21 ミラの爆弾
学園長は大いに戸惑った。
先程、死合を希望したオレンジ髪の少女に。
なまじ教育者として何年も過ごしたため、人を見る目に自信はあるからだ。断言しよう、なんの片鱗も感じない普通のお子様だ。
「何を言っているのだ、このお子様は?」
思わず失礼な感想が漏れたのも仕方ないだろう。見た目より年齢はありそうで一文字沙耶と同い年の可能性もある。しかし、その肉体は鍛えられていないし、魔力も感じない。
「あー、ミラなら倒せちゃうかもね?」
困り顔で相手をした希代の英傑である一文字沙耶のとんでもない同意するような発言を耳にして、ぎょっとした。耳を疑う。
「んんん?何を言っとるのかね?正気かね!?そもそも、その子も一文字と名乗っておったが、あの堅物の斬鉄に隠し子がいたのか?」
「・・・いえ、父はそういうのは無いです」
何か、もにょもにょと言いづらそうに発言する沙耶を見て、学園長は頭を悩ませた。何か人に言えないような深い理由・・理由・
「鉄斎!!!すでに枯れたと思っていたのだがっ」
「いえいえいえ、違います!!」
おじいちゃんにも後妻はいないよと沙耶は、とんでもない勘違いをした学園長をわたわたと止める。
「すまぬぅ、大きな声を出してしまって。トップシークレットなのは言わんでも分かる。口外などせぬから、安心してくれ」
「いえいえ、おじいちゃんじゃなくて、その。ミラは、一文字ミラは家族だけど血は繋がってないっていうか・・・」
何やら考え出した学園長は、ぐるぐると周りを見渡して、ほっと納得した顔をした。
「ははは。早とちりしてしもうたわい。この子は、連れ子なんじゃな」
「レムさんも違うから!お父さんも、おじいちゃんも、亡くなった奥さんを大切にしてるの!!」
普段は、お父上とか呼んでる沙耶も、パニックになり、ボロボロな対応をする。
外れを引きすぎて、ついにはイライラしてきた学園長は、教育者にあるまじく発言も荒くなる。
「ならいったい何だと、言うんだ!」
「・・・あの、他言無用でお願いします。一族の沽券に関わりますので」
急に、静かな真面目な口調になった沙耶に、学園長は自分の失言に気付く。
「いや、すまんかった。込み入った事を聞いてしまった。話さなくとも」
「いえ、お聞きください、学園長。」
一拍置いて、沙耶は衝撃の一族の秘密を明かす。ごくりと喉を鳴らし、聞き入る学園長。
「ミラは、一文字ミラは、強すぎて、我が一文字家の初めての食客になりました」
「・・・・。」
理解が追いつけず固まってしまった学園長を、ゆさゆさと揺らす沙耶
「あの、本当なんです。信じてください」
「で、なんじゃって?」
学園長は、深くふーっと息を吐いた。その目には悪戯を叱る大人の顔。信じては貰えなかった。
学園長のターン。
後からジタバタと思い返す黒歴史の説教のターンが始まった。
「沙耶さん、一文字沙耶さん!最近の若いもんの間でそういう冗談が流行ってるかもしれんが、流派を貶めるようなのはイカン!!実力があっても、いやあるからこそ、自分を大切にしなさい。今回は何も聞いておらん、無かった。それで、良いね」
「本当なんです・・」
学園長は困り顔になる。せっかくいい話をしたのに、届かないとは。
黙っていないのは、この娘だ。
「沙耶ちゃんを、虐めないで!!」
友達のピンチに立ち上がる。
まぁ、ピンチを作ったのもミラなんだけど。
「ううん。ミラさんだったかの。本当だと言うなら、証明してくれると助かるのだが」
学園長は、もっと話をさせて間違いを証明しようと、別のアプローチをかけた。
その言葉が、とんでもない物を引き出してしまう。
ダンッ!と突き付けられたのは、A級プレート!
見まごうはずのないA級プレート。
本物だと一目で分かる輝き。
何でそんなのを持ってるんだ?こんな普通の子供が。
「・・・それは、どこで手に」
湧き上がる疑問に、ぱくぱくと開けたお口に、爆弾を突っ込む。
「ミラは、決闘を申し込む!」
そのA級プレートは考えるまでも無く、鉄斎の物だった。「ミラちゃんや、じいちゃんがええもんをやろう」とお菓子を与えられるかのように託されたのは、一族の金看板である時価2億円の一品。
それを見た沙耶は、何やってんだ、あのジジイ!と、ぎゅっと拳を握った。
オレンジ髪の魔王に、差し出された爆弾を、ゴクンと飲み込む学園長。
2億円の大勝負を持ちかけられた。
もっと、人を信じられたら。
黒髪の乙女の、穢れなき黒い瞳に映る真実を信じられたら、この爆弾は吐き出せたのかもしれない。
学園長ソードリアンは、ロングソード界においては、歴代最強の剣士だ。
彼もまたA級プレートを持つ一人。
周囲からは、全盛期の鉄斎には勝てないと言われ続けてきたが、どうやって弱みを握ったのかは知らないが、それを託されてる『普通の子供』には余裕で勝てる。余裕で。
勝てば、2億!
何より最強の名が手に入る。
あの鉄斎に勝てるっっ
大きな欲望が、目を曇らせた。
いつしかミラの時限爆弾は、学園長の喉を滑り落ち、胃の奥でチッチッチッと音を鳴らす。
「その決闘、ソードリアン。心してお受け致す」
【次回予告】
届かない剣
ミラが選んだ未来魔道具は?




