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46 試し切り


 メイドのレムです。

 今回は、視点担当?らしいので少し緊張しています。半人前の私に上手く勤まるかしら。


 凛々しい沙耶様の後を追いかけるマスターが、とても格好良い。なんだか、とても幸せそう。一文字家に招かれてからというものマスターの悲しい顔を見なくなりました。そろそろ私のお役目も終わりでしょうか?・・・・早くマスターと一つになりたい。

 沙耶様の後をマスターが追いかけ、その小さな背中を私が追いかける。


 私こと、レムはマスターの理想を体現しているそうです。

 沙耶様のように凛々しく、背も大きく、胸も大きくなった未来のマスターが私です。やりすぎてしまったぜ。なんて言われたのが気になりますが。

 考え事をしていたら、どうやら目的地に着いたようです。

 

 3Fの練習部屋の一つ。騎士装備のフルプレートを着込んだ学生たち24名と指導員が1名が、私達を見ています。どうやら、沙耶様はこの部屋で他流試合をご所望のようです。


「たのもーっ 一文字沙耶ですっ!練習試合に参りました!」

「たのもーっ 一文字ミラですっ。沙耶ちゃんの見学です」

「一文字レムです」

「生徒諸君、今日は美しいお客さま達が来られた。一文字さんの一族だ。本来、重鎧を着ていない人は受け入れていないが、特別に見学参加を許可したい。皆もそれでいいかね?」

「「はいっ!」」


 なんだか学生の少年達は、皆一様に幸せそうです。「良い所を見せるぞー」なんて声がちらちらと聞こえてきて、着込んだ全身鎧がガチャガチャと鎧が音を立てます。


「ありがとうございます」

「うむ。まずは練習風景を見ていってくれたまえ。一文字さん」


 あれ?一瞬だけですが、穏やかな表情の指導員さんの顔が、憎悪に染まったような気がしたのですが私の気のせいでしょうか。。。

 それにしても全身鎧といいますか、なぜ、あんな大きな音を立てる動きにくそうな服を着ているのか分かりませんが。も、もしかして・・・・・そういうのが流行っているのでしょうか?ファッションに自信が無いので分かりません。サイズ感が合ってる事は分かるのですが。

 沙耶様にお聞きしようかと思いましたが、指導員さんと話し込まれているみたいですので、やめました。


「皆さん、随分と重そうな鎧を着られていますが?」

「くくく、気になりますか。なんと重量は30kgもあります」

「そんなに!?」

「鍛えさせてありますからな問題はありません。ところで、一文字さん。練習試合をご希望されていましたが、見たところお侍さんが持っているはずの脇差をお忘れのようですが?それは、お兄さんの真似ですか?」

「えへへ。はいっ一文字家に弐の太刀はありません」

「はぁーっ。フルプレートを舐めてもらっては困ります。失礼ながらフルプレートの戦いを見たことはありますか?」

「お恥ずかしながらありません。兄からは斬りにくかったと聞かされていたので、真っ先に、こちらにお邪魔させて頂きました」

「そうでしたか!いいでしょう。今から、一文字さんが持ってくるのを忘れた脇差が必要な理由をお見せしましょう。おいっ、一旦休憩。お客さん達に練習試合を見せてやれ!そうだな、そこのロングソードを持った二人でやってみろ」


 呼ばれて出てきたのは、なんだか実力差のありそうな二人。一人はバテているのか重そうにロングソードを持っておられました。


「格好良いところをみせてやるぜ!」

「はぁはぁ。くそぉ、俺だって今日は本気を出すからな!」


『ファイト!』


 見習い騎士D VS 見習い騎士J

 模擬戦が始まりました。

 剣戟が響きましたが、それは少しの間だけでした。


「なっ・・・剣を捨てた?」

「おぉ〜っ、びっくり沙耶ちゃんだ! レム レム カメラ貸して」

「はい。マスター」

「くくく、やはり驚かれましたか。そうです、頑丈な全身鎧の前では、刃物での切り攻撃が意味を成さないのです」


 マスターにカメラを渡すとふんふん興奮されてました。なんと勇ましい。

 騎士の二人はロングソードを捨てて、なぜか取っ組み合いへと移行しました。もみくちゃになりながらゴロゴロと転がり出します。


「う、美しくない」

「くくく、一文字沙耶さん。これが実践です。魅せるための剣と、殺すための剣の違いでしょうか。長剣はフルプレートの防御力の前に屈したのです」


 一人がナイフを抜き、押し倒した相手の鎧の隙間に刺し込んだナイフで、首を強引に掻き切ると断末魔と共に対戦者が消えていきました。そして、立ち上がってガッツポーズ!!勝者見習い騎士D。


