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狼男

 どこまでも遠く どこまでも白い月の下

 群雲が月の光を遮り、明かりの無いそこは闇に包まれる。

 風に揺れる、錆びたブランコの軋み。その響きを邪魔するものは何もなく、静けさはより演出される。

 どこか遠くの喧騒。遠ざかるエンジン音。再び静寂。

 どこかの町、その街のどこか。

 昼と夜で大きく性格を変える場所のひとつ……公園。

 丸い月が、雲の合間から顔を出す時、影が二つ映し出された。

 

 

 一人の彼が立っていた。

 シルクハットに一枚歯のゲタ、その背中には大きな刃物(それは鎌とでも言う様な)、そしてカッターシャツの上に黒い半纏。常人のセンスではないアンバランスな装いで彼がそこにいた。



 一匹のケモノがそこにいた。

 鋭い眼光、むき出しの牙、そこだけが闇の中でも輝く歯。

灰色の体毛、凶暴の象徴、狼と呼ばれるそれがいた。

 

 対峙。

 彼とそのケモノはこの時、ここで相対していた。

「ここまでですよ」

 均衡を崩す言葉を彼は言う。

 しかしケモノは(彼の言葉を識別できるが)応じようとせず、ただにらみつける。

 人と獣でありながら、一人と一匹の関係は、何かが奇妙で、けれど普通の会話をしているようにも受け取れる。

「ここまでですよ」

 彼はふたたび宣告する。 

 そこからは、一瞬だった。

 何かを決心したかのように、ケモノは突然反対方向、この場合は背後のマンション群に向かい地を蹴った。

 それはばらしい速度であった。

 生物の、本当の狼には出せるスピードではないほどに。

 何者も追いつけるはずのない速度ではあった。

 ただの人間にはもちろん。

 しかし対峙していた相手はそんなことでは対抗できるものではない。

 彼も、地を蹴る。

 その足で、跳躍し、高く高く、跳んだ。

 風のようなケモノのそれを雷光の速さで追い抜くと彼は  

      

 ひゅん


 ……と、風を切る音を残しケモノに手を伸ばす。

 音に反応して後ろを見やるケモノ。目に映ったのは、はるか後方に置いて来たはずの彼がすぐ後ろにいるという驚愕。


 がっし


 と音がした気がした。細身の彼からは想像できないようなとてつもない力がケモノの首根っこを押さえる。

 激しく暴れる。が扱いなれた彼の手つきに、徒労に終わる。

「さあ戻りなさい」

 静かに、そして非常に重い音質の声。

 どれくらいの時が流れたか、計るものを持たない彼もケモノも知らない。

 そのうち抵抗はやんだ。

 ……すると、どうしたことか。

 ケモノのうなだれる鳴き声と共にその太い足は細くなり爪はちぢみ、指が五つに分かれ体毛は消え、鼻は後退し耳が顔の横まで大きくズレ、とがりを失う。

 

 ……そして人が二人となる。





 彼が質問する。

「君、免許証は? 満月の夜しか変身できないの知ってますよね」

 ケモノ、だった彼が受け応える。

「え、今日満月じゃないんスか」

「はいとぼけない、まだ二日ありますね。…ん、それにあなた未成年じゃないですか?君 幾つ?十八歳未満の狼男は変身が禁止されてるの知らないわけないでしょう」

「あ、はい、その、えっ…と」

「あなた学生? 学校は? え、結構なところに進んでるじゃないですか、やめなさいやめな さい、こういう小さなことから歯止めが利かなくなって百鬼夜行に参加したりするんで すよ。…いえ、だめです親御さんにもきちんと連絡しないと」

 しきりに頭を下げる彼と日本妖怪のなんたるかをえんえんと語るもう一人の彼はしばらくの間、そこにいた。

 十分後、親が迎えにきた狼男の少年ははこうして補導され、黒い半纏の彼は、公園を後にする。

 


 どこまでも遠く どこまでも白い月の下

 夜はまだ終わりそうもなく、彼は歩き続けている。

 アンバランスな装いの、人外を探す彼。

 名は死神、遠谷えんたに希生きお

 階級は巡査。


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