17 襲撃者
その日は何も無く一夜あけて朝日が昇る。
量産型レムにより優雅な馬車旅?が再開されたが、ここは油断して生き延びれる程、平和では無い。
一文字家は、武闘派である。世界最強と喧伝してあちこちに喧嘩を売っているため恨みを買っている敵もまた多い。一人娘の旅行など恰好の仕返しのチャンスである。
本来は、それを警戒してピリピリとした厳戒態勢が敷かれるのだが、ミラがいるため油断しまくっていた。
その油断につけこまれ馬車の車輪には、すでに敵の小さな爆薬が仕掛けられていて、襲撃の計画は最終段階へと入っていた。
絶望へのカウントダウンが鳴っている。
若い一人娘への誘拐、強姦、拷問、人体損壊、精神破壊、薬付け、どれを味合わせてやろう?
そんな深刻な状況とは露知らず、護衛の役割も持っているはずの案内人は、緩みきっていた。
レムの手にかかり、あっという間にダメ人間になったノノンは、ソファーに寝転がってぷにぷにした足をばたばたさせている。
「ああああ、ここは最高ですう。レムさん優しいし、料理美味しいし、天国のようなお風呂まであるし、嗚呼ここで一生働きたい」
「ノノン。おかしな事を。貴女は仕事してないでしょ それに、そんな恰好で、まさか椅子にでもなりたいの?」
だらしなく寝そべるメガネ女を叩き起こすべく、背中にせいっと沙耶は腰掛けた。
「沙耶さん、駄目なママでごめんなさい。あっ、もうちょっと左です。ああああ、そこが気持ちいい〜」
沙耶の体重が軽かったため、起こしてやろうという目論見は外れて、座り心地の良いぽちゃ女は、気持ち良いポイントを指圧のように尻で押してもらおうと身を捩る余裕ぶり。
恍惚した表情のノノンと、対象的にさらにイラッとする沙耶。
はぁ?この駄目メガネはと。
「・・・沙耶ちゃん」
沙耶を取られたのが面白くないらしく、ぶすっとした顔のミラに控えめに声を掛けられると、沙耶は黒い笑顔になった。
「どうしたのう?ミラ。そんな所にいないで、お膝においで」
「いいのー?ありがとう。沙耶ちゃん」
これで、どうだ?さらに沙耶の膝の上に、すっかりとご機嫌になったミラがちょこんと加わる。
「ぐえ」
流石に二人分は重かったのかノノンは、潰れた声を出した。
ふんすっとご機嫌になったミラの髪を撫でながら、いい気味ねと沙耶は悪戯っぽく笑った。
「皆さまクッキーが焼けましたよ」
「ありがとう、レム」
「「レムさん、ありがとう」」
またしてもハモる二人。相性はいいのかもしれない。
「もうミラ、こぼれてるよ」
「沙耶様。マスターの口元は私が拭きますのでご安心ください」
「沙耶ちゃん、沙耶ちゃん。お星さまの形を見つけたーー。このお星さまのは沙耶ちゃんにあげる」
「いいのー?ありがとうミラ」
「あああああ、レムさんの手作りクッキーが食べられません。良い匂いがするのにい。うううう、寝そべってるんじゃなかった。しくしく」
まるで危機感のない油断しまくりな4人娘。
その頃、いかにもな悪人面の男たちはゲハハと嗤っていた。
襲撃イベントが開始。
「一文字めえ、殺ってやる」
「てめえの娘を傷物にされたら、斬鉄の顔はどうなるかな」
「鉄斎もこんな油断をするとは、耄碌したな。年は取りたくないもんだぜええ」
「あの糞野郎が、古傷が痛みやがる。誘拐だ!オーダーは、誘拐。野郎共、これは正義の鉄槌だ!恵まれない俺たちにお金をプリーーズ!!最強から金貨を引き摺りおろせ!」
「「ひいひい言わしてやる!」」
「「俺たちを舐めた事を、後悔しろ!!!」」
ギラギラと鈍く輝く、刃物を持った男どもが地走竜に乗って、砂煙を上げて遅いかかる。
〈馬車の速度を上げても逃げられはしない。何故なら、すでに爆薬が仕込まれているからだ。小さくポンッと鳴り車軸を破壊すると、訳も分らないまま激しく落車だ。
落車ダメージの抜けない手負いの生娘を囲うのは、腕に覚えのある6名。
小娘え、落車の理由が分からず驚いているようだな?教えてやろう。なんと、その馬車は、始めから爆薬が仕掛けられていたのさ!そうだ、その顔が見たかった。ゲハハ。〉
と、なるはずだった。
「!?」
「なんだ?様子がおかしくないか?」
「家・・なのか?見た事もない巨大な魔道具を引っ張ってるぞ」
「あのサイズなら、ハリボテだろう。何の為に?」
「なんだと、ちくしょう!誰も乗っていない!!まさか気付いて逃げられたのか?そして、おちょくられてる?」
計画どおり、地走竜でピタッと並走したが、衝撃を超えた光景に遭遇して考えがまとまらない。
無人の馬車、御者の代わりに人形。そして、巨大な家の形をしたハリボテが引っ張ってられている。
まるで訳が分らない。
どうなってるのだ?教えてくれ!!
