049_小細工の話
チャナがルイスとスカーレットに挟まれて、気持ち新たに意気込んでいると、後ろから軽く肩をつつかれた。
肩に置かれた指を追っていくと、その先にはジョエルの顔があった。
「ジョエルさん?」
チャナが気づくとジョエルはチャナの肩から引いた指で自分の髪をかきあげて耳にかけた。
「チャナさん、名残り惜しいですが、ここでいったんお別れです。
私は1年生の教室に戻りますね。」
ジョエルが丁寧に頭を下げると、耳にかけていた水色の髪がサラリと滑り落ちた。
「そうか、ジョエルは1年生だったね。
またあとでね。」
せっかく耳にかけた髪が落ちたと思うと、チャナは自然に手が伸びジョエルの髪を耳にかけなおしてあげていた。
ジョエルはそのチャナの仕草に頬を染め、次の瞬間、その手を両手でしっかりと掴んでいた。
「あの、あの、チャナさん。
私、昼休みとかは中庭の花壇の世話をしてるんです。
今は芝桜とか、奇麗なんです。
もしよかったら来てくださいね。」
思わぬ行動に目を丸くしているチャナの手を静かに離すと、ジョエルはチャナの返事も聞かずに背を向けて、自分の教室に続く廊下を軽い足取りで去って行った。
チャナの横にいたスカーレットがニッと笑う。
「チャナ、天然たらしだな。」
同じくチャナの横にいるルイスも笑顔で呆れた声を出している、
「そうですよね、ちょっと目を離すとジョエルにあんなことするなんて。」
「へっ?」
少し時間を遡り、チャナの前に薄白いパネルが表示されるのと同時刻、皇女をエスコートしていたヨウキの前にも<初回イベント終了>のパネルが表示され、そして消えていた。
1回目のときはこの後にチャナの戸惑う声と「うそーーーー」という叫びが聞こえていたが、今回は叫び声は聞こえてこない。
チャナは玄関におり、ヨウキはそこから離れた位置、2階の各教室に延びる廊下と繋がる広いホールを進んでいた。
「チャナはまだ、玄関でまごついているようだし、ちょっと小細工する時間くらいはありそうだな。」
ヨウキの腕に手を添えていた皇女が、独り言をつぶやくヨウキの顔を見上げると、ヨウキが皇女の添えられた手に自分の手を添えた。
「デイジー様、実はここで今すぐやって欲しいことがあるのですが。」
ヨウキが皇女に伝えたのは、土属性の魔法を使用して、ホールから教務室までの近道を作ることだった。
これは先のデュエルでココアが使ったのと同じ手を使うためだ。
ココアの場合は、ひよこと取り巻き令嬢の協力を得て別の棟の3階にある教務室まで飛んで行き、最初の授業の科目変更を行っていたののだが。
「緊急の要件なのですね、分かりました。
婚約者のヨウキ様のお役に立てるのであれば。」
皇女は、何の振動もさせず、音もさせず、光で土を繊細に練り上げて、しかし大胆にホールの天井をぶち抜いて教務室までの直通通路を作ってくれた。
もちろん「後で奇麗に戻すことができるようにしましたわ」と言い添えて。
取り巻き三人の男子生徒は口を大きく開けて驚いていたが、ヨウキはその繊細な魔法に感心していた。
「同じ攻略対象者でも、男性版にはなかった緻密さと繊細さだな。
これは、面白い。」
ヨウキはさっそく直通通路の表面の光の流れに足を踏み入れると、光の流れに乗って体が進みだし、すぐに皇女が見えなくなった。
「ヨウキ様、待ってください、俺も行きます!」
慌てて後を追って通路に乗った取り巻きの三人の男子生徒も、歩くことなく瞬時に教務室についてた。
あまりの速さに酔ったようで顔色を悪くしながら、先に乗っていたヨウキの平然とした姿をほめる取り巻き立ち。
「さすが、ヨウキ様、我々と違って一糸乱れず、到着なさってますね。」
「さあ、数式の教師と魔法道具の教師か魔法生物の教師に会いに行こうか。」
ヨウキはこうして、最初の授業を「数式」から「魔法道具」に変更してもらうことに成功した。
そう、本日の時間割の教科変更など、両方の科目に多少の寄付金を出せば難しいことではなく、教務室まで行き、教師二人を説得し、皇女の待つホールに戻るまで10分もかからなかった。
「チャナはまだ玄関先にいるみたいだな、こちらの様子に全く気がついていないようだ。」
皇女がぶち抜いたホールの天井を修復するのを、離れた場所で見ていたヨウキだが、2年生の教室に続く廊下の壁にかけられていた各教室への案内板の裏に半分隠れていた白いカードを見つけた。
案内板を外してカードを入手、カードの絵が浮かび上がるのを待つ。
「磁石カードか。
本来は、プレイヤーが好感度をもう少し上げたいという攻略対象者に対して、密着するために使用するカードなんだけど、間に人を挟むと潰してしまう戦略まで取れるから、割と怖いカードだよな。」
ヨウキはカードを持って、
「属性カード、磁石 破棄」
と、迷わず破棄した。
手の中にあった四角いカードだが、砂が小さい穴に吸い込まれるように、中心に向かって吸い込まれて消えて行き、薄白いパネルに磁石カードの破棄が表示された。
