上 『孤立』
俺は昔から優秀だと言われてきた。
——なのに、どうしてこうなったんだろう。
小学生の頃は、周りの子たちよりも成績が良かった。
テストで満点を取るなんて珍しくもなかった。
周囲の大人たちは、俺のことを神童だと呼ぶようになった。
いつしか俺自身も、そんな言葉を信じ、疑うこともなくなった。
◇
中学校に入っても成績は変わらなかった。
いや、なおのこと周りとの差は開いていった。
初めは友人もたくさんいた。
俺も彼らを友達だと思っていたし、思われていた。
中学校の勉強も、俺にとっては難しいことではなかった。
昼休みになれば、誰かが机の横に来る。
「なあ、ここってどうやるんだ?」
「この問題教えて」
「答えあってるか見てくれ」
そんなやりとりは、日常のことだった。
頼られることは嫌いじゃなかった。
いや、むしろ嬉しかった。
だから、どんな問題でも答えてやる。
当時の俺は、本気でそう思っていた。
問題を教えれば感謝された。
おかげでテストの点が上がったと報告されることもあった。
それが嬉しかった。
でも──
一度頼られれば、いつしかそれが当たり前になってくる。
「なあ、ここどうやってやんの」
「これの解き方がわからないの」
「教えてくんね」
「答えみしてー」
「また、頼むな」
「これなんて読むの?」
「ここの解き方なんだっけ」
「ねえねえ——」
うるさい。
何度も聞かれた。何回も教えた。
教えてもらえることが当たり前で、考えようともしない。
こんな簡単なこと、自分で考えればいいだろ。
それくらいは、できるはずだ。
感情が溢れ出す。
「……なんでそんなのもできないんだよ」
「……え?」
「こんな簡単なことに、やり方も何もないだろ!」
教室が静まり返った。
溢れ出す感情を止めることが、自分でもできなくなっていた。
「え……」
友人の表情が固まる。
それでも俺は、止まれなかった。
「こんな簡単な問題でも一々一々、うるさいんだよ!」
言葉にした瞬間、しまったと思った。
頼られること自体は嫌じゃなかったんだ。
ただ、教えてもらうのが当たり前と思ってもらいたくなかった。
「そっか、ごめんね」
友人は、いつもの元気な声とは違う、とても沈んだ声でそう言った。
それから俺の周りから賑やかな声はもう、聞こえなくなった。
◇
学校に向かう。
授業を受ける。
家に帰る。
教室に入れば、クラスメイトたちの笑い声が聞こえてくる。
その輪に俺はいない。
かと言って、無視をされているわけでもない。
話しかければ返事はされるし、ペアワークなんかも普通にする。
ただ、前のように勉強を聞かれることは無くなった。
それだけのこと。
ただそれだけだが、なんだか心が満たない感覚が続いた。
いつからだろう、こんなにつまらない1日が、日常になったのは。
何度思っただろう、あの輪の中に自分も入れたらと。
何度胸が締め付けられただろう、笑い声が自分に向けられている気がして——
直接の暴力があったわけではない。
無き者として扱われているわけでも無い。
けれど、以前のような煩さはない。
確かに、鬱陶しいと思うこともあった。
でも、無くなっていいものではないと、今更気づいた。
ある日、教室の後ろから笑い声が聞こえた。
何気なく、顔を上げる。
すると、何人かの女子生徒と目が合った。
「まじやばくない〜?」
「やば〜」
思えばそれは、自分に向けられたものではなかったのかもしれない。
ただの、会話の中での言葉なのかもしれない。
でも、ちらりと向いていた視線は、俺の方を向いていた。
一度そんなことを言われてしまって、視界が真っ白になった。
その後の記憶は曖昧だった。
気づいた時には家の玄関にいた。
目の横には、乾いた涙の跡があった。
家は異様な静けさだ。
考えてみれば当たり前だ。
両親は仕事に出ているのだから。
ただ、静けさが自分を責めているように感じた。
無慈悲にも、時は平等に過ぎ去って行く。
母親にも心配された。
無理に学校に行く必要はないと。
でも、どんな言葉も、頭に入ることはなかった。
どんな言葉をかけられても、自分を責めているように感じた。
そして俺は、家から出れなくなった。




