28:学校の七不思議
急ぎ学校へと戻る道を遡る。
正直こんな事になるとは露ほども考えてなかったけれど、以前に比べれば私は落ち着いていた。
まあ、当然と言えば当然だ。今日は、思いもしなかった人物が手を貸してくれたのだから。
「でも、いいんですか桜さん? 結構忙しいんじゃ?」
「私は……そんなに。私や誠人さんは、そんなにしょっちゅう仕事がある訳じゃないから……」
そう言って、隣を歩く桜さんは淡く微笑む。
私は、お兄ちゃん達の仕事に関してはあんまり話を聞いた事は無い。
興味が無いといえば嘘になるけれど、それでもあまり話を聞く気にはなれなかった。
それを聞いてしまえば、私の知っているお兄ちゃんがどこかに行ってしまう気がして……どうしても、踏み込めなかったのだ。
それでも、何となくぐらいはわかってしまうものだけど。
「本来、忙しいのは私よりもいづなさんや煉さんの方……あの二人は、いつもいつも私達の為に頑張ってくれている」
「はぁ……」
穏やかな桜さんの表情に、私は思わず眉根を寄せていた。
正直、自分勝手の代表みたいなあの二人が、誰かの為と言うのが想像出来なかったのだ。
とは言え身内にはとことん甘いあの人たちの事。身内の為だけに頑張ってるとか言うのだろう。
まあ、その中にお兄ちゃんが含まれているんだし、別に何か言う事がある訳じゃないけど。
「とにかく……私はそれほど忙しくは無い。だから……こうして時間を割いても、別に問題は無いよ」
「……はい、ありがとうございます、桜さん」
頷き、私はちらりと視線を前方に向ける。
そこには、笹原さんと話をしているヒメの姿があった。
折角知り合えたのだから、とでも言うのだろう。ヒメは、笹原さんと仲良くなろうと奮闘している。
そして笹原さんも、それに否は無いようであった。
ヒメを嫉妬以外で嫌える人間なんて、そうそういない。
優しくて可愛くてスタイルも抜群。人当たりも良く、他者を思いやって行動する事が出来る。
傍から見ていれば、そんな絵に描いたような人物だからだ。
私は昔から一緒にいるからヒメの悪い点だって知っているけれど、それはあくまで近くにいるからこそ見えるもの。
光り輝く宝珠は、遠くから見ているだけじゃその瑕に気付く事はできないのだ。
「そ、そんな事してたんですか……?」
「そうだよ、皆で頑張ったんだから。あ、でも安心してね、笹原さん。怪異って言っても皆怖くて悪いのばっかりじゃ―――」
そんなヒメがあまり人と関わる機会を持たないのは、紛れもなく私の所為だ。
ヒメは人を選んで付き合うという事が出来ないから、私がそれを抑えている。
そして誰かと仲良くなればそこから突き崩されるかもしれないから、皆平等に寄せ付けない。
まあ、そこまで大げさなものじゃないとしても、私としてはあまりヒメが他人と―――特に男と関わって欲しくないのは事実だった。
ヒメは優しすぎるから。そして、その優しさをどう使うべきか、まだはっきりと理解していないから。
誰かに向かうべき特別を自覚してくれないと、私の立つ瀬が無いじゃない。
「……」
桜さんは、何も言わない。
これがいづなさんだったら、私の内心になんかさっさと気付いてしまっていただろう。
フリズさんでも、察して気遣ってくれていたかもしれない。
けれど、この人は過度な干渉はしてこない―――それが、返ってありがたかった。
二律背反する私の心は、誰かに触れて欲しいものじゃない。
その片方が勝手に解けるまで、ずっとずっと、隠していたいものだった。
「……はぁ」
どうしてこんな事を考えてしまうのか―――どうにも、若干気が重かった。
これからか言いの相手をするかもしれないと言う時に、こんな状態じゃやっていられない。
ぱんぱん、と二度ほど両手で自分の頬を叩き、私は気合を入れ直す。
歪んだ心は仕舞って、鍵をかけ、誰にも開けられないように封印する。
歪んだ心の一欠片、それを自覚しないで済むように―――
「よし」
一度頷き、私は顔を上げる。
葉桜となった並木道を抜ければ―――そこにはもう、私達の向かう場所は目の前に見えていたのだった。
* * * * *
「やっほー、出戻りだねぇ、杏奈ちゃーん」
「なんか微妙に腹立つんですけど、その言い方」
部室に向かうと、そこには高校生の部員三人が揃っていた。
どうやら、依頼待ちの状態のまま、ずっと部室で暇を潰していたらしい。
まあ、そうしている間に私から連絡が入ったのだから、待ちが成功したのは確かだけれど。
と、気楽な表情を浮かべていたテリア先輩が、なにやら訝しげに私の後ろへと視線を向けた。
まあ、それも分かりきっている反応ではある。
