に関する事では結構慎重な先輩が、それを言い出すなんて。

と、そこで桜さんが立ち上がろうとしながら声を上げる。



「ま、待って! 私は大丈夫だから!」

「怪我人は大人しくしていてください! 大丈夫です、ちゃんと危なくなったら逃げます」

「無茶はしません。ですから、頼みます」



 と、いつになく真剣な様子のヒメとトモに、桜さんも思わず押し黙ってしまった。

さすがに、思い込んだら一直線の二人だ、言葉での説得は不可能だろう。

そして、二人は笹原さんの手を引いて止める間もなく音楽準備室を出て行ってしまった。

保健室は、中央棟1回の端っこの方にある。ここからあまり遠い訳では無いから、そう長く時間はかからないだろう。


 ただ……一つだけ、気になる事があった。



「……あの、先輩」

「どうかした、杏奈ちゃん?」

「どうして、あの人選なんですか?」



 未だ鋭く囁くような、そんな声音を崩さぬまま返す先輩に、私はそう問いかける。

私には、どうにもそれが不自然に感じられたのだ。

分けるのならば、怪異の知識がある先輩と嶋谷は一緒に行動するべきではない。

予想外の事態に対応するには、その方が都合がいいからだ。

それが分からない先輩ではない。だからこそ、そこには何らかの意図が存在している―――そう思えてならないのだ。

そして先輩は、普段のような笑みを浮かべる事無く声を上げた。



「どうしても、彼女に聞きたい事があって……賢司君は一緒に聞いておきたかったし、杏奈ちゃんは彼女の事を知っているみたいだったからね」

「私に、聞きたい事……?」

「そうだよ。ねえ、お姉さん―――」



 先輩は、じっと桜さんの事を見つめている。

どこか無機質なその表情は、普段感情豊かなこの人にはとても似合わないもので。

けれどこれこそが、普段のような冗談の無い、先輩の本当の姿なのだと言う納得もあった。

そして―――



「―――貴方は、本当に人間なの?」



 ―――先輩は、真っ直ぐとそんな言葉を口にしていた。

無遠慮で、けれど何処までも本気で言い放ったと言う事が如実に伝わってくる声音。

それに、私は思わず目を見開いていた。

ちらりと横へ視線を向ければ、嶋谷もどこか疑念に満ちた視線で桜さんの事を見つめている。

そして桜さんは……逆に無表情に、先輩の事を見つめ返していた。

その無機質な視線に怯む事無く、先輩は続ける。



「今までは、まだ分かる。所々おかしいと思う事はあっても、ギリギリ『あるかもしれない』と思えるレベルだった。けど、さっきの身体能力は、どう考えても不自然だよ」



 床を蹴り壁を蹴り天井を蹴り、そんな無茶な動きでも一切止まる事無く動き続けていたその姿。

ああそうだ、確かにおかしい。そんなもの、人間に出来る動きではなかったのだ。

私は、思わず桜さんの表情を窺ってしまう。どうすればいいか分からなかったのだ。

だって私は、桜さんがどんな存在なのか知っていたから。



「それにもう一つ……貴方は、さっき立ち上がろうとしたよね。そのダメージを負ってるはずの右足を使って、痛がる素振りすら見せずに」

「……」

「もしかして、その傷はもう塞がってるんじゃないのかな?」



 桜さんは、何も答えない。

沈黙を保ったまま、じっと先輩の瞳を見つめ続けている。

そんな間に挟まれ、あまりの居心地の悪さに、私は視線を右往左往させてしまっていた。

硬直した雰囲気の中、拳を強く握り締め、強い視線と声音で先輩は桜さんを問い詰める。



「答えて。貴方は人間じゃないのか……怪異なのかどうか!」

「……はぁ。後者に関しては、違います。私は、怪異じゃありません」



 桜さんは一つ嘆息して、そう声を上げた。

発した言葉は否定。自分は怪異ではないと、桜さんはそう口にする。

けれどその言葉は―――それだけ・・を、否定するものだった。



「……なら、前者は?」

「肯定します。私は、人間じゃない」



 ただ単純に、首を縦に振るだけのような簡単な声音で、桜さんはそれを口にしてしまっていた。

そんな彼女の言葉に、嶋谷は驚いたように目を見開き、息を飲んでいる。

あっちも先輩と同じような事は考えていたけれど、けれど怪異以外でそんな存在がいるとは考えていなかったんだろう。

けれど、私は知っている……お兄ちゃんたちから聞いて、知っていたのだ。

お兄ちゃんを始めとしたあの人たち―――彼らが全員、人間ではないという事を。



「なら、貴方は一体―――」

「―――超越者。私達は、そう呼ばれる存在です。便宜上、私達が名付けた名前ですけど」



 そう……この人たちは、そう呼ばれる存在だ。

人間じゃない、正確に言うならば元人間・・・と言うべき存在だ。

元々は、桜さんの霊媒体質のような特殊な才能を持っていた人間。

そして、そんな自分の能力を極めた結果辿り着いた存在が、超越者なのだと言う。



「詳しくは言えませんけど、私達は本当に長い時間を掛けてそこに辿り着きました」



 そういって、桜さんは足を縛っていた帯を解く。

そこにあったはずの深い傷痕は、既に影も形もなくなってしまっていた。

常識では考えられないその光景に、嶋谷は既に言葉を失っているようだ。

その様子に桜さんは小さく微笑むと、今度はあまりきつくなり過ぎないように帯を巻き直す。