「勝ったどぉぉぉ!! 先程の勇姿を見て頂けましたか、一文字さんっ」


 マスクをガチャンと開けると、中から晴れ晴れした少年の素顔が除き、こちらを見てアピールをしてきました。沙耶様を見ると、げんなりしています。

 え?もしかして沙耶様を見ていない。なんだか私の方に視線を感じるのですが、この少年騎士はもしかして私を見てるのでしょうか?練習試合者の見学者の付き添いで来た私なんかを?

 どうしましょう・・どうしたらいいんですか、マスター?

 このケースは、ええと。マニュアルに載っていません。マニュアルに載って無いことは出来ません。

 あぁ、困ってマスターを見ると、何やら、ぶつぶつと呟いておられます。

 もしかすると、私へ何か指令を出されてるのかも!?頼りになりますっ。ありがとうございます、マスター。

 指向性聴覚をマスターへと調整。

 雑音が消えてクリアになりました。

 これで、どんな小声でもマスキングを消して聞き取る事が出来ます。

 無駄に高性能なんですよ、私。

 メイドですからっ。

 なになに・・「うへへ。げんなり沙耶ちゃんもゲット」ですか。

 いや、良いんですよ。マスターの幸せが一番ですから。

 お幸せそうでなによりです。

 それはさておき、困りました。

 そう、あれです!困った時はいつものように。

 いつものように聞こえないフリを、しました。

 申し訳ありません。見知らぬ方。



「ご指導ありがとうございました。普通はあのような戦い方になるのですね。しかし、一文字に弐の太刀はありません」


 沙耶様が、少年の悲しい空気を断ち切るように立ち上がってくれました。

 ありがとうございます。

 やはり、沙耶様は私の救世主です。


「くくく、貴女もまた伝説のお兄様のようにフルプレートを斬ると?」 

「ええ、斬りたいと思っています」


 パシャパシャと光る。マスターによるカメラの発光を浴びながら、沙耶様は決戦の場へと足を進めました。


「くく、良いでしょう。お兄さんから受けた屈辱を晴らさせて頂きましょう。私の育てた栄光の騎士団見習いで、貴女の傲慢を教育してあげましょう。まずは、小手調べです。連戦しなさい。そして体験すると良いでしょう」


 盛り上がる指導員さんとは対照的に指名された騎士の少年は不満げです。


「え?先生!・・・彼女は、防具をつけないんですか?武器もロングソードだけしか持っていないようですが?こんなのに、負ける理由がありませんが!」

「私の事は、心配しなくて結構です。ねえ、お坊っちゃん」


 沙耶さんに煽られて騎士の人は、びっくりした顔をして、さらに不愉快な顔になると、鉄兜のフェイスガードをガチャンと下ろして臨戦態勢に入りました。


「ははっ、苛つくなお前。でも僕は騎士を目指しているから、なるべく楽に殺してやるよ、お嬢ちゃん」

「騎士道精神ですか。いいですね、私もそれ見習わせてもらいましょう」


『ファイト!』


 沙耶 VS 見習い騎士D 

 

 妖艶に笑い舌なめずりをした沙耶様が、まずは動きました。

 風のように。

 大きいモーションで大太刀を振り抜き、頭へと命中っ!

 バカンッと音を立てて、兜が砕け散りました。


 兜割り!


