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ルインシールサーガ 一章 竜と刀とブルーベリー  作者: 宮下しのぶ
第一話 円卓議会

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円卓議会 1

 

 アークガイアは蒼天だった。

 一切の雲がなく、天の頂に究極の造形物として君臨する無比に眩き太陽の光に煌煌と照らされ、青々とした空が広がっていた。まるでセインブルグ王国の繁栄を祝福しているかの如く。

 風もとても清々しかった。

 時節はノーゼス・シュテーム。シュティアの時節と呼ばれることもある。春夏秋冬とがはっきりと感じ取れるほどに季節の移り変わりが鮮やかなセインブルグ王国において『春』と称される時節であり、風は暖かでありながらも心地よく、花々は咲き乱れ、新緑が徐々に色付いている頃合いでもあった。

 セインブルグにおいても万人が何かの始まりを予見する時節であり、これから徐々に熱を帯びてくる世界に心震わせる時期でもあった。

 それは、巨大な人口三百万人都市、セインブルグ王国首都アークガイアの中心に聳え立つ首都の巨大な象徴、セインブルグ城、グラン・ゼ・アートにおいてもそうであった。

 堅牢な城壁に囲まれた幽玄な城。王都を見下ろす絢爛たる楼閣。それがグラン・ゼ・アートを目撃した者達の抱く第一の印象であろう。

 大きい。とにかく大きい。天高く貫くバベルの塔、というのは大げさな言い方だが、その頂点に存在する見晴らし台から巨大な都市の先にある平原まで見通すことができると知れば、それがどれだけの質量を誇るのかという片鱗を僅かに知ることができるだろう。

 王都の中心でホルスのように万象見下ろす壮大なる城。当然ながらそこは、伽藍の洞では決して無く、王侯貴族と騎士、そしてそれに付き従う従者を中心に様々な人々が千差万別、万華鏡の様な色合いの人生模様を映し出していた。

 舞台はその一角に移る。

 瑠璃の天廊と呼ばれている。

 その名の通り、本殿から円卓院に繋がる廊下の一つである。グラン・ゼ・アートに複数存在する道の一つであり、名の通りに瑠璃の意匠が各所に施されているのが特徴である。

 回廊は大理石造りであり、美麗である反面、採掘が限られている希少な石を惜しげなく建築材として使用しているところに気品と尊さを感じる。

 その気品あふれる廊下を優雅に、そして厳かに歩くのは、それにふさわしい身なりをした一人の少女と、それに付き従う初老の男性であった。

 足音が木霊する。

 大理石の床に木霊する。

 コツコツと、小気味良く木霊する。

 煌びやかな大理石。

 踏みしめるは、女神の現身。

 神々しくも、気高き聖女のごとき御姿。

 美しい。

 美しいという言葉すら色褪せる。

 至高の皇玉。

 無二の玉石。

 麗しき銀髪。

 樹氷の白銀がごとく眩き銀髪。

 長き銀髪。

 腰ほどまで、長き銀髪。

 眩き銀髪。

 そして瞳。

 切れ長の瞳。

 強い意志を感じさせる瞳。

 透き通った琥珀の瞳。

 純金の瞳。

 深い、深い、見通す瞳。

 魅了の魔眼ではないかとも噂される瞳。

 硝子の様な肌。

 金剛石の様な肌。

 真珠の様な肌。

 細身。

 麗しの最身。

 美麗の最身。

 高名な芸術家が生み出した彫刻が如く。

 高名な職人の作り出しだ飴細工が如く。

 自然の生み出した奇跡。

 神の造形と表される事がある。

 神の寵愛を受けし御方とも謡われる。

 シルクドレスを身に纏っている。

 瑠璃のような青のシルクドレスである。

 シルクは高価である。

 セインブルグにおいて、シルクの生産は一切行われていない。セインブルグが存在するガリア大陸においても、生産できる環境は皆無である。セインブルグに流通するシルクは全て、海外からの輸入品に頼っている。出航した船が無事に対岸にたどり着ける保証のない時代、命がけで航海は行われる。だからこそ、シルクは、高価な代物である。一反、衣服一着分が白金貨三枚に相当する。平民は白金貨三枚あれば一年は遊んで暮らせるといわれている。