多分、ヒメたちが戻ってきた時の為の偽装なのだろう。



「常識外の力を持つという点では、怪異とそれほど違わないかもしれませんが……怪異と私達は、違う存在です。ただ、全くの無関係とは言いません」

「え……?」



 桜さんの言葉に、私はきょとんと目を見開く。

それは全く聞いたことの無い話だったのだ。まあ、怪異に関わり始めたのは最近だし、話す機会が無かっただけなのかもしれないけれど。

そして、そんな桜さんの言葉に興味を引かれたのは、残る二人も同じだったようだ。



「どういう事ですか? 桜さん、貴方……いや、貴方達か? とにかく、怪異という現象とどんな関係があると?」

「私達とは関係ありません。ただ、超越者とは関係があります―――テリア・スリュースさん、嶋谷賢司君」



 桜さんは、改めて先輩と嶋谷の名前を呼ぶ。

否……桜さんがこの二人の名前を呼んだのは、これが初めてだ。

そんな呼び方をする事―――その相手であるこの二人に、何らかの意味があるとでも言うかのように。



「私は、貴方たちが怪異を追う理由を知っています」

「な……っ!?」

「どうして、貴方がそれを知っているんだ!?」



 桜さんの言葉に、先輩と嶋谷が目を剥く。

それは、私ですら聞いた事の無い話。この二人に、何かの事情がある事はとっくの昔に察していた。

けれど、それが桜さん達の正体と何らかの関係があるという事なんだろうか。

……何故この人がそれを知っているのかという事は、正直私にとっては驚く事でも何でもなかったし。

そして桜さんの方も、それを説明するつもりは無いようだった。彼女は目を閉じ、話を続ける。



「それに関してはお話できません。超越者わたしたちがそういう存在であると考えてください。重要なのは、そこではありませんから」

「っ……それで、関係って言うのは?」



 尚も詰問したい様子ではあったけれど、時間があまり無い事を思い出したのか、嶋谷は勢いを抑えてそう問いかける。

対し、桜さんは小さく頷き、声を上げた。



「超越者と怪異の関係ですが……この世界で起こっている『怪異』という現象、それそのものが、とある超越者の力によって発生している現象なんです」

「は……? ちょ、ちょっと待って、理解が及ばない……」

「元々、ありえない筈でしょう? 《魂魄》を基点とした霊異ならばまだしも、《情報》などという不確かで形の無いものが、物理的な現象として存在し得るなど」

「それを、今更問うのか……?」



 嶋谷のツッコミに、私は肩を竦めながらも内心同意していた。

今更、こんな場所で常識がうんたら語っても、正直な所手遅れな気がしなくもない。

ただ、桜さんの言葉の中には何一つとして嘘が無い事は、私も分かっていた。

この人にとって、今この場で嘘を吐く事は、何ら価値の無い事なのだから。



「ともあれ、その超越者の存在によって、怪異という現象が生まれています。

怪異発生源はともかく、怪異それ自体に関しては貴方達の方が詳しいでしょうから、それについては言及しません。

とにかく、怪異には発生している根本があり、その存在がある限りこれらの現象は起こり続けると考えてください」



 余計な理解はしなくていいと、まるで命令するかのように桜さんは告げる。

事情を知らない人間からすれば、全くと言っていいほど理解の及ばないであろう言葉の羅列。

それを多く拾い上げる事が出来るのは、恐らくこの場にいる三人以外には存在しないだろう。

即ち、怪異という存在を知る二人と、超越者と言う存在を理解している私だけだ。



「……私達は、その発生原因となっている存在を追っています。けれど、状況はあまり芳しいとはいえません。私達は、怪異に対処する力はあっても知識があるとは言いがたいですから」

「……それを、ワタシ達に伝えて……それで、どうしようと?」

「どうしようとは思いません。私は、言い逃れの出来ない状況だったからこそ、私の知っている情報を提供した。信じる信じないは貴方達の自由です」



 普通に考えれば、ただの与太話だろう。

けれど、この二人は誰よりも常識外の存在の事を知っている。

そして、先ほどありえない光景も見てしまったし―――何より、私が桜さんの言葉を何一つとして否定していない。

信じる事は出来ないけれど、否定する事も出来ない。二人の心情は、こんな所なのだろう。



「……三人が戻ってきましたね。ですから、最後に一つだけ」



 廊下の方へと視線を移しながら、桜さんはそう口にする。

ただ、淡々と事実を喋るように―――その表情は、無機質極まりないものだった。



「超越者は……すべからく、最悪の人格破綻者です。道理なんてものは存在しないし、説得なんてもってのほか。ですから、怪異に関わり続けるのであれば、十分注意してください」



 自分の事を棚に上げている訳では無いだろう。

ただ自分もそうだと、淡々と認めて―――何でもない事であるかのように、むしろそれを誇るように受け入れながら発せられた言葉。

あまり大きくはないその言葉は、それでも不気味な沈黙を保たれた音楽準備室に、予想以上に大きく響き渡ったのだった。





















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