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Alice Leeee! 短篇集 涙腺の綻び  作者: Alice Leeee!


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10/10

終話 兄




私には血の繋がった家族がいない。



赤ちゃんポストというところに捨てられていた私はその後児童養護施設で幼少期を送り、高校卒業と同時に働き始めた。



施設の職員達や同じような境遇の子供達が家族と言えばそうかも知れないけど、どちらかと言えば友達に近いような気がする。



仲間、って感じかな。



アパートを借りて初めての社会人生活を始めた感想としては、自由のひと言に尽きる。



でもね。



不安や孤独はいつも背中に張り付いてたの。



だから週末はいつも手土産片手に施設へ足を運んで仲間に会うんだ。



そうすることで安心出来るから。



此処には、私を知っている皆んながいる。



優しい言葉を掛けてくれる大人達がいる。



また明日から頑張れる気がした。





社会生活にも慣れて徐々に仕事が忙しくなってくると、自然と施設に運ぶ足も遠退いていった。



皆んなのことを忘れたわけじゃないけど、友達も出来たしなんとなく好きだなって思える男の人にも巡り会えたの。



誰かとお喋りしている時間がこんなに楽しいだなんて知らなかった。



私は何でも出来るし何でも手に入れられるんだって、本気で思ってた。



あの日までは……。




会社の同僚で親友の女性が、私の陰口を話しているのを偶然聞いてしまった。



「あの娘ったらわたしのこと親友と思ってるみたいなのよ。親がいないって言うから少し優しくしてあげたんだけど、なんだか鬱陶しいのよね。最近じゃわたしの彼氏に色目使ってるみたいだし、ひとの男に手を出さないでよって感じなのよね。ねぇ、良かったら今度あの娘抜きでカラオケでも行かない?」




その日は体調不良を理由に会社を早退させてもらった。



翌日も、その次の日も、私は玄関のドアから外へ出ることが出来なかった。



信頼していた友人に裏切られた思いと、この世界には嘘で固められた優しさで溢れているんじゃないかって、急に怖くなってしまったの。



人に会うのが怖い。



誰かと会話するのが怖い。



もう、他人を信じられない。




休んでいる間に何度も会社の上司から連絡が入っていた。



親友だと思っていた例の彼女からは一切の連絡が無かった。



なんだかせいせいする。



上司に電話すると、病院には行ったのか、無理をせず先ずは身体を治せ、ちゃんと食べれているか、何か問題があるなら遠慮なく話してくれていいんだぞ、と優しい口調で問い掛けてくれたの。



これも表向きの優しさかなって思った。



そういえばこの上司って、面接の時にいたな。



私の履歴書を食い入るように見ながら、何故だかひと言も発しなかった。



進路指導の先生にその話をしたら、いつもであれば新卒募集をしてこないこの会社が、何故だか熱心に募集をかけてきたのだとか。



先生が語るその募集をかけてきた人物こそが、いまの上司と特徴がぴったり一致していたの。



たまたまだろうけどね。




けっきょく二週間ほど会社を休んでいたんだけど、なんだか風邪っぽい症状もあり身体がだるい。



少し歩いただけで息切れするし、鏡を見たらなんだか顔が浮腫(むく)んでるみたい。



もう我慢の限界と病院へ駆け込んでみた結果、下された診断は急性の心疾患であり最悪の場合は心臓移植も必要になるだろうとのこと。



御両親に連絡をと言われはしたがいない者はいない。



事情を説明したあと即刻入院の運びとなった。



いまさら養護施設に連絡するのも迷惑だろうしなと、私が電話したのは会社の上司だった。



また休まないとだろうし、そもそも復職出来るかどうかも分かったもんじゃないしね。



上司に連絡し詳しく事情を説明すると、病室へと案内されベッドの上で入院手続きの書類に記入していたところへ、なんと上司が息を切らしながら現れたの。



早いってもんじゃないし、それに上司の後ろには養護施設でお世話になった施設長さんの姿もあった。



なんで施設長さんが?



上司が連絡したの?



履歴書に養護施設の連絡先を書いてたから?



施設長さんは黙ったまま私を優しく抱きしめた。



上司は気を遣ったのか私達二人きりにしようと病室の外に出ると、担当医師と何やら揉めていたようでその声は怒鳴り声に近かった。



それから毎日が検査と投薬の繰り返しで私はもう完全にグロッキーだった。



医師はなかなか改善が見られないと色々な薬を試してみたけど、状態は更に悪化したように思う。



あぁ、私の冴えない人生もついにここまでか、と考えるようになってたけどそれはそれで仕方ないよね、って諦めてもいた。



だって他に助かる見込みなんてないしさ。



心臓移植って言ったってそう簡単にドナーが見つかる訳じゃないし、順番待ちしてる患者さんだっているわけでしょ?



