18 ノノンの受難
「あああ、幸せですううう」
泣きながら、喜びと、夕食を噛み締めるノノン。
彼女は冒険者だが、冒険らしい事は何一つした事がない。街の中で出来るドブさらいが主な仕事。せいぜいフィールドで、薬草の草むしりぐらいしか出来ない彼女は貧乏でこんなに良い物を食べたのは久しぶりだった。
神依頼を出してくれた一文字斬鉄に、感謝の祈りを捧げる。
「斬鉄さまぁぁぁ」
そんなノノンを残念な顔で見るのは一人娘の沙耶。今夜は洋風の料理だったが、それにしても美味しい。ミラはこれを毎日食べてるのか。勇気を出して言おう。
「あの、レムさん。今度、料理を教えて欲しいかなって」
「ええ、良いですよ。沙耶様なら、すぐに上達するでしょう」
微笑むレムさんに、ミラが慌てて手を上げる。はいっミラちゃん、どうぞ。
「ミラも、ミラも覚える!」
必死なミラを、ぐりぐりしながら沙耶は爽やかに笑う。
「よーし、ミラも一緒に習おっか」
「うんっ!沙耶ちゃん」
ノノンの耳が、ピクリと動いた。食事を口元に運び終えたフォークがピタリと止まる。
「今から試食が、楽しみですううう」
フォークを持ったまま、だらしくなくよだれを垂らすノノンを見て、これには沙耶も苦笑い。
なんか憎めないんだよね、この子。
お風呂に浮かぶ輝く星を眺めて、お気に入りの香りに包まれる。
ピタッと新品のように整えられた寝間着に袖を通して、ミラの手を繋ぎながらキングベッドへ向かう。
お姫様のような一日だったな。
ノノンのベッドは無いから、どうしたものかと思ったけど、心配は無用だった。
「あああ、こんなフカフカのソファーで寝られるなんて夢みたいですううう」
「よだれを垂らさないでね?」
ビクリと震えた。
「ひゃい」
「大丈夫ですよ、ノノンさん。完璧にクリーニング出来ますので」
「ありがとうございますうう、レムさん」
どうやら、駄目人間からは脱却出来ないようだ。
沙耶は、ぽふりと、キングベッドに身を投げだす。視界には普通の天井なんだけど、これも知らない内にミラが改装してしまった。
魔道具の灯りを消すと、パーフェクトウインドウという魔道具が起動して夜空が見える。立体映像の上位互換で、空と繋がってるとか何とか。もちろん、お風呂にもついている。
「星が綺麗だね、沙耶ちゃん」
「そだね、あの一番光ってるのが、好きかも」
「うん、ミラも好きーー」
あぁ、夢みたい。
魔道具が停止したのか、いつの間にか普通の天井に戻りオヤスミの時間になる。
沙耶は、射し込む朝日とともに目覚める。
「おはようございます、沙耶様」
パリッとしたメイド服を完璧に着たレムさんは、沙耶より早起きだ。いつ起きているかも分らない。これが、メイドの嗜み?
「ふああ、レムさん。おはよー」
背伸びしながら、開き窓を開けると、新鮮な空気が入ってきた。止まってるらしく、景色は動かない。馬にも休みが必要だよね?
「遠くまで、来たなぁ・・・」
水平線から顔を出す鮮烈な朝日に、目をしかめながら、レムさんに渡されたホカホカの蒸しタオルで顔を拭くと、沙耶の一日は始まった。
軽くストレッチをして、剣舞の確認。1日サボると取り戻すのに3日もかかる。激しい動きには見えないが、体から球のような吹き出ているため、インナーマッスルに高負荷がかかっているのだろう。
シャワーを浴びてさっぱりした沙耶は気合いを入れた。良しっ料理を覚えるぞ!
「レムさん、よろしくお願いします」
「ええ。マスターを起こしますので、お待ちくださいね」
寝癖をつけて、ふみゅうと目を擦るレムだったが、目を離した隙に、サラサラした髪に、パリッとした服を着させられていた。
・・・いつの間に。
「沙耶ちゃん、お待たせー。料理 頑張るぞー!!」
「おー!」
わくわくしながら、レム先生の授業を待つ初々しい2人。レムは照れながら、張り切った。
少し張り切ってしまった。
「それでは朝飯なので、ささっと。時間の掛からない料理を作りますので、まずは見ていてくださいね」
「「レム先生、お願いしまーす」」
レムの1分間クッキング!
