表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界任侠王『異世界転生した任侠男、俺はただ弱ぇ者を助けて筋を通していただけなのに、なぜか王女も女騎士もエルフも魔族娘も惚れてきて、最強ハーレム一家を率いたまま王にまでなってしまった件』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/55

第53話 侯爵令嬢、社交界の毒を嗅ぎ分ける

 王都の上流社会は、笑顔のまま人を沈める。


 それを一番よく知っているのは、たぶんカティア・ローゼンフェルトだった。


 昼下がり。

 王都東貴族街の一角、薄桃色の石壁に囲まれた庭園付きの小広間で、女たちが優雅に茶を飲んでいた。


 香りの強すぎない茶葉。

 白磁の器。

 焼き菓子。

 やわらかな会話。

 いかにも上品な午後の茶会。


 けれど実際には、その場にいる誰も、ただ茶を楽しむためだけに集まってはいない。


「最近、王都の空気が落ち着きませんわね」


 最初にそう言い出したのは、地方伯爵家の未亡人だった。

 年は四十を越えているが、服も言葉も少しも乱れていない。

 “無害そうに見えて一番よく噂を運ぶタイプ”だと、カティアは最初の一言で判断した。


「ええ、本当に」

 別の婦人が扇を口元に当てる。

「王城でも色々あるようで」

「王城、というより……」

 そこで三人目が、少しだけ声を落とした。

「最近は、妙な方のお話をよく耳にしますわ」


 来た、とカティアは思った。


 黒髪の流れ者。

 王女の近くにいる男。

 獣人を連れて下町を歩く危険人物。

 社交界はいま、その話を口にしないではいられない。


 だが、誰も最初から名は出さない。

 まずは“妙な方”とか“噂の方”とか、そういう曖昧な言葉で探りを入れる。

 誰がどう反応するかを見るためだ。


 カティアは茶器を持つ指先ひとつ揺らさず、穏やかに微笑んだ。


「王都では、妙な方の噂など毎月ひとつは立ちますでしょう」

「まあ、カティア様ったら」

 未亡人が笑う。

「でも今回は、少し質が違う気がいたしますの」

「そうかしら」


 軽い返し。

 だが、そこで否定しきらないのが肝だ。

 強く否定すれば、“詳しいのね”と思われる。

 無関心すぎれば、“逆に不自然”と見られる。

 だから、少しだけ笑いながら受け流す。


「王女殿下のお近くに、得体の知れない殿方がいるとか」

「しかも下町出の流れ者だとか」

「獣人を従えているとも聞きましてよ」


 言葉の端が、いちいち悪意に磨かれている。


 カティアは内心で舌打ちした。

 従えている。

 その一言を混ぜるだけで、ミアとノアは“仲間”ではなく“怪しい付き従い”になる。

 上流の毒はそういう細部に宿る。


「噂ですもの」

 カティアはやわらかく言った。

「どこまで本当かは分かりませんわ」

「でも、王城に出入りしているのは事実だとか」

「ローゼンフェルト家は、何かご存じありませんの?」

「侯爵家ですもの、きっと色々と」


 ほら来た、とまた思う。


 これはただの雑談ではない。

 探りだ。

 ローゼンフェルト家がどちら側か。

 王女派に寄るのか、距離を取るのか。

 その感触を取りに来ている。


 カティアは笑みを崩さなかった。


「王城にお出入りする方など、王都には珍しくもありませんわ」

「ですが、王女殿下のお近くとなると――」

「王女殿下のことを、あまり茶会で軽々しく話題になさらない方がよろしいのでは?」


 そこで初めて、ほんの少しだけ刃を見せた。


 茶会の空気がわずかに止まる。


 きつい言葉ではない。

 だが、“あなた方は一線を越えかけていますわよ”という線引きには十分だった。


 未亡人が扇を閉じる。


「まあ……失礼いたしましたわ」

「いいえ。わたくしも少し言い過ぎました」

 カティアは即座に柔らかく戻す。

「ただ、王城のことは、やはり少し慎んだ方がよろしいかと思いまして」


 これで形は整う。


 咎めるだけでは敵を作る。

 すぐに引いて“気遣い”へ戻すことで、逆に自分の立場を高く保つ。


 その場の会話は、そこで一応別の話題へ移った。

 織物の話。

 夏前の舞踏会。

 新しく王都へ来た香木商。

 だが、もう十分だった。


 さっきのやり取りだけで分かる。


 噂の出どころは自然発生ではない。

 誰かが、どの言い回しで広げるかをもう設計している。


 茶会の後、庭へ出ると、カティアはようやく小さく息を吐いた。


「相変わらず、下品なやり方」


 すると、背後から別の声がした。


「でも効いているのでしょう?」


 振り向けば、細身の若い伯爵夫人が立っていた。

 茶会の間はほとんど口を開かなかった女だ。

 だからこそ、逆に記憶に残る。


「何がですの?」

 カティアはとぼける。


 伯爵夫人は、少しだけ口元を歪めた。


「王都の流れ者の話ですわ。皆、表では“ただの噂ですわね”と言いますけれど、内心ではもう気になって仕方ない」