『勝者、一文字沙耶!』


 まさに一撃必殺。

 

「沙耶ちゃん格好良い!」

「素晴らしかったですね、マスター。秒殺でしたよ」

「「か、兜が。鉄の兜が砕けたぞ!!」」


 素晴らしいです。マスターのキラキラした笑顔を引き出した剣筋が見事としか言いようがありません。

 己の信じていた物が砕け散ったせいか、生徒の間に、ざわざわと動揺が広がりましたが、そこへ狂ったような笑い声が響きました。指導員さんの目が血走っていますが、どうされたのでしょうか?


「はははっはーはっはっ!! くくく、まさか。まさか。末っ子ですら、鉄の板を割ってくるとは!美しい顔をしていても、悪魔の一文字の一族という事か。しかし、あの兄達の屈辱から、私は対策を立てた。後悔させてやろう、一文字。見せてやれ、アーバン」


 呼ばれて出てきたのは、一際輝く鎧の青年でした。

 一人だけ風格が違います。


「貴殿への恨みは無いが、お相手させて頂きましょう。騎士団長が息子アーバン」

「胸をお借りします。一文字家が長女、沙耶」


 そして品格も違いました。沙耶様も自然と丁寧な対応をされます。


「うへへ。沙耶ちゃん格好良いなあ。でも、あんな人よりミラに頼ればいいのに。それにミラは女だから、もっと。あっ・・・」

「大丈夫です。これから育ちますから、マスター。マスターは、大器晩成型ですからッ」


 沙耶 VS 騎士アーバン


『ファイト!』


 先手を取ったのは、騎士!

 意外にも速い。

 型通りの動きなら、鎧の動きを阻害しないのか、この人の鎧の擦れる音は他の人と比べてとても小さいです。


「速いですね。驚きました」

「一文字家に褒めて頂けるとは光栄です」


 沙耶様の逃げ遅れた長い黒髪が僅かに切れて、空へと散りました。


 妖艶に笑い舌なめずりをした沙耶様が、反撃開始っ。

 風のように。

 大きいモーションで大太刀を振り抜き、頭へと命中っ!

 ギィィンと音を立てるものの、兜から火花が出ると刀が鎧の上を滑っていきます。


「・・・なっ!?」

「ふふ、2度も驚いて頂き光栄至極」

「これがっ、これこそがっ!一文字対策、パリィ!インパクトの瞬間に身をよじる事により、盾のように斬撃を弾いて受ける。くくく、一文字っ破れたり」


 沙耶様は、雑音に耳を閉ざして深く呼吸。


「これなら、どう?」


 身体がブレた。

 そんな残像が残る程に速い。


 秘技『燕返し』

 秘技『武者震い』


「ふっ、対策済よ」


 不敵に笑った騎士の身体が、ブレると火花だけが鎧を疾走りました。


「くくく、これがっ、これこそがっ!私が授けし、一文字への秘策。常に震える事により、パリィ成功率が驚異の80%。驚いたようだな?はーはっはっ」


 愕然とする沙耶様。


「え?・・・何その気持ち悪い技」

「ぐおっ、やはりそうか。これを覚えるの大変だったのだが」

「なっ、何を言うか!」


 思わぬ精神ダメージを与えたのか、騎士の人の動きが止まりました。

 これは、チャンス?


「沙耶ちゃん、ナイス!」

「ええ、素晴らしい口撃でした。汗臭いんだよと付け加えると良いかもしれません」


 私達の声援に、沙耶様が、わたわたしだしました。


「ちょっと黙って!ご、ごめん。驚いただけだから、今のナシ」

「いえ、良いんですよ。飾らない貴女の言葉が好きです。しかし、私は悪魔に魂を売ってしまったようです」

「そうだ、それでいい。アーバン」


 沙耶様の顔が悲痛に歪む。


「そんなっ!?考え直してッ」

「勝利のために泥をすする覚悟があります・・すまない」

「くくく、一文字よ。終わりだ!」


 秘技『武者震い』魔装


 格好良さより勝利を選んだ騎士は、沙耶様の願いを無視してぶるぶると震えだしました。

 そして、震えながら襲いかかってきます。


「いぐぞ、イヂモヂザヤ! ガグゴゴゴゴ」


 ブルブルブル・・・・



【次回予告】


 痛みを感じない女

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