16 女子旅
沙耶ちゃん視点でお送りします。
私、一文字沙耶は、アード学園を目指して旅行している。
生まれて初めての旅行。
お弟子さんから、馬車旅のお尻の痛さを聞かされていた私は、すこしばかり拍子抜けしてしている。というのもミラがまたやらかしたからだ。
ふわふわと浮くドームハウスは、あまり旅行をしている実感はない。
窓の外の景色は流れるように動くのだけれども。
快適すぎる!
「沙耶ちゃん、お風呂入ろう」
「いいよ、ミラ」
なんとこの魔改造された浮遊城には、呆れた事にお風呂までついている。
色々とツッコ厶べきなんだろうけど、快楽に負けた。
笑いたければ笑うが良いさ。
「ひゃははは。沙耶ちゃん、くすぐったい」
一緒に入った私は、ごしごしと綺麗なオレンジの髪を洗ってあげてる。
爽やかな花の香りが浴室に満ちて気持ちがいい。これは、最近お気に入りのお取り寄せ品だ。ちょっとばかりお高い一品。
シャワーで、泡を洗い流す。一文字家には無い道具で、この家で初めて使ってみたけど、なかなかに便利だ。普通は浴槽のほうが無いらしい。両方あるといいよね?
つるぺたなミラを眺める。
身体も顔つきも子供っぽい、初めて会った時はもっと大人びてたような。
二人で浴槽に入ると、外には流れる景色。なんか非日常だなあ。これが旅行か。
「沙耶ちゃん、楽しいね わぷっ」
つい油断してるミラに、お湯をかけて悪戯してしてしまった。これでは、どっちが子供なんだか。
「もううううう!!」
「ごめん、ごめん。ミラ。降参しまーす」
怒ってぱしゃぱしゃと水面を叩いてきたので、慌てて謝り全面降伏。
ミラがのぼせてきたのか、ぽやって顔をしているのでそろそろ出ようか。
今度はレムさんとゆっくり入ろう。
「アイス食べる人ーー?」
「はいっ、沙耶ちゃんと一緒に食べますっ」
乾燥ルームに行くと、轟々と心地よい風が体の水を弾き飛ばした。ミラが言うには何でも部屋のシツドを下げてるので乾きやすいらしい。魔道具の話になると、ミラが何を言ってるのか私にはさっぱり分らない。
さっとタオルで拭く。拭かなくても乾く設定に出来るらしいけど、拭いたほうが気持ちいいから、全開はやめてとお願いした。
まるでお店の売り物のように、綺麗に畳まれた服が置いてあった。私は、キッチリしてる方だけどレムさんはさらに上を行く。
「なんかお姫様みたいな生活」
服も着せて貰ってるミラは生粋のお姫様だろう。ちなみに、私は断った。骨抜きにされそうなので。
レムさんは駄目人間製造機だ。
「んむむむむ」
「どうしたのミラ?」
「バニラが良いかな、チョコにしようかな?どっちにしたらいいのかな」
「半分こしよっか?」
「さすが沙耶ちゃん、頭が良い!」
ソファーで寛ぎながら、交換したミラの食べかけのチョコアイスを齧ってると、景色が止まった。何かあった?
「沙耶様、おそらくお昼にされるのでしょう」
レムさんが答えてくれた。
そっか、確かに過酷な馬車旅。昼休憩が必要なんだろう。忘れそうになるけど、これは過酷な馬車旅だった。
ガチャリと玄関を開けてみると、泣きそうなメガネの女がぽつんと立っていた。父を誘惑する発情女に相応しい、
「ええええん、寂しいです。皆さんと、色々とお話しながら進むつもりだったのに。ずっと、一人! 一人ぼっちなんですよ」
・・駄目だ。
やっぱりノノンさんを憎めないよ。
「あー、良かったら家に入る?」
「ふえ?沙耶さーーん。ママは嬉しいですう」
前言撤回、やっぱり敵だ。
母は、天国にいる美咲さんだけ。
調子に乗って抱きついてきたノノンは、隠れ巨乳だった。でもレムさんには負けてるんだからっ、勝ったと思うなよ。
あー、もう。埃っぽくなったし。
「離せっ!」
「すんすん。なんか良い匂いがします。沙耶さん。あの・・もしかして私が一人馬車してる時に、お風呂とか入ってました?」
ノノンの圧力が増す。鼻が良いね?それとも使った高級石鹸が凄いのか?
「・・レムさんが作ってくれた料理、冷めてしまいますよ?」
とりあえず、謂れのない非難に耐えられなくなった私はノノンを買収することにした。
「美味しいですう」
「はいはい。ノノン、良かったね。というかコレ?」
「はい、沙耶様。先日頂いた料理を再現してみました。どうでしょう?」
「良くやったよレム」
「ありがとうございます、マスター」
本当に驚いた。・・・完璧だ。
後で、料理を教えて貰おうかな?一文字の料理を、一口しか食べてない人に教えて貰うの変な気がするけどレムさんならあり。
横を見ると、ノノンは涙を流して喜んでいる。うーん、悪い気はしない。この子はアレだけど、なぜか憎めないんだよね。
ふぅ、お腹いっぱい。
「嫌だあ、行きたくありません!また一人でガタガタ揺れて」
何かメガネがグズりだした。それが、貴女の仕事でしょ?でも、気持ちは分かるので強くは言えない。
悪魔の浮遊城に心を囚われた私も、今さら馬車には乗りたくない。
「そうだ、レムが行けば?」
「はい。マスター」
「ちょ、駄目だよ。それは!」
ミラが変な事を言い出した。嫌な顔一つしないレムさんは立派だけど、それは違うと思う。
「ご、ごめんなさい。冗談だったんです。もちろん私が行きますう。気楽な一人馬車、大好きなので」
ノノンは青く反省した顔で、心に響かない事を余程嫌なのか泣きながらいう。厚かましいけど悪い子では無いんだよなぁ。
「マスター、今日こそ 量産型を使われては?」
「それだ!量産型レムを使おう」
「「量産型?」」
悔しい事に、ノノンと声が被る。
てくてくと、小さい人形メイドが現れた。可愛いけど、凄く雑な作りで、レムさんというには無理のある自動人形。
何を作ってるんだ?ミラは。呆気に取られて見ていると、てくてく玄関に向かって歩きだした自動人形は扉を開けられないのか、バタバタした。
なんか可愛い。
いやいや、違う。人形が動くのは、凄い。凄いけど、こんなのに馬車の御者を任せたら危ないよね。
「使えなくない?この人形?」
「いえ、沙耶様。少しお待ちください。同期まで、残り3秒。3、2、1。同期完了」
自動人形の目が青く光った。
「ああああ!」
駄目メガネが、びくんとする。気持ちは分かるよ、怖いんだけどミラ!レムさんに寄せる気なんて無いでしょ?
自動人形は、ぴょんと跳ねてドアノブにぶら下がり扉を開けると、てくてくと出撃を再開したのを見送る。
・・・え?この人形、扉は閉めないの。あっ、レムさんが閉めるんだ。
こほんと咳払いしたレムさんが、何事も無かったかのように優雅に一礼した。
「本艦の御者は、量産型レムが務めます。それでは、皆様。アード学園まで、快適な空飛ぶ沙耶城の旅を引き続きお楽しみください。」
こうして、カラカラと馬車が音を立てながら、女子旅は再開された。
【次回予告】
襲撃者
ノノンのミスにより
女子旅は下種な盗賊に狙われていた。
ミラ達は、どうなってしまうのか?