「そうかしら」

「ええ。だって王女殿下が、あれほど公に近い形で動かれたのですもの。しかも、その傍らに黒髪の異物がいる」

「ずいぶんな表現ですこと」

「社交界はそういう場所でしょう?」


 この女はただの噂好きではない。

 言葉の角度を知っている。

 おそらく、自分も誰かの意向を運んでいる。


「どちらのご意向で、そのように?」

 カティアが静かに問う。


 伯爵夫人は一瞬だけ目を細めた。

 だが笑ったまま答える。


「意向だなんて。わたくしはただ、皆さまが不安に思っていることを代弁しているだけです」

「皆さま、ね」

「ええ。王都の安定は大切ですから」


 出た、とカティアは思った。


 王都の安定。

 秩序。

 王家の体面。

 上流が、人を黙らせたい時に使う便利な言葉。


「安定を乱しているのは、どちらでしょうね」

 カティアはわずかに笑う。

「さて、どちらでしょう」


 伯爵夫人はそう返して去った。


 十分だった。

 この女は間違いなく“運ぶ側”だ。

 噂そのものを作る人間ではない。

 だが、誰かが作った言葉を適切な茶会に適切な温度で落とす役。


 公爵派。

 王妃派の一部。

 あるいは、その両方の間を繋ぐ女か。


 カティアはその日のうちに、さらに二つの場へ顔を出した。


 一つは夜会の前の軽い寄付集会。

 もう一つは、音楽会後の立食の場。


 どちらも結果は同じだった。


 誰も龍真の名は最初に出さない。

 だが、少し会話を揺らせばすぐに出る。

 “王女殿下のお傍にいる方”

 “下町の方”

 “黒髪の危うい方”

 “異様に礼儀を知っている流れ者”


 しかも、そこへ必ず混ぜ込まれる言葉がある。


 危険。異物。不穏。


 公爵派は、龍真をただの敵ではなく、

 “王女の正しさを濁らせる存在”

 として見せたがっている。


 それは裏を返せば、王女セレスティア一人の動きだけなら、まだ“若い王女の暴走”で処理できる余地があったということだ。

 そこへ龍真という黒い異物が混ざることで、逆に王都の上流は“本気で何か崩されるかもしれない”と感じ始めている。


 噂は毒だ。

 だが毒は、効く場所があるから撒かれる。


 夜になって《三つ足カラス亭》へ戻ると、ミアが真っ先に飛んできた。


「どうだった!?」

「最悪だったわ」

「うわ、即答」

「でも収穫はある」


 部屋へ上がるなり、カティアは外套を脱ぎ、机へいくつかの名を走り書きした。


「まず、この三人」

 伯爵未亡人。若い伯爵夫人。教会寄進筋の中年婦人。

「噂を“運ぶ”側よ」

「作ってるんじゃなく?」

 ノアが聞く。

「作ってるのは別。たぶん公爵派の家令筋か、王妃派の事なかれ女官のどちらか」

「その違い、分かるのか」

 龍真が聞く。


 カティアは頷いた。


「分かる。公爵派はもっと露骨に“危険人物”って塗る。でも今日の茶会では、“王女殿下の体面が”“王城の空気が”って言い回しが多かった」

「王妃派寄りか」

 エレオノーラが言う。

「寄り、ね。少なくとも王妃派の言葉を借りてる」

「じゃあ、公爵派と王妃派の一部が、もう噂の上では手を組んでる」

 リリィが青い顔で言う。

「そこまでは断定しない。でも、“利害が重なる言い方”は揃い始めてる」


 それは十分、嫌な情報だった。


 ミアが頬を膨らませる。


「なんかもう、茶会っていうより毒会じゃん」

「上手いこと言うわね」

「褒めてる?」

「少しだけ」

「やった」


 だが、そこでカティアの表情が少し真面目に戻る。


「もう一つ分かったことがある」

「何だ」

 龍真が聞く。


 侯爵令嬢は、まっすぐ龍真を見た。


「王妃派の中にも、“公爵家はやりすぎている”と感じ始めた者がいる」

「……」

「表ではもちろん言わない。でも、“王女殿下が何を見てあそこまで動いたのか”を気にしてる」

「味方になるか」

 エレオノーラが問う。


「今すぐは無理。でも、揺れてる」

 カティアは言った。

「つまり、噂は完全に公爵派の一方勝ちではない。龍真が王女殿下の隣にいることを、“危険”ではなく“王女が本気だという証”として見始める人もいる」

「半々ってところか」

 ノアが言う。

「そう。だから、ここから先は社交界でも勝負になる」


 龍真は少しだけ鼻を鳴らした。


「面倒だな」

「ええ。すごく」

「で、お前はやれるのか」

「誰に言ってるの?」


 カティアの口元が、少しだけ戦う女の顔になる。


「侯爵令嬢を甘く見ないで」


 その言葉には、いつもの皮肉だけじゃなく、本気の自負があった。


 王都の上流社会。

 茶会、夜会、寄付会。

 そこに流れる柔らかな毒。

 それを嗅ぎ分け、どこから来て、誰へ届くのかを見抜くのは、剣よりよほど厄介だ。


 だがカティアは、その戦場で戦える女だった。


 そしてそれは、一家にとって初めての“王都上流での反撃の牙”でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