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神代杏奈の怪異調査FILE  作者: Allen
学校の七不思議編
33/108

33:精神状態











 相場の残したメモ曰く―――七不思議を巡るには、それ相応のルートがあるらしい。

まず最初は中学棟、その下駄箱にある『引きずり込む手』。

最初っから随分とえげつない感じの話ではあったけれど、これは桜さんのおかげであっさりと攻略する事が出来た。

逆に、桜さんがいなかったらどうなっていたか分からなかったけれど。


 ともあれ、その後は一階の通路を通って中央棟に。

次に訪れるべき怪異は、職員室の前の大鏡―――その名も、『異次元の鏡』だ。

何と言うか、最初にあった随分と奇をてらった感じの怪談と違い、こちらはどこにでもありそうなポピュラーな感じの名前である。

それを先輩に聞いてみた所―――



「一人で六つ全部考えた訳じゃないでしょ。誰か適当な奴が、そこら辺の怪談を拾ってきたんじゃない?」



 ―――とのお言葉を頂いた。

成程、まあ確かに納得できる話ではある。

ぶっちゃけ、あんまりえげつない話ばかり作られても困るので、バックストーリーなんて何も無い適当な話の方が助かるのだけれども。

とは言え、次に向かっているその鏡も、対策らしい対策が思いつかない面倒な話ではあるらしい。

けれどそんな不安はおくびにも見せず、先輩はすたすたと歩きながら声を上げた。



「いやぁ……うん、まさか杏奈ちゃんにあんな知り合いがいたとは。すっごい戦闘慣れしてたような気が」

「私って言うか、まあお兄ちゃんの……えっと、恋人?」

「い、いや、そんな畏れ多い……!」

「桜さん、今貴方の中でお兄ちゃんはどんな存在になってるんですか、それ……」



 頬を紅く染めて首を振る桜さんの様子に、私は半眼でそう呟く。

ここに来てから初めて、ようやく無機質ではない人間らしさのある様子を見る事が出来たけど……この人はお兄ちゃんを何だと思っているんだか。

まあ確かに、今のお兄ちゃんは女性関係ははっきりしていない感じだ。

いづなさんと桜さん、どちらもお兄ちゃんに惹かれている感じではあるけれど……どちらも、それを前面に出そうとはしていない感じ。

……お兄ちゃんはどう思ってるのかな、本当に。



「……でも、桜さんって強かったんですね……いつも落ち着いているから、びっくりしました」

「う、うん……それが誠人さんの助けになれるなら、って思って。でも、技量と言う点では誠人さんにもいづなさんにも遠く及ばないよ。きっと、姫乃ちゃんにも勝てないと思う」

「そ、そうですか? でも、私じゃさっきみたいなのは―――」



 私から見れば桜さんもヒメも、言わずもがないづなさんも、全員トンでも人間なのだけれど。

現状、剣道有段者であるヒメのご両親すら、今のヒメには勝てなくなってしまっているのだから。

ただ、桜さんがヒメに劣っていると言うのは、私としても納得しがたい事ではあった。

私以外のメンバーもそう思っているのだろう、疑問の篭った視線が桜さんに向けられる。

それを受け、桜さんは苦笑交じりの表情で声を挙げた。



「……ああいう事が出来たのは、経験の差。姫乃ちゃんはまだまだ、経験が少ないから……それに技量では劣っているけれど、純粋に戦うだけなら、私はきっといづなさんより強いと思うよ」

