048_悪役令息とはの話
チャナは玄関の近くにいた4人の男子生徒の中心にいる金髪碧眼の男子生徒の前に回り込むと叫んだ。
「ヨウキさん!わざとですよね!
さっきわざと無視しましたね!!」
ヨウキの前で鼻息を荒くするチャナの前に、赤い髪の男子生徒が割り込んでくると鋭利な視線でチャナを威圧した。
「誰だおまえは、初めて見る顔だが、公爵令息であるヨウキ様に向かって無礼すぎるぞ。」
「確かに、無礼千万ですね。」
銀縁メガネの奥の冷たい瞳からの視線でチャナを射ぬきながら、茶色い髪を緩く括っている男子生徒も前に出て、ヨウキを完全にチャナの視界から隠した。
「氷水でも被って反省していただいた方がいいのでは?」
さらに、その隣に水色のショートカットのチャナと同じくらいの身長の男子生徒が立ち、両手の上にバケツ一杯分くらいの水を浮かび上がらせている。
「う、ご、ごめんなさい。」
公開ビデオで見た攻略対象者としての三人はとてもは優しそうだったのだが、その違いすぎる雰囲気にチャナはたじろぎ、涙目になってしまった。
「いいよ。
誰にでも失敗はあるからね。」
ヨウキが、三人に間をあけるように手で合図を送ると、三人は厳しい視線をチャナに向けたまま、ヨウキを挟んで左右に分かれた。
三人の間に挟まれている金髪碧眼の公爵令息扮するヨウキは、
「ところでいいのかな?
ほら、門のところで君を待っている令嬢たちがいるようだけど。」
と、手を真っ直ぐに額に当て目元に影を作りながら門の近くにいる4人の令嬢たちを眺め、チャナにもそちらを見るように促すと、その目に誘われて門の方に顔を向けたチャナは顔を青ざめさせた。
「よくない、よくないです。
戻らなきゃ。
とりあえず、これでアクションは起こしたことになりますよね!
もう無視されたって、ゲームオーバーになんかなりませんからね!」
声に出さずに口を「イーだ」と動かすと、チャナは急いで門からこちら側に歩いてきている令嬢たちに向かって走り出した。
「あれ、戻ってきましたね、ピンクゴールドの転校生。
行ったり来たり忙しいヤツだな。」
待っていた転校生にあっさりスルーされてしまい、しかたなく校舎に向かっていた皇女とスカーレットたちは、公爵令息に絡んでいたはずのチャナが今度は自分たちに向かって走ってくるのを見つけた。
全速力で走ったチャナは皇女の前で急停止して、すぐさま頭を下げた。
「さっきは皆さんに案内してもらったのに、いきなりいなくなってごめんなさい!」
「「「「さっき?」」」」
チャナの突飛な行動にも関わらず、皇女、スカーレット、ルイス、ジョエルは落ち着いた声を揃えて、問い返した。
内心の驚きを露わにしない、淑女教育のたまものだろう。
「イッカイメハナシ」
「サイショカラ」
「イッカイメハナカッタコト」
「ハジメマシテダヨ」
「ショカイイベントアイサツ」
チャナの頭の上で相変わらずアンテナのように、三色の尻尾をヒラヒラと舞わせながら飛んで声をかける親切なチャナのオウムたち。
「あ、そうだった!挨拶。
始めまして、チャナと言います。
よろしくお願いしまっ、あっ!」
チャナはもう一度勢い良く頭を下げ直したが、焦って足がつんのめってしまい皇女の方に倒れかけた。
「おっと、危ない。」
俊敏な動作で横からチャナのおでこを抑えて阻止したのはスカーレットだった。
そして、にチャナの肩を持ってすぐさま体制を整えなおすと、呆れたようにため息をついた。
「慌ただしくて、危なっかしいヤツだな。
チャナだったな、周りに気を付けるようにしてくれ。」
「はい、ごめんなさい。」
「ふふ、スカーレット、そう睨まないで、チャナさんが怯えてるわ。」
皇女のふんわりとした笑みがスカーレットの刺々しい視線を和らげると、他の二人はチャナに「ドジっ子属性」ありと受け取ったようで憐憫の視線を向けている。
「私は、この学園で生徒会長を努めます、デイジーです。
あなたと同じ2年生だから、デイジーと気軽に呼んで欲しいわ。」
「あ、有難うございます。
デイジー様。」
皇女のおかげで和やかな雰囲気となり、1回目と同じようにみんなが自己紹介をしてくれた上に、ルイスとは1回目と同様に図書館デートまで取りつけた。
「ところで、先ほどはヨウキ様と何のお話をしていらしたの?」
「悪役令息役のヨウキさんと話しておかないと、またゲームオーバーになっちゃうんで真っ先に声かけたんです。
あちらのペースに入ったらまた同じことになりそうだった、、か、ら?」
最後に言い淀んだのは、4人の令嬢の周りの空気がヒンヤリと寒くなった気がしたからだ。
「「「「悪役令息?」」」」
4人の令嬢の怖い作り笑顔に、チャナは後ずさったが、ルイス、ジョエルがすばやく後ろに回り込んできて、逃げることができない。
「えっと、悪役令息とは、その名の通り悪役を演じる貴族の令息のことです!