それに私って家族がいないじゃない。



だったらさ、大切な家族が待ってる患者さんを助けてあげて欲しいなぁ。




最近は車椅子で病室を抜け出す事も難しくなってきちゃった。



唯一の楽しみは、窓の外に巣を作ってるんだろう飛んで来る燕を見ること。



きっと雛鳥にご飯を届けに来てるんだろうね。



親子っていいなって思う。



なんか涙が出てきちゃった。



でも私の病室にも食べきれないくらいたくさんの菓子を持った燕が毎日やってくる。



会社の上司が、何か食べたいものがあったら何でも言いな、って。



だから言ってやったの。



私の見舞いに来る暇があったら奥さんに花でも買って帰ったらどうですか、って。



上司は笑いながら独身だからなって視線を反らし、でも妹が一人いるんだって、誇らしげに自慢してきたの。



羨ましかった。



大切な家族がいるってどんな気持なんだろ。



だからまたまた言ってやったの。



だったらその妹さんに花でも買って帰ってあげたら、って。



そしたら上司、そうだなってポツリ呟いて帰っちゃった。





呼吸が苦しくなってきた。



人工呼吸器が病室に運ばれてきて私の周りは機械と管でお祭り状態だ。



なんて考える余裕もなくなっちゃった。



なんだか眠い。



アラームが鳴り続け、看護師や医師が駆けつけて来たところで意識を失くしちゃったの。




目が覚めたら、酸素マスクは外れてた。



点滴と、バイタルサインを表示するモニターが繋がってるだけで他に仰々しい機材は見当たらない。



なんだろう。



完全に隔離された部屋に寝かされてるみたい。



一日何回も防護服みたいに全身すっぽり被ったような看護師さんがやって来て、採血したり注射されるんだけど前のような息苦しさは消えてた。



担当医師からの説明で、どうやら心臓の緊急移植手術が行なわれたみたいなの。



よくドナーが見つかったわねって思ったけど深くは考えなかったわ。





暫く経って専門病棟に移りリハビリが始まると、回復をみて面会が許さることになったの。



きっと会社の上司も顔を出して妹の自慢話でもするんだろうなって思ってたんだけど、何日経っても上司は面会に来なかった。



所詮は他人ってことか、と期待していた自分を馬鹿らしく思ったんだけど、どうやらそれは違ったの。




面会の許可がおりて三日後に、養護施設の施設長さんと後輩達が面会に来てくれた。



やっぱり持つべきものは仲間だな、などと考えながら会社上司の悪口を言っていると、施設長は私の手を握り締め目に涙を浮かべるとこう語り出したの。



「そんなこと言っては駄目。あの方はね……あの方は貴女の実のお兄さんなのよ。幼い頃に父親の暴力を受けていた彼を護ろうと、妊娠中だったお母さんは行く当てもないまま家を飛び出したの。最初は住み込みで働きながら二人の子を育てようとしたんだけど、お兄さんは小学生にあがり貴女は産まれたばかり……これでは育てていけないと泣く泣くお母さんは貴女を赤ちゃんポストに託すことにしたの」



私は言葉を失ってしまった。



あの上司が、私の兄……。



信じられなかった。



私の考えなどお構いなしに、施設長は話を続けた。



「彼は憶えていたの。母親が貴女を預けた病院の場所を……。高校を卒業した彼は何年もかけてうちの施設を探り出したの。例え実の血を分けた家族だろうと、預け先を教えてはならない決まりがあるの。だけど彼は貴女を見つけ出した。でも声は掛けなかった。彼は言ってたわ。怖かったって。幼い妹を捨て、母親と過ごしてきた自分を許す訳がないだろうと……。だから何年も何年も遠くから見守りながら陰で助け舟を出していたらしいの」



だからだ。



親がいないという理由だけで就職が決まらなかった私に、面接の話が舞い込んできたのは兄のお陰だったんだ。



会社で私の事を気に掛けてくれていたのも、私を護る為だったんだ……。



私、彼に謝らなくちゃ。



「上司に……兄に連絡して貰えませんか。どうしても会って謝らなくちゃ!」



「ごめんなさい……それは出来ないの。もう、彼に会うことは出来ないの。これ、手術が成功したら貴女にって……」




施設長が渡してきたのは、綺麗な花束だった。



其処には一枚のメッセージカードが挟んであった。




「お前には苦労ばかりかけさせてしまい申し訳なかった。兄として何一つしてやれなかったけど、これからの人生はきっと良いものになるはずだよ。俺がしてやれる最初で最後のプレゼントをどうか受け取って欲しい。大切な俺の家族。大事な大事な俺の妹へ」




駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。



なんで、なんでそんなこと勝手に決めたのよ!



私に相談もなく、なんでそんなこと……。




医師は言った、たまたま近くで交通事故があり、一人の男性が死亡した、と。



その男性の心臓が、どうも私に適合していたのだと。




嘘だ!



嘘だ嘘だ嘘だ!



病室の前で口論していたのは、兄からこうすることを提案されたからでしょ!



私は泣いた、赤子のようにただただひたすら泣き続けた。






私には血の繋がった家族がいない。




だけど、兄なら私の中で生きてる。



だから私も、生きる。






終わり

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