29:少女の場合
「私の友達は、元々オカルトに少し興味があって……それで、色々な事を調べていたんです」
「友達、ねぇ」
この手の言い方って自分の事を示していたりするものだけど……心配しているような表情の辺り、どうやら本当に友達の事らしい。
事実―――ちょっと意外だったけれど―――笹原さんの口から出てきたのは、男の名前だった。
「相場省吾って言う、私の友達なんですけど……彼は、その、個人的な興味から七不思議を調べていたんです」
「ふーん……同じ学年?」
「あ、はい、そうです」
先輩の質問に対し、若干慌てた様子ながら笹原さんは頷く。
先輩的には、同好の士でも見つけたような感じなのかしら。
似たような事に興味を持っている人間がいたら、この部活に入って来てもおかしくはないと思うし。
しかし、中学二年の相場、ね……その名前にはあまり覚えが無いけれど、どうだったかしら。
そんな疑問を抱きながらヒメに目配せすると、何やら呆れたような表情で返してきた。
「杏奈ちゃん、相場君はうちのクラスだよ?」
「あれ、そうだっけ?」
「もう。出席番号1番なんだから、結構印象に残ってると思うんだけど……」
「ん? ……あー、あーあー! あいつね、あの不良っぽい奴!」
「杏奈ちゃんってば……」
私の事を咎めるような表情で、ヒメは嘆息を零す。
その視線は笹原さんの事を気遣っているようで―――と、友達だと言っている子の前で不用意な発言だったか。
ちょっとバツが悪くて笹原さんに軽く頭を下げると、彼女はちょっと苦笑を零しながら首を横に振った。
「いいんです。柄が悪いのは事実ですし、私がちゃんと彼の事を注意できないから……」
「あー、いやいや。落ち込まれても困るって……ちょっと、笹原さんと相場が結びつかなかっただけだから」
見るからに大人しげな読書少女、という感じの笹原さんに対し、ワイシャツの下に柄シャツが覗いている見るからにアウトロー、という感じの相場。
ぶっちゃけ、結びつきようが無い。イメージが正反対方向もいい所だ。
そんな私の考えが伝わったのか、笹原さんは苦笑の表情のまま声を上げた。
「あの不良っぽさは、どっちかと言うと役作りというか、その……」
「……中学デビューって、今時やってる奴いたんだな。しかも進学校の白海で」
「あ、あはは……その、ごめんなさい」
「いや、謝られても困るが……ともあれ、その相場とやらの話だ。そいつが、七不思議に関連してるんだろう?」
と、嶋谷は笹原さんに話の続きを促す。
まあ、重要なのはその部分だ。正直、相場がどうとかは興味ない。
本当に怪異が現れたのか、現れたのならば一体どんなカタチなのか。
そしてもう一つ気になる事と言えば―――
「そういえば、今日は相場君、学校に来てなかったね」
「……はい」
ヒメの言葉に、笹原さんが同意する。
そう―――今日は、出席番号1番の相場は学校に来ていなかったのだ。
笹原さんとイメージが結びつかなかったから、さっきは咄嗟に思い出せなかったけれど、言われれば誰だか分かる。
相場省吾は、クラスではそれなりに目立つ存在なのだ。
故に、それが来ていなかった事は、私の印象にも多少は残っている。
一体どうして、彼は今日学校にいなかったのか……そこに、怪異が関連している?
それに―――
「お祓いって言っていたのも気になるわね。何でそういう発想に至ったの?」
「えっと……相場君の発案なんです」
「相場の、ねぇ。一体何があったの? 幽霊に取り憑かれたとでも思った訳でしょ?」
仮に怪異に会う事があったとしても、そうそうお祓いなんて発想は出てこないと思う。
神社の娘が言うのもなんだけど、神社仏閣なんてのは人々にとって身近ではないのだ。
まあ、町のご老人やらには私も結構顔が利くものだけど、若者にとっては精々物珍しいと言う程度。
あんな長い石段をわざわざ昇って来ようなんて言う酔狂な連中はそうそういない。
私が巫女だって事を知っていたとして……相当切迫してでもいない限りは、神頼みしようなんて思わないだろう。
そんな私の疑問に対し、笹原さんは若干困ったように眉根を寄せていた。
そして僅かに逡巡すると、言いづらそうに声を上げる。
「私も……良くは、分からないんです。あの日、帰る途中に相場君に言われて……」