だから、その役のヨウキさんに挨拶を、ですね、してきた、わけで。」
言葉を並べるにつれて、声を小さくしていくチャナは、もうだめかもしれないと目の前の皇女とスカーレットの顔を恐る恐る見上げた。
「悪役を演じる貴族の令息ですか。
私の婚約者であるヨウキ様が。」
「いえ、違うんです。
デイジー様の婚約者が、いえ、あれ?そうなのかな?
でも、ヨウキさんはいつもみんなに親切で、だから、演技で。
演技、よね?」
皇女に答えながら自問自答になっているチャナは、自分で何を言っているのか分からなくなってきた。
「そうか、演じていると言われれば、そんな時もあるのかもしれない。
思春期の男子生徒だ、そんな時もあるだろうな。」
スカーレットが思春期の男子生徒ということで妙な納得の仕方をしている。
「チャナさん、だけど、公爵令息であるヨウキ様には敬意を払わなければいけないわ。
演技をしていらっしゃるとしても、悪役令息だなんて。」
後ろから妙に近すぎる距離に来ていたルイスが耳の横で囁いてきた。
「わ、ルイスさん、近い、近いです。
ほら息がかかってるし、胸が背中に当たってます!
さっきもこんなことがあった気がします!」
1回目と同様に、あら私としたことがチャナさんのショタ属性に吸い寄せられたようですわ、と、ルイスは背筋を伸ばした奇麗な所作でチャナから半歩離れた。
自分のことが話題に上っているとは知らないヨウキが先ほどと同じように校舎の玄関に向かう皇女たちにゆっくり歩きながら近づいてきた。
ヨウキは皇女デイジーの前に立ち、その手を取ると体を半分に折りながら手の甲に軽く口付けた。
あたりから黄色い悲鳴が上がり出すと、二度目のチャナは思わず呟いた。
「また、このくだりやるんだ。」
「ヨウキ様、悪役令息というのをご存じですか?」
皇女が手の甲を両手で挟むヨウキに、先ほどチャナから聞いたばかりの言葉を口にしていた。
「えっえっ?そこで聞いちゃう?」
チャナは思わずルイスとスカーレットの後ろに隠れて二人の隙間からヨウキと皇女を覗くと、ヨウキが落ち着いた声で皇女に答えていた。
「悪役令息とは美しいデイジー様を独り占めしようとする、私のような悪者のことを言うのではないでしょうか?」
「チガウケド、チョットアガッタ」
「コウジョサマコウカンドアガッテル」
「ライバルコウカンドアゲテイル」
「チョットダケ」
1回目と同じく皇女の腰に手を回してエスコートしながら校舎に向かうヨウキの後ろ姿を見ながら、チャナは声に出さずに口を「イーだ」と動かした。
「チャナさん、ひょっとして、ヨウキ様の魅力に嫉妬されてますか?」
ルイスが1回目と同じ質問をしてくる。
「いえ、ぜんぜん、全く嫉妬してないです。
憧れてもないです、誰にでも優しいのはみんな知ってますから。」
「大丈夫ですよ、チャナさんはヨウキ様とは違った魅力がありますから。
ささ、私たちも校舎に向かいましょう。」
チャナの手を強引に取ると、「分かっていますわ」という瞳で頷きながら歩き始めたルイス。
「どちらにしろこうなるんだ。」
そして、同じく1回目と同じ行動をるスカーレット。
「ルイス、ずるいぞ、こんなかわいい人を独り占めしようなんて、私もいっしょに行くよ。」
「マダマダダナ」
「イイセンイッテルケドネ」
「サキハナガイ」
オウムたちはアドバイスというよりは好き勝手に言いながらチャナの周りをまわっている。
チャナがルイスとスカーレットに手を引かれたまま玄関に入ると、さっそく<初回イベント終了>の薄透明の四角いパネルが表示されて、つい身構えたが、パネルは音も無く消えて、しばらく様子を見ても再度表示する気配はなかった。
ようやく安心できたチャナが、玄関のその先の廊下、廊下の先から続く階段とヨウキを追いかけたが、どこにも見えず、追いついたと思ったのは、取り巻き三人の中で一番後ろを歩いていた水色の髪の男子生徒が階段上の2階ホールの奥に進んで見えなくなったときだった。
もう、確認はできなかったがヨウキも恐らくチャナと同じように<初回イベント終了>のパネル表示だけを見たはずだ。
「よし!ゲームオーバー回避、ここからが勝負!」