28 反撃の沙耶
「楽しーねー♪沙耶ちゃん」
さっそく新しい服に着替えたミラと、メイド服に戻ったレムさんと、街を練り歩く。
くぅ・・・。
とミラのお腹が鳴った。
1軒の店先から、お肉の焼ける煙の匂いが漂い、暴力的に食欲を刺激してきたからだ。
「今日は、焼肉にしよっか?」
「賛成ーー」
腕をブンブン振るミラと入店。
店の中は混み合っていた。
焼肉の繁盛店はハズレが無い。
楽しそうにガツガツ食う客の中、白飯だけを食べてるテーブルがある。負のオーラが漂うメガネの女のテーブルは、綺麗でご飯以外は何もない。
「あれ?ノノン。ダイエット中?」
「沙耶さんんん。聞いてください!運送ギルドの糞デブが、賠償金を吹っ掛けてきて」
思わぬ知り合いに、声を掛けたら泣きつかれた。どうやら、内弁慶のノノンは、法外な賠償金を吹っ掛けられて泣き寝入りして、ド貧乏な生活に逆戻りしたらしい。
「昨日は野宿だったんですううう」
「ご愁傷さま。それで、何してるの?」
「お肉の香りでエア焼肉ですが?」
「・・・うわあ」
ドン引きだよ。
本当に何してるの?
他の席が空くのを待つのもアレだったので、相席して注文する。
「オーク肉のトロトロセットと、魔牛のカルビ、一角ウサギのタタキに、新鮮サラダ、マンドラゴラのキムチ、ご飯と、ポーションドリンクをお願いします!」
「承りました!いやー、お仲間の人は、ご飯だけ注文されてたんで何事かと思いました」
「ふふふ」
だよねー。
店員さんもそう思うよね。私達が来なかったら、きっと彼女はご飯だけだったよ。断じて仲間では無いけど。
焼肉が運ばれてきたら、よだれを垂らしながら、じいっと見つめるメガネ。待てをされた子犬のようだ。
「良いよ、奢ってあげるから食べなさい」
「ありがとう沙耶さん。ママは嬉しいですううう」
うーん。
いつものノノンが帰ってきた。
良かったのかな?
「沙耶ちゃん、このお肉が美味しいよ!ほら早くレム焼いて。沙耶ちゃんに渡してあげて」
「ありがとうー、ミラ。可愛いんだから」
「えへへ」
お腹いっぱいになり、心が満たされる。
お肉の香りが幸せ。
だけど、仕事が増えた。
「沙耶さん、ありがとう御座いました。これで1週間ぐらい生きていけそうです!!」
夏のセミかな?
4人の中で、一番多く食べて艶々とした顔に戻ったメガネが頭を下げてきた。
「違うでしょ、ノノン。今から運送ギルドに行くよ?」
「糞デブ怖いですううう」
嫌がるノノンを引きずりながら、運送ギルドへ殴り込み。一文字の看板に泥を塗ってくれたのは許せない。
可愛い事務員さんがお出迎えしてくれる。
「いらっしゃいませーー、ご依頼ですか?」
「いいえ、今日は、お話しがあって、来ました。糞デブを出しなさい」
ノノンから聞いた悪口をそのまま伝えると、ノノンが、ひぃと縮む。
事務員は、はて?といったポーカーフェイスだ。
「糞デブ?当店にそのような者はおりませんが?あの・・どちら様ですか?」
「私は、一文字斬鉄が娘。一文字沙耶です!落とし前をつけにきました」
金看板を叩きつけると、ポーカーフェイスが剥がれて、慌てて奥へと引っ込んだ。
「一文字!?こ、これは失礼しました。すぐにお呼びいたします」
「早くお願いしますね」
「何やってんですか!あの支店長!?」
待たされる事、数分。
へえ?良い度胸じゃない。
そのまま許すつもりだったけど、少しは罰も必要かしら?
奥から、現れたのは威圧感のある巨漢。
「これはこれは、ようこそ。お嬢様。何か身分を証明する物はありますか?」
「これで、いい?」
刀に打たれた銘を見せると、本物だと観念したらしくグッと息が詰まる。
馬鹿なのかな?一文字の名を騙ったら、一文字が許さないから、それが何よりの証明になるというのに。
「この度は、何か不幸な行き違いがあったようですな」
「不幸ね?」
悪事を働いた覚えはあるらしく、要件を言う前から理解する狸。
「あれから詳しく調べたのですが、賠償金は不要にしても問題ないという結論が先程出ましたので、一旦お預かりした物はお返しします。おおっと、連絡が遅れてすみませんな」
「それで?」
意外にも早く白旗をあげてきた。カルマを1下げて、結末を選ばせてあげる事にした。
・・・・無言。
無言のプレッシャーをかける。
喜びかけたノノンが、理解していないのか、キョロキョロする。
「そ・・それでとは?一文字様」
「はぁ」
また無言の圧をかける。
あっ、駄目だ。
呆れた事に、この糞デブは本当に理解していないらしい。
「あのね、そちらが用意していた乗り物に、爆薬が仕掛けられていたんです。もし、乗っていたのが一文字でなければどうなっていましたか?」
「落車した所を襲撃されて。・・うっ!」
はーい、正解。
顔が青白くなるのを、冷ややかに見つめる。ようやく鈍い頭が、ぐるぐると計算を始めて、観念した顔になる。
「あの、僅かばかりですが、慰謝料を」
「いらないわ」
「へ?」
断ると、目を白黒させた。
子供の使いじゃないのよ?端金なんていらないから。
「不幸ね、内容を公表されて左遷。そして、放たれる一文字の刺客。なんて、可哀想」
「!?」
ガクガクと慄えだす糞デブ。
さぁ、どうするのかしら?それを選んでくれても構わないし、足掻いて武力行使してくれても構わない。
選ばせてあげる。
「金庫を開けますので、どうか、どうかご容赦を。一文字様、ご容赦を!」
「早くお願いしますね」
欲をかかなければ、多額の慰謝料なんて払わなくて良かったのに、バカな人。勉強してくれると、いいのだけれど。
積み上げられた金貨から、一掴みしてそれを糞デブに渡す。残りの大量の金貨を没収。
「今月はこれで生活しなさい」
「あ、ありがとうございまずう」
汚え涙だ。
沙耶は知らないが、欲と脂肪を溜め込んだ男は金貨ともに悪事を吐き出し、以後見違えるように働く事となる。
「沙耶ちゃん、格好いい!」
まぁ、悪くないわね?
はぁ・・帰ったら書類か
「沙耶さんんん、ありがとうございますうう。何か困った事があったら、何でもママを頼ってくださいね」
すぐに調子に乗るメガネっ娘
「気持ちは嬉しいけど、ノノン。私は何も困ってないから。せいぜい大量の書類と格闘しないといけないくらい」
「それ、やりますっ!ぜひっ、私にやらせてください!!」
激しく食いついてきたノノンに、揺さぶられる。
「ノノン。嬉しいけど、これは仕事だし」
胸が熱くなる。
「はいっ依頼してくださいね!」
「そ、そうかあ。その手があったか」
ノノンは、ノノンだった。
感動を返せ。
意外にも事務の才能はあったようで、とても助けられる事になる。
私より断然速いんだけど、ねえ・・何で冒険者なんかやってたの?
ねえ、何で?