「……マジですか」



 いや、話には聞いていたから何となく分かる。

確かに、その内容が事実だとするならば、いづなさんでは桜さんに勝つ事は出来ないだろう。

ただまあ、そこまで来ると最早常人には理解しがたい領域なので、あまり考えたくはないのだけれど。

しかし、ヒメはその言葉に、純粋に感心したらしかった。

相変わらず、人の言葉を疑うという事を知らない子だ……いやまあ、事実なんだけど。



「凄いんですね……あ、そうだ! 今度から桜さんにも修行を―――」

「ヒーメ、止めときなさい。桜さんも忙しいんだから」

「あ……ご、ごめんなさい」

「ううん……こちらこそごめんね。力にはなれないと思う」



 まあ、桜さんとヒメじゃ、スタイルがあまりにも違いすぎてるしね。

修行したってそれほど意味は無いだろう。

とまあ、それはともかく―――今まで呆然とした様子だった笹原さんが、ここに来てようやく正気に戻ったようだった。

ちなみに、今まではトモに預けてあった。女の子の世話と聞いて、喜び勇んでいたのは言うまでも無い。



「はっ、あ、あの!」

「んー? どうかしたー?」

「な、何でそんなに落ち着いておられるのでしょうか!?」



 先ほど、腕だけの存在が動き回っていた様子を見て呆然としていた笹原さん。

ついでに言うと、現在異常と呼べるような状況はそれだけでは無い。

先ほどの桜さんの言葉―――怪異が私達を敵として認識したという時点から、私達の周囲では怪奇現象が多発していたのだ。

ラップ音やら謎の囁き声や足音は序の口。酷い時には突然窓ガラスが割れたりもした。


 この状況の中、楽しんでいるのは先輩とトモぐらいだと思う。ちなみに、私はトモのおかげで怖くない。

トモは、お化け屋敷とかに入った場合、楽しみのあまり騒ぎすぎて周囲が怖くなくなってしまうタイプなのだ。

ヒメに関しては……まあ、嶋谷に手を握ってもらっていた。

桜さんもヒメが怖がらないようにと積極的に話をしてくれているから、今は何とか大丈夫そうだ。

で、問題は笹原さんだった訳だけど。



「んー……ワタシは慣れてるからねぇ」

「正直、この間の事件で感覚は掴めたから」



 思いっきり動揺している彼女に、先輩と私はそう返す。

まあ、感覚的には、それが私の嘘偽り無い本音だ。

さっきみたいな危険な怪異が目の前にいる状況ならまだしも、こんな子供騙しみたいな怪奇現象ぐらいでは怖がらない。

こちとら、怪異の事が無くても、霊の気配を感じ取れるぐらいには霊感があるのだ。



「で、でも、こんな事が書いてあるんですよ!?」



 そういって笹原さんが指差したのは、中央棟入ってすぐにある、部活の連絡黒板だ。

ここにはそれぞれの部活の名前と、部員に対する連絡事項が書かれていたりするもの。

が―――今は全く違うものが書かれていた。



「ん、何々……ってうぉうっ!? 何じゃこりゃぁぁああ!? これは……ッ、新感覚ゥ!」

「『ユルサナイ』『コロシテヤル』ね……本当にこっちの事敵視してるのね」

「ライフル射撃部に『射殺』、水泳部に『溺死』、家庭科部に『焼死』、剣道部に『斬殺』ねぇ。七不思議関係無いし」



 相変わらず怖がってるんだか何なんだか良く分からないトモの発言に、怖がるタイミングを見逃した結果、普通にその内容を読み込んでゆく。

まあ、普通に少人数……もしもこれがヒメと二人きりだったりしたら、私も総毛立つ程に怖がっていただろう。

が、トモが一緒にいるとこういう事になるのだ。こいつは根本的にホラーに向いていないのである。

って言うか、何が新感覚なんだ、何が。



「え、えっと……何が?」

「ヒメ、お前は見るな」



 そしてヒメと嶋谷はと言えば、こっちはこっちでホラー栄えする二人だったりする。

ヒメの視界に入らないように嶋谷がガードし、護っているような立ち位置。

しかしこれが戦闘的な場面になれば、ヒメの方が前に立つ事になる。

実際これを見ればヒメも結構怖がる事になるだろう。しかし、嶋谷が必要以上の情報をシャットアウトしているおかげで、現状は何とかなっていた。



「まあ、こんなのはお遊び程度だからね。別に怖がるほどの事じゃないでしょう」

「怖いです、怖がりますよぉ……」

「だってこれから先、もっとえぐい七不思議あるんだし。知ってるでしょう、体育館とか―――」

「言わないでください考えないようにしてるんですからっ!」



 何だか、笹原さんも染まってきたような感じがするわね。

ええと、体育館にある七不思議は一体なんだったかしら……確か、『張り付き生首』?