スタート。
「まずは、マスターが大好きなミルクセーキから。帝王鳥の黄身と、ミルク。口当たりよく冷やす為に、草原の朝露を。多めの砂糖とバニラシロップを入れて、シェイクします。白身はメレンゲにして、上にフンワリ載せて・・・」
ガシャガシャ!!と凄い勢いでシェイクしだしたかと思うと、ギュィン!と料理ではしないような高音がして時間の掛かるはずのツノの立ったメレンゲが現れて、ふんわり載せられる。
その後も、おっとりとした説明が続くのだが、ズドドン!というみじん切りやドンッという時短加熱の爆発音のせいで、何も聞こえない。
しまいには、キュルキュルと早口になり、時間のかかるメニューに至っては完成品がこちらです。と出される有り様。
「はいっ、完成です」
ジャスト1分。
「頑張ろーね、沙耶ちゃん」
どうでしたか?と完璧な仕事を褒めて欲しそうなレムさんと、無邪気に笑い挑戦しようとするミラを見ながら、沙耶の顔は引きつる。
「あの・・・最初から、ゆーっくりとやって欲しいかな」
一般人としては当然の要求をした沙耶だったが顔が怖くなっていたため、レムの顔が曇る。
「申し訳ありません、沙耶様」
失態に気付き深く頭を下げるレムさんに、沙耶は戸惑うが、ミラが助け舟を出した。
「ごめんね、沙耶ちゃん。帝王鳥、草原の朝露は今の時間からは採れないの。それに、集めるのが大変な素材もあって。だから、レムを許してあげて」
沙耶は気付く。
え?・・・寝ている間に、レムさんは、出掛けて狩りをしてきたんだと。
言いたかったのは、そこでは無いんだけどなー。知りたくなかったな。
「ごめん、言い過ぎた。いいよ、でも包丁を入れる所からゆっくり見たいかな」
「沙耶ちゃん」
「沙耶様、マスター、ありがとうございます」
ほっと空気が和む。
沙耶の言いたい事は、常識が違うため、なかなか伝わらなかったが、仲良く料理が再開された。
ふと昔の思い出を思い出した。戯れに父が秘剣『五月雨』を料理に応用してくれたのを見せてくれた時は随分とはしゃいで、今もその絶技が目に焼き付いているのだが、レムの包丁はさらに速かった。
お父さんがコレ知ったら、寝込んじゃうよね。沙耶はまた一つ秘密が増えた。
「ちょっと、ミラ。目を離してたら、包丁危ないよ。こうやって猫の手で押さえるの」
「そうなんだ!沙耶ちゃん、物知りー」
「沙耶様、知りませんでした」
尊敬の顔で見つめてくる2人に、沙耶は微妙な顔をした。
ミラは、ぶきっちょ。
沙耶も、あまり経験が無い。
だけど、知識をぐんぐんと吸収してレムの朝飯をマスターした!
積み上げる料理。
あれ、やっちゃった?
そこへ救世主が現れる。
高い壁に果敢に挑む女勇者ノノンは、ソファーでよだれを拭き、立ち上がる。
「あああ、朝から幸せですうう。もぐもぐもぐ。みなはん、おはようほはいまふ」
沙耶は、だらしない女にエールを送った。
完食。
「もう食べられませんんんんん」
お昼になると、街が見えてきた。
一際高いアード学園を発見。
ノノンとは、ここでお別れとなる。
ドームハウスが、ミラのアイテムボックスに仕舞われた時には、ノノンの絶叫が響いたが。
「イエーーーー!」
何もしてないのに、お疲れ気味のノノンは、馬にご褒美をあげるらしいので、一足先に街に入ることになる一文字の御一行。
「皆様、ありがとうござました。ここでお別れですうううう。頑張ってください。応援してます!」
「「バイバーイ」」
泣きながら分かれを告げるノノンに見送られて、ミラ達は別れた。
ノノンは、一文字の背中を見送る。
「凄い人たちでしたね、シュナイダー」
ぶひひん。
ご褒美の果実を齧る馬を、ノノンは優しく撫でた。
「さすがは、一文字」
初めての大型ミッションを達成し、やりきった顔で、誇らしげな表情の少女だったが、馬が食事を終えて、ゴールへと向かおうかという矢先、幸せ絶頂の顔から、少し前のぼっち冒険者だった頃の困り顔へと急転落した。
何ということだろうか、あわあわと手が震える。
私はやっぱり不幸だ。
誰だ?
あああ、あの襲撃者にやられたんだ!
やだよ、どうしよう。
「馬車の車輪が無くなってるううう。運送ギルドのレンタルなのにいいい」
受け取り予定の達成金と、損害賠償の引き算に頭を悩ませながら、ノノンの受難は始まった。
どんどんと、この街でのお買い物リストが、脳内から消えていく。
「助けてください。斬鉄さまああ」
【次回予告】
入学
ようやく学園編が始まります。
ノノンとは少しの間だけお別れです。
沙耶大天使がお救いになるのは少し先。
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