流石に、先輩もうちのお兄ちゃんの友人達は見た事が無いからだ。
そして、それを知っている上に盛り上がるバカが一人。
「おおお、桜さん!? 何故こんな所に!?」
「こんにちは、友紀君……今回は、手伝おうと思って、ね」
動物らしいというか単純と言うか、トモはご飯を作ってくれる人に凄く懐く。
だからこそコイツの脳内順位では、まあヒメは不動の一位としても、その次に秋穂さんやお兄ちゃん、そして桜さんが続くのだ。
もう少しマトモな判断基準を作った方がいいと思うのは私の気のせいなんだろうか。
「わざわざ入校証を貰ってまで連れて来たのか?」
そして、猜疑的な視線を向けるのは嶋谷だ。
嶋谷は日常的に私の家に来る訳じゃないから、お兄ちゃんの友達とはあまり交流が無い。
だからこそいづなさんはかなり警戒の的だったりするけど……まあ、桜さんはまだ信用している方だろう。
それでも、いきなり『怪異に関わりたい』なんて言って来る人の気が知れないのかもしれないが。
嶋谷は怪異を良く知る人間。その危険性も、十分に理解しているのだから。
そして、『桜さんが大丈夫なのかどうか』と言う懸念は、テリア先輩も感じていたらしい。
「随分儚げな感じの人だけど、大丈夫? うちの部活、割とハードなのに」
「……多分、誰よりも大丈夫だと思うから、心配しないで下さい」
霊能力と言う点に関して、この人は本物以上に万能だ。
お兄ちゃんが帰ってきてから一年ちょっと、時々この人の力を見る機会があった。
以前お祓いを頼みに我が家を訪れた人……その人に憑いていた幽霊を、この人は一睨みで引き剥がしてしまったのだ。
いづなさんの主催で肝試しをやった時も酷かった。
桜さんはその時仕掛け役に抜擢され、結果本物の幽霊を呼びまくって大惨事になったのだ。
あの時はヒメが失神しちゃったけど……しかも、起きた時にはその時の事覚えてなかったし。
ともあれ、そんな私の言葉に、先輩は首を傾げながらも一応納得してくれたようだった。
実際の所、この人はもっともっと凄い事を出来ると聞いていたけれど、今回は関係ないだろうから説明しない。
正直、先輩だって聞いても理解できない事だろうし。
「ふーん……ま、いいか。それで、そっちの子が今回の依頼人さんかにゃー?」
「あ、は、はひっ!」
「笹原さん、落ち着いて」
すっかり緊張して声が裏返ってしまっている笹原さんに、ヒメが苦笑しつつそう声をかける。
上がり症なのかしらね。先輩三人が相手とは言え、ちょっと緊張し過ぎだとは思うけど。
私だって知らない高校生三人を前にすりゃ、緊張はするけれど……これはちょっと。
まあ何はともあれ、私は笹原さんを部室の中に招き入れ、席に座らせた。
緊張を和らげるために、ヒメには隣に座ってもらいつつ、私は桜さんと一緒に壁際に立つ。
「さて、君は杏奈ちゃんや姫乃ちゃんのクラスメイトだったよね? それなら、二人の紹介はいいか」
「は、はい」
「よろしい。それじゃあ、ワタシがこの怪異調査部の部長、テリア・スリュースだよ。そして副部長の嶋谷賢司君と、平部員の篠澤友紀君」
「……いつから俺は副部長に?」
「俺が平、だと……賢司、交換だ!」
「お前にやらせるぐらいなら俺がやるっての」
トモの戯言に嘆息を零し、嶋谷は笹原さんの方へ、一度頷くように礼をする。
随分とぶっきらぼうな仕草ではあったけれど、笹原さんの方は余り気にはならなかったみたいだ。
まあ、慣れてくれるのであれば何だっていい。あまり格式ばった話し方じゃ、逆に緊張させてしまうかもしれないし。
テリア先輩はそれを心得ているのか、或いは素なのか―――ともあれ、いつもと変わらない軽い調子で、笹原さんへと話を切り出した。
「さてさて、このメンバーで君の依頼に当たらせて貰う訳だけど……確か、学校の七不思議だったかな?」
「は、はい、そうなんです。私、七つ目の七不思議を―――」
「ちょっと待ってね、話を整理するから。大丈夫大丈夫、落ち着いて。ワタシ達は怪異の専門家だから」
あくまでも安心させるように、先輩は笹原さんへとそう告げる。
大げさな言い方かもしれないけれど、いつもなら不信感を抱かれそうな言い回しは、逆に安心感を与える事ができたようだ。
先輩は落ち着いた笹原さんの様子に小さく頷くと、指を一本立てて話し始める。
「さて、学校の七不思議って言う言葉については、今更解説するまでも無いよね?」
「まあ、そりゃあそうですけど……」
「正直俺は、うちの学校にもそんなモンがあったんだなぁ、って感じですけど」
私の言葉に、トモが便乗するように続く。
猜疑的な色を宿すその言葉に、私は思わず同意してしまっていた。
実際、あんまり耳にする事は無い単語だ。が―――先輩は、あっさりとそれに言葉を返す。
