59 レムの秘密7
沙耶様が困ってます。
でもでも私は、戻りたい。マスターの心にぽっかりと空いた大きな穴には、きっと私がすっぽりと綺麗に入ります。
最近は、見ていませんが、沙耶ハウスに住む前の辛そうなマスターのお顔を思い出すといてもたってもいられないのです。くぅーん。
「レムさんの気持ちは分かった。でもミラは?ミラの気持ちは?どうせなにか隠してるんでしょ、きちんと言葉にして」
沙耶様が、マスターのほっぺたを両手の手のひらでぴとっ挟みます。
マスターの瞳が不安そうに揺れました。なにか言って無いことがあったんですか?そうなんですね、マスター。
「うん。・・・・・レムにあげた欠片を戻すと、イヌが消えちゃう」
「えっ・・」
私の中のイヌが消える?私がレムとして生まれてから片時も離れなかった存在。ひとりぼっちのマスターをぺろぺろしながら、励ましつづけてきた存在。マスターが耐えられないような顔をしました。死ぬほど痛い魔道具で自分を傷つけた理由はこれだったんですか。
「よく話せたね、偉いよミラ」
「沙耶ちゃんっ」
沙耶様にぐりぐりと頭を擦り付けるマスターを見て、答えが出せなくなってしまいました。どうするのが正解なのでしょうか?
救いを求めて沙耶様を見つめます。
教えてください。
沙耶様の語りを待ちます。
「ミラ、レムさん。人ってね。複雑な生き物なの。付き合う人に影響されて簡単に変わってしまうし、でも本質はずっと変わらなかったり。失敗したと思う選択でも、それが後になると正しかったり」
何を言われてるのか分からなくて、マスターと私は沙耶様を見つめます。
「だから、考えても答えなんて出ないよ。でもね。これは貴女達だけの問題なのかな?貴女達は一つとても大事な事を見落としてるよ」
沙耶様は悪戯っ子のように笑って指摘しました。
なんでしょう?
なにか見落としが?マスターと目が合いました。
マスターの顔にも、疑問が浮かんでます。
2人して沙耶様のお顔を見ます。
もしかして家族の問題?
沙耶様のお気持ちでしょうか?
マスターが私の想いを代弁しました。
「沙耶ちゃんの気持ち?」
「ブブー、外れ」
沙耶様の人差し指が、マスターのぷるっぷるの唇をつんと押しました。
「正解はぁ」
マスターから離れた指先がどんどんと私に私に向いてゆっくりと迫ってきます。。
え?私?
でもすでに私の気持ちは言ってますし?
「ここよ」
私でした?
沙耶様は、形のよい唇を動かしました。
紡がれる答え。
「ここにもう一匹いるでしょ! イヌに聞いてみなさい。あの雑な名前をつけられた大型犬に。いつの間にか散歩に言って帰ってこなくなったあの犬に」
「沙耶ちゃん、今まで嘘ついててごめん」
あっ
そうでした・・・・ずっと近くにいたから近すぎて見えませんでした。
「いいよ。寿命なのは知ってた。まさか、こんなに近くに居たなんて予想外だったけど。ねえ、ミラ。久しぶりにイヌに会いたいな」
「うんっ。沙耶ちゃん。 ミラも会いたい レム手伝って」
「はい。マスター」
私達は2人で一人です。
2人が力を合わせると、難しい魔道具の改良も、あっという間に済みました。
「沙耶ちゃん、出来た!」
「えーと、これは?」
フレッシュゴーレム製造機(改)
「レム、入って」
「はい。マスター」
するりと衣服を脱ぎ裸になってケースに入り、液体の注入が始まると沙耶様がケースをバンバンと泣きそうな顔で叩きました。
「え?ちょっと待って!レムさんが消えちゃうのは嫌だよ?」
マスターは相変わらず説明不足です。
きょとんとするものの、そのまま操作を再開。
「大丈夫だよ。沙耶ちゃん」
「え??だから、どうなるの?」
ピピッと開始音が鳴り
えええ?説明しないんですか?沙耶様が不安そうな顔色してますよ、マスターーー。
ぶくぶくと、泡をたてて身体が変質していきます。犬耳ともふもふ尻尾がぴょこんと生えました。外見の変化はこれだけ。
レム獣人Ver
わうっ!