「ふむ、何やらあったみたいだねぇ。順を追って説明してくれるかな?」
先輩はもう既に真面目モード。
どうやら、先輩も既に怪異の臭いを嗅ぎつけているようだった。
そんな先輩の様子に若干押されつつも、笹原さんはおずおずと話し始める。
「最初は……相場君が言い出した事でした。七不思議を巡ってみよう、って」
「へ、へぇ……よく回ろうと思ったね」
「その……相場君も、アレが作り話だって知っていたんです。何処から調べてきたのかは知りませんが、先ほど先輩が言っていたのと同じような事を話していました」
引き攣った笑みを浮かべるヒメに、笹原さんはそう返す。
まあ、作り話だって知っているなら、精々が学校探検という程度の話だろう。
うちの学校は高校まで含めると中々広いから、中学生では足を踏み入れないような場所が結構ある。
それどころか、高校生でも志望した進路によっては一度も入らない所があるだろう。
そういう場所を巡る学校探検に彩を加える、ちょっとしたスパイス―――相場も、その程度の認識だったんだろう。
「ちょっと怖かったけど、作り話だって言うなら大丈夫だと思って……それで、付いて行ったんです」
「学校デートだねぇ……ま、ネタは洒落てるとは言いがたいけど」
「部長、茶化さないで下さい」
肩を竦める先輩に、嶋谷は嘆息する。
かく言う私も、怪異を知っている身としては、内心先輩に同意してしまっているけれど。
必要以上に、危険のある怪異に触れたいとは思わない。
無論、日記の杏奈とか黒猫のウツロとか、ああいう危険の無い怪異は別だけど。
「下駄箱、音楽室、中央棟四階の窓、職員室の前の大鏡、体育館、高校棟一階の廊下―――」
「『引きずり込む手』、『人食いピアノ』、『窓の外の少年』、『異次元の鏡』、『張り付き生首』、『白装束の行列』ね。良く全部知ってたもんだ」
「……先輩も、良く全部知ってますね」
「そりゃまあ、部長だしね」
どうやら、七不思議―――いや、一つ知られていない六つの不思議とやらはそういう名前らしい。
どれもこれも物騒というか、何やら不気味な名前をしてるけど……正直、聞いた事も無い。
名前から話の内容が分かりやすい奴から、そうでない奴まで。
これを学園祭の出し物として考えたのであれば、良くそんな面倒なものを考えたものだ、と感心してしまう。
笹原さんは先輩がさらっと七不思議の名前を言い当てた事に対し、少々驚いた表情を浮かべていた。
部長だからという理由は兎も角、この人の怪異に対する知識はかなりのもの。
こういう時には、本当に頼りになるのだ。
「で、それを全部回って行って……何処で怪異に出会ったの? 怪異になりやすいのは『窓の外の少年』だと思うけど」
「あ、いえ、その……何とも、出会わなかったんです」
「え? 出会わなかったって……」
笹原さんの言葉は先輩としても予想外だったのだろう。
思わず疑問符を浮かべた先輩に対し、笹原さんはちょっと申し訳無さそうな様子で声を上げる。
「だから、その……私は、何とも出会いませんでした。何処の場所でも何も起こらなかったし、やっぱり作り話だったんだって安心したぐらいなんです」
「……なら、どうして相場は貴方に『お祓いを受けろ』だなんて言ったの?」
辻褄が合わない。抱いた疑問を、私はそう口に出していた。
おかしいのだ。何も起こらなかったし、相場は全て作り話である事を知っていた。
笹原さんが幽霊に取り憑かれたと思い込むような理由は無いし、相場にもそれを勧める理由は無いだろう。
なら何故、相場はそんな事を口にしたの?
仮に彼女をからかっているだけだったとしても、笹原さんには確かに怪異の気配が纏わり付いている―――これは、一体何なのだろう。
そんな私の疑問に答えるかのように、笹原さんはゆっくりと続けた。
「私にも、よくは分かりません。ただ……相場君は最後、私に『屋上に行こう』って言ったんです」
「屋上……?」
特に七不思議にも関係の無い場所だ。
或いは、それが知られていない七つ目の七不思議なのか―――いや、元が作り話なんだから、七つ目は本当に存在していないはず。
なら、何だろう? 学生らしく若者らしく、学校デートの後に屋上で告白でもしようとしていたのだろうか?
