第2話 処分命令
アティシアが王城の地下施設を訪れてから数日後。
アティシアは再び、王城の地下施設を訪れていた。
「また、No.017のところへ行かれるのですか?」
前回、案内してくれた研究員の男が、不思議そうに訪ねてくる。
「……ええ」
アティシアは短く答えた。
あの日から鉄格子の向こうで見た少女の姿が、頭から離れなかった。
名前もない。家族も知らない。
王国の兵器としか認識していない。
可哀想な少女。
地下へと続く階段を下り、少女がいるであろう鉄格子前へと向かう。
階段を下り、地下へと辿り着いたアティシアはひんやりとした空気を感じながら、鉄格子前へと歩みを進めた。
そして、少女がいる鉄格子前へと辿り着いたアティシアは鉄格子の中の壁側にいる少女に声をかける。
「……こんにちは」
アティシアが声をかけると壁にもたれて、静かに座っていた少女は顔を上げた。
「こんにちは」
少女から返事が返ってきたことに、アティシアは嬉しく思いながら、柔らかい笑みをこぼした。
「覚えていたのね、わたしのこと」
「はい、アティシア様ですよね?」
「ええ、そうよ」
少女が自分の名前を呼んでくれた。
たったそれだけのことなのに、アティシアの胸は何故か少しばかり暖かくなった。
「今日は何をしていたの?」
「待機していました。今も待機中です」
「そうなのね、ずっと?」
「はい、ずっとです」
「そう、暇じゃないの?」
「命令を待つことが私の任務です」
少女の命令と任務という言葉にアティシアは少しばかり顔を歪めた。
少女の元へと通い、会話をする中で彼女の口から出てくる言葉は、命令、任務、兵器という、いつも同じ言葉だった。
それでも、アティシアは少女のことを知るために少しずつ話しかけるようになった。
好きな食べ物はあるのか。
生まれてから今に至るまで外へ出たことはあるのか。
花を見たことはあるのか。
空を知っているのか。
そして、今日もアティシアは少女に話しかける。
「海を見たことはある?」
けれど、今日も少女の答えは決まっていた。
「わかりません」
そして、いつものように、少女の口からは「命令してください」と告げられてしまう。
「……私はあなたに命令したいわけじゃないの」
アティシアがそう言うと、少女は不思議そうに首を傾げた。
「では、何をすればいいのですか?」
「何もしなくていいわ」
「何もしなくていい? それは命令ですか?」
「……違うわ」
アティシアは困ったように笑った。
少女はそんなアティシアを見て、暫く考えたあと、静かに頷いた。
✴︎
少女がいる地下施設へ訪れるなり、そんな小さな会話を何度も重ねた。
ほんの少しずつ、本当にほんの少しずつだったが、少女の表情にも変化が見えるようになった。
そんなある日のことだった。
アティシアがいつものように地下施設へと訪れるなり、通路の奥から激しい金属音が響いた。
「アティシア様、本日はここまでに——」
焦りながらそう言った研究員の言葉を遮るように、施設内に警報音が鳴り響く。
「教えてください、何事ですか?」
アティシアの鋭い声に、目の前にある研究員の男は深刻な顔つきで口を開いた。
「……実験区画で問題が起きたようです。本来ならアティシア様を連れて行くべきではないのかもしれませんが、アティシア様、貴方は私が何を言っても迎われるでしょうから」
「ええ、よくわかっているじゃない」
「だから、案内します。行きましょう」
足早に歩き出した研究員の男の後を追うように、アティシアも歩き出した。
辿り着いた実験室の中央には、少女——No.017が立っていた。
その向かいには、もう一人の少女がいる。
同じような白い服に痩せた身体。
そして、少女と同じような番号が刻まれた首輪をつけていた。
「標的を確認。No.017、攻撃を開始しろ」
研究員の男が命令する声がその場に響き渡る。
しかし——
「……」
No.017は動かなかった。
攻撃を開始しないNo.017を見て、研究員の男は眉を顰める。
「聞こえなかったのか?」
もう一度、命令が飛ぶが、No.017は動かない。
ただ、目の前にいる少女を見つめていた。
「どうした? 何故、攻撃しないんだ!」
研究員の男は苛立った声を上げる。
No.017は震える自身の手を抑えながら、苛立つ研究員の男を見て首を横に振った。
「……嫌です」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
アティシアも目を見開き、驚きを隠さなかった。
「今……何と言った?」
「……嫌だと言いました。この個体を攻撃したくありません」
初めてNo.017が自分の意思を口にした。
研究員の男は顔を歪め、そんなNo.017を睨みつけた。
「兵器が命令を拒絶するな!」
「……」
「もう一度、命令する。攻撃しろ!」
だが、研究員の男が再度、命令してもNo.017は攻撃を始めることはなかった。
そんなNo.017を見ていた研究員の女性は冷たい声で言った。
「……不良個体だ」
その言葉を聞いた瞬間、アティシアの胸に嫌な予感が走った。
そして、その予感は当たることとなる。
✴︎
翌日。
アティシアがいつも通り、地下施設へと訪れた際、No.017の処分が決定したことを研究員から伝えられた。
アティシアは踵を返し、急いで王の執務室へと迎うために歩き出す。
いつもなら必ずする3回程のノックさえも忘れて、アティシアは執務室へと駆け込む。
「待ってください!」
机の前に座る父親であり、王でもあるラルドは顔を上げて、何やら焦っている娘を見た。
「どうした? アティシア」
「No.017の処分を撤回してください!」
「それはできない」
「どうしてですか?」
「命令に従わない兵器は、兵器として価値がないからだ」
確かに、命令に従順ではない兵器は価値がないのは理解できる。
だが、彼女は感情を持っていないロボットではない。
「でも、あの子は——」
「アティシア、兵器に情を移すな」
ラルドのその一言が、アティシアの胸を刺した。
「情ですか……?」
「あれは他国との戦争へと駆り出したり、王国を守るためのものだ。人間として扱う必要はない」
「違います。……あの子は人間です」
アティシアの声は震えていた。
人間である少女を兵器として扱う大人達。
誰もそれをおかしいと思わないこの国の異常さ。
色々なことに対しての怒りと悲しさが混ざり合って、おかしくなりそうだ。
「名前すら与えられていない。自分が何をしたいのかも知らない。それなのに、命令に背いたら殺すんですか?」
「王女が兵器ごときに口を出すことではない」
「私は王女だから言っているんじゃありません!」
初めてだった。
父に対して、こんなに声を上げたのは。
「私は……あの子死なせたくない」
静かな静寂が室内に落ちる。
ラルドは暫く、アティシアを見つめた。
そして、少しの沈黙の後、冷たく言い放つ。
「……彼女を救おうとするならば、お前は王家の人間ではない」
ラルドのその言葉にアティシアは唇を噛んだ。
それでも、目を逸らさなかった。
ここで目を逸らしては所詮、その程度の気持ちで言っているだけだと思われてしまうかもしれない。
「それでも構いません」
アティシアはそう言い残し、執務室の部屋を後にした。
部屋を出たアティシアは硬く拳を握りながら、心に強く誓った。必ず彼女を助けると。
名前のない。
命令されることしか知らない少女。
——このまま、死なせていいはずがない。
例え、父親でありこの国の王であるラルドに逆らうことになっても。
例え、王女という立場を失うことになっても。
あの少女を救う。
その為に自分が何を捨てることになったとしても。