「あるよー。昔の生徒会辺りが、学園祭の出し物にする為に作った与太話がね」
「が、学園祭の出し物……?」
「そうそう。六つぐらい適当な話を作って、『七つ目の話を知ってしまったものは、次の七つ目の七不思議になってしまうのだ』とかそんなよくあるオチ。
その時点で言うならば何の信憑性もなく、それに基づいた事件がある訳でもない。それこそ、単なる作り話だ。噂ですらないよ」
そう言い切る先輩に、ヒメは思わずがっくりと肩を落としたようだった。
それは安堵なのか、はたまた振り回された疲れなのか、それは分からなかったけど。
でもまあ―――安心するのは、まだ早いと思うのだけどね。
だって、少なくとも笹原さんの周囲に怪異が発生している事は確かなのだから。
だから、先輩の話はそれで終わる訳が無い。
「―――けれど、今は違う」
「え……?」
呆けたようなヒメの声。けれど、先輩はそういう点では容赦がなかった。
ただ、事実を淡々と。論理的に思考して、必要な事を暴き出す。
「何年前だったかな……正確な資料は無いから覚えてないけど、ある事件が起きた。一人の男子学生が、窓から転落して大怪我をしたんだ」
「窓から……それってもしかして、三つ目の七不思議の―――」
「自分が狙われてるだけあって、予習はしっかりしてるみたいだね。そう、この窓は七不思議の一つに数えられる場所だった」
どうやら、笹原さんは既に七不思議を調べ上げていたらしい。
その七不思議の成り立ちを聞く限りでは、良くそんなモノを調べ上げられたものだと感心してしまう所だけど。
けれど、何となく話は見えてきた。その事故の為に、噂が流れ始めてしまったのだろう。
「該当する七不思議は、『窓の外の少年』。ベランダも何も無いはずの窓の外から少年が学校の中を覗いていて、それと目が合ってしまうと、窓の外に引きずり出されてしまうと言うものだ」
「は、はい! その通りです!」
どうやら、しっかりとホラー系の七不思議らしい。
早くも蒼褪めてゆくヒメに小さく苦笑しながらも、私は先輩の言葉を待った。
ただそれだけでも噂にはなるだろうけど、それはただの事故だ。
笹原さんも、それと同じものを調べていたらしい。
「さらに、その事故に遭ったのは陸上部のエースとも呼べる人物だった。しかしながら、彼はその怪我が原因で走る事は出来なくなり、結果的に自殺してしまっている」
「……それで、噂が加速した?」
「そう、まるで七不思議の所為で自殺してしまったとでも言うかのように……七不思議は、一気に信憑性を持ち始めた」
都市伝説が怪異として存在する為には、信憑性が必要となる。
学校と言うのは、ある種閉鎖された空間だ。狭い場所であるからこそ、噂が流れる時は一気に広まってしまう。
成程、怪異として現れるには十分って言う事なんだろう。
「けど、関係があったのは七不思議の一つだけなのに、他の七不思議まで?」
「一つあったら七つあるかもしれない……そういう風に考えられたんだろうね。けどまあ、それらが実際に起こるか起こらないかは大した問題じゃないんだよ」
「……と言うと?」
「七不思議は、元は単なる作り話。学園祭の出し物に悩んだ連中が、苦し紛れに適当にでっち上げた話だよ。そんな話に、対処法なんてものが存在すると思う?」
その言葉に、私は思わず眉根を寄せる。
あるはずが無い―――それが答えなんだろう。それは、厄介極まりない答えだった。
怪異はすべからく理不尽なもので、それに対抗するための対処法はどうしても必要なのだから。
それを解決しろって―――
「……どうしろって言うんですか?」
「まあ、この手の奴は一回躱すと起こらなくなるから、回避する事に専念しようか……とまあ、ワタシが知っているのはこの程度だよ」
そう言って、先輩は笹原さんの方へと視線を向ける。
今までのは、あくまでも先輩の知識の披露でしかない。笹原さんを勇気付ける為と、怪異の確認作業だ。
けど、知らなければならない事はまだある。
それは―――
「さて、では教えてくれないかな、笹原さん? 君はどうして、七不思議に襲われるなんて思ったのか」
その言葉に、笹原さんはびくりと肩を震わせる。
今まで己を苛んできたものだ。口に出す事だって恐ろしいのかもしれない。
けれど知って欲しいと言う心は確かに存在するだろうし―――それにどうやら、今までの先輩の話も、決して無駄ではなかったらしい。
笹原さんは、どうやら沢山の知識を持つ先輩の事を、すっかりと信頼してしまったようだった。
「私、は―――」
そして、笹原さんは語り始める。
学校の七不思議なんて物に付け狙われる事になった、その顛末を―――