……何となくありえそうで、私は思わず嘆息を零していた。
そして先輩も同じような感想だったのか、私と同じような表情を浮かべている。
まあ、流石に空気を読んだのか、それを指摘するような事は無かったけど。
「その時、相場君の様子がおかしくなったんです」
とまれ、私はその言葉に思考を戻す。
他に以上が無いのならば、恐らく原因はそこにある。
それが一体何なのかは知らないけれど―――それこそが、この怪異の始まりだと、私は直感していた。
「元々あんまり落ち着きは無い感じだったんですけど……屋上に出るなり、端の方を見て固まってしまって……」
「……君は、何も見えなかった?」
「はい……彼が見ている方に向いてみましたけど、私には何も。今考えてみれば、その時相場君には何かが見えてしまっていたのかも……ですね」
相場には見えていて、笹原さんには見えていなかった何か。
それが一体なんだったのか……目撃者がいない以上、現状ではそれを判断する事は出来ない。
なら、まずすべき事はその目撃者に話を聞く事だろう。
「一応、それ以上は分からないんだね?」
「はい、今の所……その後、相場君が『お祓いを受けた方がいい』って言ってきたので」
「ふむ……なら、その彼に話を聞くべきだろうな。今日学校に来てなかったのは気になるけど……連絡は出来るか?」
「あ、はい。やってみます」
どうやら、嶋谷も私と同意見だったらしい。
その言葉に頷いた笹原さんは、携帯電話を取り出して連絡をし始める。
が―――数秒ほどした後、彼女は眉を顰めて携帯から耳を離してしまった。
「連絡が付かないの?」
「はい……携帯電話は通じないみたいです」
電波が通じない所にいるのか、はたまた電源が入っていないのか。
理由は分からないけれど、このタイミングでこうなると、少々不気味さを感じてしまう。
神経質かもしれないけれど、相手は怪異だ。用心するに越した事は無い。
「あ、じゃあ家の電話にかけてみりゃいいんじゃねーの?」
「トモにしてはマトモな事を言ったな。笹原さん、そっちの番号は分かるか?」
「はい。そっちにも連絡を入れてみますね」
トモと嶋谷の言葉に頷き、笹原さんは相場の家の方へと連絡をし始める。
数秒待ち―――今度は、きっちりと人が現れたようだった。
「もしもし……笹原です。あ、はい、こちらこそ、いつもお世話になってます」
何となく、電話の向こうの相手が何を言っているのかが予想出来てしまう会話ね。
多分、相場の親御さんか何かなんだろう。笹原さんの様子から、結構慣れている人みたいね。
あまり変な人という訳でも無さそうだし、安心していいか。
「で、はい。相場君の事なんですけど……え? 昨日から帰って来てない?」
「―――!」
その言葉に、周囲の者達は―――壁際で目を閉じている桜さんを除いて―――全員が息を飲んでいた。
昨日―――即ち、その異常があった日から相場は家に戻っていない。
それは、紛れも無い異常事態であると言えた。
「は、はい。見つけたら言っておきます……では」
「……親御さんは随分と落ち着いてるみたいだね?」
「はい……結構放任主義だし、今までも何度か無断外泊とかがあったので……」
「今の所は騒ぎにはなっていない……けど、異常事態が起きていると見た方がいいだろうね」
先輩は、そう言って目を細める。
その脳裏で一体どんな事を考えているのか、私には推し量る事は出来ない。
そして沈黙した先輩に代わるように、嶋谷が笹原さんへと質問を続けた。
「昨日、その相場君とやらと最後に会ったのは君かな? 何処で別れたんだ?」
「あ、その……学校の校門の所で。『忘れ物があるから先に帰っていてくれ』って、そう言われて……」
「ふーん……無断外泊しようって雰囲気じゃねぇな、そりゃ」
私にはその感覚は分からなかったけど、元不良のトモとしては、その辺りが分かるのだろう。
しかし、忘れ物を取りに行ってそのまま行方不明―――本当に無断外泊しているだけならいいけど、何だかきな臭い。
何か、今まで異常に厄介なものに巻き込まれているような、そんな感覚がして……私は、思わず身震いしていた。
何だか、気持ちが悪い。
「ふむ……七不思議を調べるか、それとも彼の行方を調べるか……本当に怪異が発生しているのなら、厄介だし」
「あ、あの……相場君は、大丈夫でしょうか……?」
「現状ではなんとも言えないね。ただ、本当に無断外泊しているだけって言う可能性もあるし、悲観的に考えるのは止めておこう。
ともあれ、動き出さない事には始まらない―――どっちを目標に動く?」
先輩は視線を細め、私達へとそう問いかける。
正直、経験の薄い私達にはその辺りの判断は難しいのだけれど―――咄嗟に思いつく事が、一つだけあった。
「……相場の机とか、学校に置いてあるものに手がかりがあるかも」
「あ、杏奈ちゃん。勝手に机を漁るのは……」
「非常事態かもしれないんだから、大目に見て貰うわよ。そこに七不思議の手がかりもあるかもしれないし……どうでしょう、先輩?」
「うん、いいかもしれないね。そこで手がかりを手に入れられるなら、それを元に判断してもいいだろう。それじゃ、まずは杏奈ちゃんと姫乃ちゃんの教室に行こうか」
私の言葉に頷き、先輩は立ち上がる。
それに続いて私達も立ち上がり、部室を出るために扉へ向かって―――その、瞬間だった。
「いけない、止まってッ!」
「え―――」
―――桜さんの絶叫が響く。
思わず振り返れば、桜さんは扉を開けようとする先輩を押し留めるように手を伸ばしていた。
けれど、その言葉は一瞬だけ遅く、先輩は扉を開きながら桜さんの方へと振り返る。
刹那―――暗闇が、溢れた。
「な……ッ!?」
誰が発した声だっただろうか。先輩だったのかもしれないし、或いは気付かぬ間に私が声を上げていたのかもしれない。
けれど、全員が驚愕した事に変わりはなかった。
開け放たれた廊下。そしてそこから溢れ出し、染み込むかのように、薄暗い夜の世界が部室を侵食していたのだ。
時間は、午後五時半―――日が沈むには、あまりにも早い時間帯。
即ち、これは……異常以外の、何物でもなかった。
「異界……!」
先輩の、愕然とした言葉が耳に届く。
そう、この感覚は―――かつて『ひきこさん』の家に入り込んだ時と、全く同じものだったのだ。