<磁石カードが破棄されました>
「ゲームとはいえ、女性を潰すようなことはしたくないしね。」
「ヨウキ様、デイジー様の修復作業が完了したようです。」
赤い髪の男子生徒がヨウキに声をかけると、ヨウキはすぐに皇女のもとに行きエスコートのための腕を差し出した。
「では、行きましょうか。」
「はい。」
皇女は僅かに顔を曇らせながら差し出された腕に手を添えた。
恐らく、自分の働きに対して何の反応も示さないヨウキに不満を持ったのであろうが、ヨウキはそんな皇女を見て見ぬふりをしている。
何ごともなかったかのように歩き出す二人に、何事もなかったかのようにつき従い歩き出す三人の取り巻き令息たち、その後姿を1階から登ってきたチャナたちはやっととらえたところだった。
「ヨウキ様、見てください。」
ヨウキにエスコートされている皇女が校舎内の窓から見える中庭、他校舎を感慨深げに見渡している。
「この珍しい校舎の造形は私の祖父が考えた物なのです。」
「そうだね、知っているよ。
君のおじいさんが、王位継承者から外れていた当初、学生の頃に留学した数か国で学ばれた集大成だろう?」
「ええ、その通りです、さすがヨウキ様ですわ。
私の説明など不要ですわね。」
残念そうに眉を下げた皇女が、何かを思い出したようにヨウキの腕に添えていた手を離した。
「ヨウキ様、大変申し訳ございません。
私、学園長から転校生の案内をお願いされていたのでしたわ。」
後ろを振り返った皇女と同じようにヨウキも後ろを振り返ると、2階ホールをうろついているチャナの腕を掴んだスカーレットの姿が見えた。
「チャナ、うろついて何をしてるんだ、教室はこっちの廊下だ。
ほら、案内板があるだろう?
このホールは、各学年や専用教室の棟の廊下がたくさん繋がっているから、最初は必ず案内板を見た方がいい。」
ジョエルと別れて、ルイスとスカーレットにまた手を繋がれてここまで来たチャナだが、「自分で転ばずに歩けるから!」と、階段を登りきったところでその手を振り切ったにもかかわらず、広いホールであらぬ方向に行こうとするチャナをスカーレットがまた腕を掴んだところだった。
「あ、ホントだ。
デイジー様たちがこっちの廊下にいる。」
廊下を引き返してくる皇女を見つけて走り出そうとするチャナの肩をスカーレットががっしりと抑え込んだ。
「チャナさん、走ってはだめよ。
紳士淑女のたしなみを忘れてはいけないわ。」
ルイスがチャナを窘めると、スカーレットがチャナの肩からそっと手を離した。
「手の焼けるやつだな。
やっぱり手を引いてやるから、ほら。」
「それなら、私もですわ。」
スカーレットとルイスから目の前に手を差し出された手をチャナは必死で断った。
ルイスとスカーレットはかなり過保護で、手を繋いだ二人に、チャナが転ばないようにと一段一段を一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと進まされたのだ。
「もう、子どもじゃないですから、ちゃんと一人で歩いて行けます!
ここが広くて奇麗で、ちょっと見回っていただけです、迷子じゃありません。
案内板を見たらいいんですよね。
ほら、迷っていませんから大丈夫です。」
チャナの必死の断りに、しぶしぶ手を引っ込めたルイスとスカーレットだったが、戻ってきた皇女がその一部始終の様子を見て、珍しく表情を崩していた。
「ふふふ、ルイスとスカーレットはチャナさんとすっかり打ち解け合ったみたいね。
うらやましいわ。」
「デイジー様、とんでもないです。
私が、お世話になってばかりなだけです。」
慌てるチャナに近づくと、スカーレットがチャナの隣を皇女に譲って、自分は皇女の半歩後ろに下がった。
「案内すると言いながら、先に行ってしまってごめんなさいね。」
「いえ、このホールがとてもきれいでついウロウロして遅れた私が悪いんです。」
チャナの言葉に皇女の目が鋭く光ったかと思うと、チャナにピッタリとくっつき腕組みまでしてきた。
「デイジー様、えっと、どうされたんですか?」
皇女の思わぬ行動に驚きを隠せず、一歩引こうとしたが、皇女の手ががっちりとチャナの腕を捉えて離さなかった。
「そう、チャナさんはこの建物の造形が気に入られたのですね。
この珍しい校舎の造形は私の祖父が考えた物なのです。」
「えっ!そうなんですか?すごい、広くて奇麗で複雑なこんな建物を作るなんて、天才的です。」
ヨウキへの必勝法を考えるあまり、設定資料を深く読み込んでいないチャナの素直な言葉は皇女のテンションと好感度をあげた。
「教室に向かいながら説明させていただきますわ。」
チャナの手に自分の手を添えた皇女が、廊下をゆっくりと歩きながらチャナに意気揚々と語り出した。
「建築そのもののデザインや耐久性を学んでいた祖父が、新しい制度の学び舎として初めて作ったのがこの学校ですの。」
チャナの桃色の瞳が好奇心で揺れるたびに、皇女の満足感を満たしていった。