「クソッ 計画と違うぞ!」
「もしかして、てめえ追跡する馬車を間違えたのか?」
「そんな事は無いはずだ。あのぼんやりとした娘には追跡の呪符を渡している。今、確認する トラップボム!」
仲間に失敗を疑われた呪術師の男が起動呪文を唱えると、パンという小さな音ともに、仕掛けどおり車輪が弾き飛ぶ。凄まじい速度で、壊れた車輪が馬車から切り離されて後方へ跳ね飛んだ。
「うぉっ、危ねえ。ほらな、馬車は確定だ。 な、何だと、馬車が止まらない!!」
「どういう事だ、車輪がないのに走ってやがる。はああああ?」
「もしや、なにか亡霊の類いに精神が捕まってる!?俺たちは、幻覚を見させられてるんだあああ」
「何て事だ。鉄斎のジジイに、またハメられたのか!」
襲撃に来たくせに、車輪を破壊したくせに、まるで襲撃されたかのように阿鼻叫喚になる男達。
おやつのクッキーを食べてる時に、気軽にレムは報告する。
「襲撃されました。マスターどのように反撃しましょう?」
「んー、沙耶ちゃんどれがいいかな」
まるで今夜のメニューを選ぶかのような感覚で、襲撃者の料理方法が選ばれる。
あっという間に、立場が逆転した。
これが、一文字ミラ!
彼女の辞書に油断という文字は無く、代わりに書かれているのは余裕の二文字。
「とりあえず、挨拶しよっか?」
「うんっ」
開き窓をパタンと開けて顔を出すと、パニックに陥っている襲撃者達と目が会ったので、手を振る。
「始めまして、一文字沙耶です」
「一文字ミラだよ」
「一文字レムです」
「何だと!!!ハリボテの家から、一文字の娘が出できた」
「どういう事だ、これは幻なのか?だってよ。本物なら、家が浮いてるって事になる。幻だ、俺たちは幻覚攻撃を受けている」
「違う、幻覚看破の呪符は反応しない。あれは本物、本物なのか?」
「どの娘も、美しすぎる!! 亡くなった妻一筋とか言いながら、一文字は隠し子がいたのか?あのレムとかいう巨乳が、後妻なのか! 羨ましすぎるぞ、卑怯者の斬鉄め!」
「全くうるさいなぁ」
「ご用意出来ました。マスター」
「沙耶ちゃん、引いて。引いて」
レムが、トランプのカードを出してきた。ミラが裾を引っ張って急かす。どうやら、マジシャンみたいに一枚引けということらしい。
沙耶の細い指先で選ばれたのは、ミサイルポットでした。
「それでは、皆様。ご機嫌よう」
レムが取り出したアタッシュケースから、六本のミサイルが出現。どうやら、奥行きが無限のようで、まるで手品のように現実のミサイルが六本同時に発射される。
シュゴオオオオ
初見でも伝わるただならぬ気配に、男達の表情に焦りが浮かぶ。
「我が名は・・」
「助けてく・・」
「 うああ・・」
チュドーン ドン ドン!!
爆発音とともに何か言いたそうだった襲撃者が、キラリンと遥か彼方へ吹き飛んだ。それを確認して、ミラはパタンと窓を閉めた。
「レム。それよりも今日の夕ごはんは、なあに?」
【次回予告】
ノノンの受難
食っちゃ寝オンナに天罰を!
なぜか憎めない愛され女