 瑠璃のようなシルクドレスに映えるブルーサファイアのネックレスも着用している。このブルーサファイアは、リムサスクサファイアと呼ばれておりルダーバ渓谷と呼ばれる場所でごく少数、採取する事ができる。五カラット程度のサファイアで、値段はシルクの三倍以上であった。

 ブルーサファイアの高価なネックレスは、紋章の意匠を象っていた。杖と盃を携えた神を象徴する紋章であった。セインブルグ王国の守護神である大地神コーリアガイアの御姿を象徴する紋章であった。そして、この国において知らぬ者のいない紋章だった。

 王家の紋章。

 セインブルグの王族以外が身に着けることは断じて許されない。もし王家に連なる者以外がこれを身に纏う狼藉を犯したのならば、不敬としてその場で断罪、処刑される可能性さえすら考慮できるほどに神聖で不可侵な紋章であった。

 そういった代物であった。

 白銀よりも眩い銀髪と、真珠よりも白い肌を持つ宝石より美しい少女は、金貨よりも高価なシルクのドレスと、セインブルグ王家の紋章を象ったブルーサファイアのネックレスを身に纏っていた。

 身に纏うことを許されていた。

 高貴な御方に対して、すれ違う侍女や兵士、あるいは貴族達は、こぞって敬礼をする。その所作には、彼女に対する明確な敬意と畏怖が含まれていた。

 身分問わず。

 彼女に敬礼を行う。

 是非なく、疑念すらなく、敬礼する。

 齢二十を超えていない小娘に対して。

 それどころか、少女はつい最近、十六歳を迎えたばかりである。数え歳ならば十七年目なのだろうか。成人の儀が満十五歳で行われるセインブルグにおいても当然のように若年として扱われる年代である。

 年若い。

 少女といっても良い。

 だが、城内の誰もが彼女に傅く。

 身分、問わず。

 性別、問わず。

 年齢、問わず。

 老いた侍女長も。

 それに付き従う若き新人の侍女も。

 若々しい屈強な兵士達も。

 老獪そうな貴族達も。

 彼女の背後に付き従う初老の男性は、この国における宰相の身分に近しい。いわば大国の政治の中枢にいる人物である。王家の親族にあたる血統であり、公爵ですら敬意を失する事は許されない。

 そのような身分と血統を与えられた彼ですら、目の前の齢十五、六の少女に対して礼を崩す事は決して無かった。

 もしこのセインブルグ王国に、彼女を傅かせる者が存在するのならば、それこそ大国の守護神、豊穣の大母神と万人に謳われ、信仰の象徴とされる地神コーリアガイアしかいないのだろう。

 それほどの人物である。

 ギュースの称号を持っている。

 ギュースの称号は、この国で爵名と呼ばれる者の一種である。爵名とは、自らの身分を示す称号の一種であり、この爵名においてその者がどれほどの爵位を持つか知らしめることができる。

 一般に倣って公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順に爵位は並び、爵位を持つ者は爵名を名乗ることを許される。伯爵位以下は状況如何によって無制限に、比較的緩やかに爵位の下賜が許されるが、侯爵位以上は数が制限されており、公爵位は六、侯爵位は十二しか爵位は存在しない。

 爵名を騙る事はセインブルグ王国において重罪の一種であり、爵名偽証罪にあたる。軽度では手足の粉砕、眼球等の器官を潰したのちに放免、重度は一族断首、のちに三日から一週間のさらし首になる。

 ギュースは、少々特殊な爵名であり、厳密には下賜されるわけではないので爵名ですらないのだが爵名と同じように扱われるのが通例であった。

 ギュースの爵名は、現政権におけるセインブルグ王国の専制君主、つまりは国王のみが名乗る事を許されている。王位を継承した者に対して前国王から与えられる、この国で最も崇高な身分の証明である。

 王以外が、ギュースを名乗る事は許されない。それこそ、我らが崇め奉る偉大なる大母、コーリアガイア聖神に心より誓って。

 彼女は神と、このガリア大陸において最も広大とされるセインブルグ王国に住まう全ての国民に、ギュースの称号を名乗ることを認められている。

 正しく彼女こそ、この国の女王であった。

 この国で、神に次いで気高く、冒しがたく、貴き御方は、広大なセインブルグ王国を継し十五代目の国家君主と認められ、セインブルグ十五世と名乗っていた。


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