円卓議会 2
女王は、背後に付き従う宰相に問う。
「それは本当なの?」
「はい。陛下。まごう事なき真実でございます。ビレッジ・フォレスティアに駐在中の斥候が目視したとの報告が入っています」
「原生生物の何かと見間違えた可能性も考慮できるのでなくて?」
「目視報告を受けたのは昨晩の五刻を過ぎた頃合いですが、報告元でもあるロライ小隊は遊林行偵部隊でも中々に信頼度の高い部隊との話も聞いております。他にも集落に居住する村民や林道を利用する職種の者達からも多数の目撃情報がある模様です」
「となると、中々に真実味が増してみたわね」
「本日は、バナン総大隊将公とゼナン騎兵大隊長補佐も参列しているので、そこで詳しい話は聞けば、と」
「ファラリスは顔を出さないのかしら?」
「殿下、いえ、騎兵大隊総大隊長閣下は本日、別件の公務の為、欠席されるそうです」
「中々に、姉想いの弟ね」
「メリアリア派閥の渦中にいながらも、陛下に心を砕く殿下の御心をお察しください」
「わかっているわ」
セインブルグ十五世は、軽く振り返ると麗しの相貌を軽く微笑ませた。正しく天女の微笑であった。
初老の男性は、その笑みに一つ頷いて答えた。ほりの深い相貌は、険しい圧力を人に与え、魔獣ですら勇敢に打ち倒す騎士ですら、彼に見つめられると腰を砕くと噂されていた。
付き従う男性。
名を、グランクという。本名は、グラング=エクニルプ=グランサー=グラニュール。この国の宰相である。
正確には、大関自治長と呼ばれ、国家運営に携わる政治組織の統括を行う部署における最高責任者であり、国家君主に最も近い人物でもあった。
専制君主であるセインブルグ王国において、君主の片腕とされる人物でもある。
限りなく銀髪に近い金髪を、まるで絵の具を塗りなおすかのように白髪に変色させた男性は中肉中背のしまった体躯で、女性としては平均的な身長の女王よりも頭一つは大きかった。
質の良い麻のコートとウエストコートに、ブリーチズという出で立ちであり、セインブルグ十五世はそれが、シャーレ区にある高級服飾店のオーダーメイドであると知っていた。
セインブルグ十五世は、天女の相貌にわずかな陰りを浮かべる。
「竜の目撃情報。私が即位してからは初めての事態ね。議会前に少し情報が知りたいわ。最後に討伐戦を行ったのは何年前?」
「領内で最後に行われた討伐戦は、アファート草原での一戦です。おおよそ十四年前の事例です。その際は、百人規模、一個中隊の制圧部隊が編成されたのを覚えております」
「もう少し、正確な情報が知りたいわ」
「騎兵一個中隊。百二十人編成。当時の精鋭が中心に招集されたそうです。全騎、火よけに魔法銀の装備をしていたと聞いております」
「ブレス対策ね。火よけ。ということはケルドゥン種かしら」
「おっしゃるとおりです。騎兵によるかく乱を主軸に、ダビデの魔導士部隊が攻性魔術を放つという戦術を採用したらしいです。騎兵は当時、最も名馬とされたサゼラン馬に騎乗。もちろんこれも、ブレス対策に魔法銀を装備。ダビデの魔道隊も編成されたのは十名程度でしたが、その全てがホド以上の位階であったらしいです。竜一体に一個中隊。定石ですな」
「ホドの位階以上で構成された魔道部隊ね。もしかしたら、ファラン小隊の話かしら」
「ご明察です」
魔術師には位階が存在する。
通常、ホドの位階に到達にするには一般的に五年以上の英才教育、ないしは魔道に携わる業務への同程度の期間における現場経験が必要とされていた。マルクト、イェソド、ホドの順で昇格していくのだが、ホドの位階が一般的に意味する所は魔術師としての大成である。他者への指導資格が与えられるのもこの頃で、ホドの位階に到達しているだけで無条件の信頼が得られる。