うん、名前だけで十分嫌な感じの話だ。

正直な所、近付く事すら憚られるが、生憎とそう言う訳にも行かないんだろう。


 桜さんは、あの黒い靄を『根っこ』だと言っていた。

どこかに大元があって、そこから何かが伸びてきていると言う事なのだろう。

そしてそれが伸びてきている先で、あのような怪異が発生している。

怪異を発生させる怪異、或いはそれ自体が『学校の七不思議』と言う名の怪異なのだろうか。

桜さん曰く、その大元とやらは、現在隠れているような状態なのだそうだ。



「根を全て破壊すれば、その大元が姿を現すかもしれない、か」



 正直、桜さんの言葉でなければ、そんな不確かな発言には従いたくない所だった。

そんな自分から危険に飛び込んでいくような真似、可能な限りしたくは無い。

けれど、それは私達より遥かに常識外の事に精通した桜さんの言葉だ。

私にとってみれば、信用するには十分すぎる理由と言えた。

無論、それならば全部桜さんに任せて自分達は隠れていると言う手もあったのだろうけど―――



「……桜さんの隣の方が、安全そうだし」



 恐らく、この異界で最も安全な場所はそこだろう。

この人の力が及ぶ場所の方が、よほど安心する事が出来る。

私がさっきから落ち着いている理由の一つに、桜さんがいると言う事があるのだから。



「さて―――」



 肩を竦め、私は周囲を見渡す。

場所はもうすぐ目的地の付近。怖がりなヒメには悪いけれど、これはそろそろ次の話を聞かなければならないだろう。

話を聞かなければ、対策の立てようが無いのだから。



「先輩、次の七不思議はどんな内容なんですか?」

「ん、『異次元の鏡』ね。これは、結構ありきたりな内容だよ」



 肩越しに振り返り、先輩はそう口にする。

正直、この状況で前を向いてなくて怖くないのかと言いたかったが、相手は先輩だ。

この人が怪異を相手に普通の意味で怖がるなんて、そうそう思えない。



「午前三時三十三分、その時間に鏡の前に立つと、鏡の中の自分がこちら側の世界に現れ、入れ替わってしまうんだそうだよ」

「……え、それだけですか?」

「うん、それだけ。言ったでしょ、考えた人が違うんじゃないかって。『引きずり込む手』みたいな濃い話、締め切りに追われてた連中が五個も六個も思いつけるものじゃないって」



 まあ確かに、あそこまでのバックストーリーを考えるのはひたすら面倒臭いかもしれないけど。

『窓の外の少年』のように実話の所為で話が発展してしまっている場合はともかく、ああいうのは気合が入りすぎた例なのだろう。

初っ端から随分とハードルの高い所に連れて行かれたものだとは思うけれど、おかげでこの後は多少気が楽かもしれない。

……まあ、あんまり油断してると足元掬われそうだけど。



「けど、時間が決まってるんじゃ……」

「まあ、この場所でそんな事を気にしていても仕方ないとは思うけどね。ぶっちゃけ、時間なんて無いようなものだろうし」



 携帯電話を開いて時間を確かめてみても、午前三時には程遠い。

まあ、圏外だし、この世界における時間なんてさっぱり分からないけど。

って言うか―――



「えっと……そういう時って、四時四十四分だったりするんじゃないんですか?」



 と、私の抱いた疑問をヒメが口にしていた。

こういうのは大抵、死を連想させる四の数字が使われるものだと思ったのだけど。

そんな疑問の言葉に対し、先輩はにやりとした笑みを浮かべながら声を上げた。



「死なないんだよ」

「え?」

「四が無い、死が無い……鏡の世界の中を、餓える事も死ぬ事も無いまま永遠に彷徨い続ける事になる―――これは、そういう話なんだよ」

「まあ、言葉遊びだな。そういうモンだろ」



 肩を竦め、嶋谷はそう口にする。

まあ、確かに言葉遊びだ。死なないと言うだけ、さっきの話よりもマシかもしれないが……嫌過ぎる事に変わりは無い。

やっぱり先程よりは怖く無いのか、ヒメも落ち着いた様子だったけど……さて、それはともかくどうするか。



「鏡の中から自分が現れる……となると、今回はむしろ桜さんがやるべきではない?」

「そうだねぇ。強すぎる人がやったら、逆に厄介だ」

「あ、あの―――」



 と、そこでヒメが声をあげる。

ああ、分かっていた。予想できていた事だ。

きっとここで、ヒメなら名乗りを上げるって―――



「……その七不思議、私に任せてもらえませんか?」



 そう声を上げるヒメは、竹刀を握り締めながら堂々と。

そこに立つのは怪異に恐怖する女の子ではなく、一人の剣士としての姿。

絶好の機会を見つけたとでも言うかのように―――ヒメは、静かにその闘志を燃やしていたのだった。






















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