烏天狗
どこまでも遠く どこまでも白い月の下
暴走族と分類される人間が、珍妙な形の機械にまたがり誰も彼もが去った後の国道を走り抜ける。残念ながらその音源を邪魔するものは何もなく、結果。近所迷惑加減が増されることとなる。
喧騒が目の前を横切る公園。
夜になると、もう一つの顔をのぞかせる場所。
わずかに灯る電灯の真下のベンチに
一人の男が座っていた。
その頬に刻まれた皺は実年齢以上に老いて見せ、輝きない眼が彼の疲れを物語る。肩を落としうなだれてそして、それを超えて悲惨な外見。ところどころ破れた薄いグレーの服、ぼさぼさの髪、転げまわったような様子。ため息をつき、何かを待っている様子でたまに辺りを見回す。
かつん かつん
明かりない闇のほうから拍子木を敲くような足音が続く。
ざっ ざっ
砂を擦り合わせるような音がその彼がアスファルト道路の上から公園の敷地の土の上に移動してきたのを教える。砂を踏む音に男は顔を上げる。
一人の彼が歩いてきた。
シルクハットに一枚歯のゲタ、その背中には大きな刃物(それは鎌とでも言う様な)、そしてカッターシャツの上に黒い半纏。常人のセンスではないアンバランスな装いで彼がそこにいた。
遠谷希生は全国チェーンのコンビニの袋を片手にそこにやって来た。
「お待たせしました、はい、どうぞ」
彼は男に袋の中から温かい缶コーヒーを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
力の無い声で男は答えうけとった。
彼は自分用の冷たいお茶を取り出した。
二人がそれぞれの飲み物に口をつけて三十秒、
「あのすいません、危ないところを助けていただき」
男はそう言って隣に腰掛けた彼に頭を下げた。
彼は軽く微笑み、
「いえ、これが仕事ですので」
と答え、
「それよりどうしてこんな時間にこんなところに」
と尋ねる。
男はゆっくり語りす。
「あ、はい。実は、私はカラス天狗なんです。以前あちらの御山で働いておりました」
名刺を渡された死神は驚いた。
「え、ここって確かかなりの霊山でしたよね」
一流企業じゃないですか、という彼に乾いた笑い声の後、続けた。
「それが、そこもついに開発の手がすすみ、我々山の精霊も削減が決まりまして」
「それじゃ、もしかして……リストラ」
「ええ」
一流企業も人間様にはかないませんね、と皮肉った口調の哀愁漂う二百四十歳の男のかげりに、二十六の死神は何も言えなかった。
「その後何とかこの近くのカラス達の世話役に再就職できまして、なんとか食いつないでいたのですが、帰り道に…先ほどの若者たちに…。本当にあなたが来て下さらなければ私はどうなっていたか……」
「いえ、それが仕事ですから。それにしてもひどい奴らですね、人間の真似して親父狩りだなんて。不良妖怪の風上にも置けない奴らですよ、ほんと」
彼の憤りに呼応して男も続ける。
「ええ、本当に。私の若い頃はバットや鉄パイプなんてなくてもその爪で人間だろうが妖怪だろうが一振りで八つ裂きでしたのに…。昔の若い奴らはよかった。必ず敵には例え親でもとどめを刺す非道者ばかりだった。しかし今の若い奴ときたら凶器を使ってもこんな老いぼれ一匹つぶせないとは、……情けない限りです」
「……」
昔を懐かしむ自分に苦い顔を向けている彼に気付いた。
「どうかしましたか?」
「いえ。…ほんとどうなるんでしょうね。さて、本官は警邏の続きがありますので。」
「そうですか。これ、ありがとうございました。わざわざ飲み物までいただいて。では、私も明日は早いので行きますね。なにしろ生ごみの日ですから」
そういうと立ち上がった男の背中から突風と共に巨大な翼が現れた。
どこまでも遠く、どこまでも白い月の下、小さな公園に一人たたずむ彼。どこか遠くで何かの遠吠えを聞く。
「やれやれ、どこかで狼男が騒いでるんでしょうかねえ」
アンバランスな装いの、魔物を捌く彼。
遠谷希生は歩きだした。
軋むブランコ。その下にはカラスのそれのような、黒い羽根が一つ落ちていた。