当時も今も、王立魔道軍ダビデに、ホドの位階以上の魔術師で構成された小隊はいくつか存在する。十余年前で、その条件に当てはまる部隊。セインブルグ十五世が真っ先に思い浮かべたのは、ファランという子爵の末弟が率いていた魔道部隊である。
とても優秀だったと聞く。
爵位を継げる立ち位置ではなかったから、せめて努力で見返そうとしたのだろうか。おそらく、騎士として功績を上げて士爵の位を狙ったのだろう。竜退治など、世評を得る良い機会である。印象にも残る。
そして、彼と彼が率いた優秀で勇敢な小隊の悲惨な末路も知っていた。セインブルグ十五世はその結末を知りながらも、あえて確認の意味も込めて背後に付き従う宰相に聞いた。
「結果は?」
「討伐には成功したそうです」
「成功、はしたのね」
「被害は甚大でしたがな」
宰相グランクはそこで軽く顔に陰りを浮かべた。彼と付き合いが長くなければ気付かない程度に。おそらく、今は天に召された若き大願を求む勇敢な若者に心の中で黙祷でも捧げているのであろう。
「すでにご存じの事でしょう。ファラン小隊は全滅。騎兵隊も損耗率は、八割を突破したようです。コーリアガイア神の下に召されたファランには申し訳ないが、大敗、といって良いでしょうな」
「過去の過ちを責めても何も生まれないわ。過剰の戦力と装備を投入したのに、なぜそこまでの損耗を生み出したのかが知りたい。魔法銀を装備していたのでしょう?ブレスには、効果がなかったのかしら」
「適切な効果は発揮されたらしいですがな。けれども、魔法銀が耐えられても、それに守られた騎兵や騎馬が、膨大な熱量に耐えられるというわけではありますまい。完全に、見通しが甘かったですな」
「足の速い騎兵でかく乱、竜種からの直接的な攻撃をいなしつつ、ダビデの攻性魔術で殲滅するのが手順だったはずでしょ?もとより、当時の騎兵隊だって竜種からの直接的な攻撃を防げるとは考えていなかったはずだけど」
「功を焦った当時の中隊指揮官が前線に出すぎ、戦端を開くと同時に戦死。指揮系統を失った所を各個撃破されたらしいです。よくある話ですな」
「ファランも浮かばれないわね」
セインブルグ十五世は天で眠るファランに哀悼の意を示した。おそらく、数分で戦場は混沌を極めた事であろう。護られなければ十全に戦えない魔術師が十倍以上の体躯を誇る竜種に無防備なまま、詠唱を続ける。それがどれほどに勇気と覚悟を必要とすることか、セインブルグ十五世にはわからない。
竜種に直接的な打撃を与えられるのはダビデの攻性魔術だけである。そして、竜種は殲滅された。つまり、ファラン小隊は最後まで逃げずに、勇敢に戦い抜いたのであろう。それほどに勇猛な青年だ。生きていたらきっと大成していただろうに。セインブルグ十五世は世の無常を感じずにはいられなかった。
だが、この話で最も肝なのは、ファランに同情する事でも勇猛な戦士達に黙祷を捧げる事でもない。
竜種という存在の持つ圧倒的な戦闘力。
たとえ指揮官が失われてしまったとしても、腐っても王国軍である。三流喜劇のようにあたふたと取り乱したりはしない。ダビデの魔術師も居た。盤石の布陣である。八割の損耗など、通常の魔獣殲滅戦ならば考えられない数字である。
それでも、それを覆してしまうほどに竜種の戦闘力というのは圧倒的なのであろう。人類との戦闘力比率は一対百とされている。それが比喩ではない事は、アファート草原での戦況結果が明確に物語っていた。
「なるほどね」
そこでセインブルグ十五世は緊張に息を詰まらせる。焦燥に胸も詰まった感覚を覚えた。ファランは愚かではない。おそらく、一歩采配を間違えれば、自分も同じ過ちを犯すであろうという確信を、セインブルグ十五世は感じずにはいられなかった。
「つまりは、伝承で謡われているように一筋縄ではいかない相手なのね」
セインブルグ十五世の言葉に、背後のグランクは沈黙を持って肯定した。
そこで、二人は目的地に到達した。