排水開始、完了。
ついでに、新機能を追加実装したため、目をきゅっと閉じます。
シャンプー噴射、回転式温水シャワーで洗浄。
注水開始、完了、回転渦。
排水開始、完了。
最後に、ぶおおおっと温風で拭き上げます。気持ちいいです。
ケースが開き、新生レム獣人Ver誕生。
「わうっ!」
「うへへ、イヌのもふもふ久しぶりだ」
あぁ、マスターが私の尻尾に抱きついて幸せそうに顔を埋められてます。
幸せーーー。
新しい扉が開きました。
ふんふんという鼻息がくすぐったいです。私の身体でマスターを癒やしてあげられるのが、こんなに幸せだなんて。
「もう、レム じっとして」
興奮して尻尾を動かしたら、マスターに怒られたました。でも必死にしがみつくマスターが愛おしくて、ふりふりしてしまいます。
沙耶様が吃驚した顔で見てきます。
そのお顔を見てると、たまらなくうずうずしてきました。
私の中のイヌが沙耶様を求めています。
駄目です。
もう、我慢出来ませんッ。
「沙耶様」
「え??なに、何なのレムさん?近いよ??ひゃうっ」
無防備な沙耶様のお顔に近付いてほっぺを、ペロペロしちゃいました。
ごめんなさい。
本能が押さえられなくて。
美味しい。
「イヌの真似です」
「うにゃー。レムさん????」
顔を真っ赤にして、ほっぺたを押さえながら潤んだ瞳で、非難の目線で見てくる沙耶様がお可愛い。
何か、思ったのと違う反応でしたが、これはこれで素晴らしい。
やめてってばレムさんっと、爽やかに満更でも無い拒否をされると思っていたのですが、何が変わったのでしょう??
「もぅ、レム? 沙耶ちゃんの様子が変なんだけど、沙耶ちゃんに何かしたの?」
あれ?マスターが私の尻尾を手放されました。そ、そんなぁ。
「つい。目覚めた本能に負けて、沙耶様のお顔をペロペロしてしまいまして」
「はあ! 何やってんの!」
「そうだよぅ・・・レムさん」
小さな腕を大きく振って怒るマスターに、恥ずかしそうな沙耶様。
「申し訳ありません」
「狡いっ 何かよく分からないけど、ミラもする!」
「ちょっと、ミラやめなさい」
マスターが頑張ってますが、身長が足りないようです。
頑張れ!マスター。
一生懸命な姿、格好良いですよ。
嗚呼、駄目です。
一生懸命なマスターを見ていたらさっきより強い衝動が。
仲間外れは嫌ですよね?
だから、きっと喜んでくれるはず。
マ、マスター。
どんどんと無防備なお顔に吸い寄せられていきます。
マスターのお顔が私の方へ向きました。
こ、これは?
むにっ
マスターのぷにぷにした小さなお手手で、私の口元をガードされました。
そ、そんなぁ。
「レム? 邪魔しないで」
「くぅーん」
ミッション失敗です。
「ただいまー。皆さんお早いですねー。聞いてくださいよぅ、今日ですね」
ノノンさんが家に帰ってきました。足音が近付いてきて、私達の部屋まで来ると動きが止まりました。
「え??皆、何やってんですか?」
「何だろう?」
「沙耶ちゃん、しゃがんで!」
「何でしたっけ?」
あれ?ノノンさんの視線を感じます。
「あれ? レ、レムさん。尻尾がそれにお耳も?」
この尻尾が気になるのでしょうか?
返事のついでに尻尾をふりふり動かしてみました。
「あっ、はい」
「動いた? ええええ、レムさんって獣人だったですか!?知りませんでしたよぉ」
そうですね。
この姿をお見せするのは初めてです。
実はつい先程、獣人になりました。
わうっ!
【次回予告】
ノノンは料理を貪る