座敷童子
どこまでも遠く どこまでも白い月の下
街に人が群がる。人の群がりが街を作る。
繁華街と呼ぶには盛り上がりに欠け、
夜の街と呼ぶには華やかさのの足りない、
そんな通りに、彼はいた。
そこに一人の彼がいて、そして一人の彼女がいた。
彼は洋装に下駄、その上に黒い半纏を羽織り、背には人界のものとは思えぬ巨大な刃物を携えていた。
少しはなれたところから彼女を観察するように立っていた。
人々の流れは彼を避けるように流れる。とても自然に。
流れる川が水面に突き出た岩を避けるように。
彼女は彼女で萌黄色のジーンズに蜥蜴の印刷されたシャツ。黒塗りの骸骨ストラップのついた携帯電話をいじり、そんな彼の事など、まわりのすべてになど、気付くことなく地べたに座り込んでいる。
そんな彼女の姿、そして手元にある一枚の写真を見て何かを確信するようにうなずき、彼は歩き始める。人々の隙間をぬうように、形を万変して流れる水のように、込み入った街を誰にもぶつからずに通り抜け、
ぬるり
まるで妖怪のように、彼女の前に現れた。
誰かの目の前に立ち止まることに彼女は気付く。
そのあまりにちぐはぐな装いの彼は彼女に視線を合わせ、言った。
「こんばんは」
笑顔で語りかける彼。
「おっさん何か用?っていうか誰?」
嫌なものでも見るように誰何する。
「私まだおっさんな年でもないんですけどね」
「いや、だから誰よ、おにーさん?」
彼は表情を変えずに、言った。
「九月散花さんですね?」
それを聞いた彼女の表情が疑問から驚愕に変わる。彼女のその名を知るものはこの町にはいないはずなのに。
「そうだけど」
ならお前は誰だ? 彼女の、反応はそういっていた。
「あ、申し遅れましたね、私は日本国冥府所属 死神公社交通三課 遠谷希生巡査です」
彼がすべてを言い終わり規定通りに証明書を取り出し見せる前に、彼女は立ち上がり、回れ右、一目散に駆け出した。
見つかった、
捕まる、
逃げなくては。
だから、彼女は走って、走って、走った。
「あ、逃げないで下さい」
そしてその言葉が終わらないうちに彼は
彼女の目の前に立っていた。
驚く彼女を尻目に、笑う彼。
「これでも足の速さには自信が有るんですよ」
彼女は、それでもどうにか逃げ出したかった。
今、捕まるわけには行かないのだ。
けれど、この目の前のニコニコしている彼から逃げる事が出来ない事は納得できた。
「はあ」
どうにもならない現実を呪い、彼女はため息をつく。
「九月散花さん。土地神様より捜索願が出されています」
「はあ」
もう一度、つく。
風が吹き、錆びのひどいブランコはぎぃ、ぎぃ、と悲鳴をあげる。
誰も彼もの気配ない公園。か細く照らす外灯に群がる蛾が一、二匹。
そのベンチに二つの影が映る。
「私さ、将来は自分で考えた道を選びたいんだ。今どうしてもやりたい仕事があってさ。わがまま言ってるのはわかるよ?そりゃあ家業継いで家守ることも大事かもしれないけどさ。伝統を受け継ぐことが日本妖怪のどうこう…って親父も言うし。でも、なんかこう、無理やり人生決められるのって……嫌なんだよね」
彼女の隣に座る彼は、ほんの少し考えて、言った。
「私はどうこう言える立場じゃないですけど、あなたのお父様のであらせられる家神様の気持ちもわかります。あなたは過疎化の激しい鎮宮村の大事な跡取り娘なんですから」
「私その言われ方がイヤで家飛び出したんだけどなあ」
軽く笑う。
「それだけじゃなく、貴方の眷族郎党みな、心配されてましたよ。これは私心ですが、家族を大事にしないものは、ダメです」
妙に力のこもった発言だった。
「やっぱり?」
「ええ、経験者が言うんです。間違いありません。一度帰ってじっくり話し合ってみてください。喧嘩別れした次に出会うのが死別だなんて、一生後悔しますよ」
「それも経験者の言?」
「ええ」
しっかりと頷く。
「大変だね、おっさんも」
「いや、私まだ二十六ですよ」
彼女は、少し呆けて、
「嘘お? 私より年下!」
叫んだ。
どこまでも白く どこまでも遠い月の下
名は死神、遠谷希生。階級は巡査。
齢三百。名は座敷童子、九月散花。
彼女の家に帰った話。