↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲けば冥府も春  作者: 連


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/27

魔塔

 魔塔から招待状が届いた翌朝、私は応接室の机の上に置かれた封筒を、じっと見つめていた。

白い紙に刻まれた魔塔の紋章は、朝の柔らかな光を受けてもなお、どこか冷たい威厳を放っている。昨日、丘から戻った私たちを待っていた一通の手紙。王国内でも特別な場所から届いたものだと、改めて実感させられた。


そして、その名前が頭に浮かぶ。

─シリウス・アークライト。


 レオン様から聞いた、魔塔へ来るという人物。学園に通っていた私が、その名前を知らないはずがなかった。学園始まって以来の天才魔術師。全属性適性を持つ、稀有な才能の持ち主。魔法を学ぶ者なら、誰もが一度は耳にする存在だった。


 けれど、シリウスがセレスへ来ることも、魔塔からこうして招待状が届くことも、私が知っている未来にはなかった。だからこそ、今は慎重に見ていかなければならない。


「リリアーナ」


 声に顔を上げると、ローザリアお姉様が紅茶の入ったカップを手に立っていた。湯気がゆらゆらと立ち上り、部屋に淡い香りを広げている。


「先ほどから、その封筒ばかり見ているわね」


「すみません。少し気になってしまって」


お姉様は向かいの椅子に腰を下ろし、静かにカップを置いた。その仕草は穏やかだが、瞳の奥には同じく警戒の色が宿っているように感じられた。


「シリウス様のこと?」


「はい」


「学園でも、とても有名な方だったもの」


「やはり、ご存じなんですね」


「ええ」


私は小さく頷いた。

知識としては知っている。けれど、実際の彼がどんな声で話し、どんな目で世界を見ているのかは、まったく知らない。ゲームの中で得た情報だけで判断するのは、危険だ。


そう考えていると、廊下から落ち着いた足音が近づいてきた。


「お嬢様方」


エレナが恭しく一礼する。


「レオンハルト様がお見えです」


やがて扉が開き、穏やかな笑みを浮かべたレオンハルト様が入ってきた。別荘で過ごす時の、自然で柔らかな表情だ。


「おはようございます」


「おはよう。二人とも元気そうでよかった」


彼は席に着きながら、すぐに封筒に視線を落とす。


「魔塔から招待状が届いたんだって?」


「はい。昨日届きました」


「公開研究会への招待だと思うよ。魔塔は定期的に研究成果を公開しているから、貴族を招くことも珍しくない」


「では、今回の招待も公爵家への礼儀ということでしょうか」


「それもあるだろう。それに、ブルームフィールド公爵令嬢がセレスに滞在しているという話は、すでに魔塔にも届いているはずだ」


お姉様が静かに言葉を添える。


「町の人たちにも伝わっていましたものね」


セレスの町では、私たちが公爵家の人間としてここにいることは知られている。けれど、王都での出来事までは詳しく伝わっていない。一方で、魔塔には貴族出身の研究者も多い。王都の情報が集まる場所だからこそ、私たちについてどこまで知っているのか——それが気にかかった。


「ただ」


レオンハルト様の表情がわずかに引き締まった。


「シリウスが来ることとこの招待が直接つながっているかは、まだわからない」


「そうですよね」


魔塔が味方なのか、それとも別の意図を持っているのか。今の段階では判断がつかない。だからこそ、実際に見て、確かめるしかない。


「二人はどうしたい?」


レオンハルト様が静かに尋ねた。


私は少し間を置いて、答えた。


「行ってみたいです。魔塔がどんな場所なのか。そして、シリウス・アークライト様がどんな方なのか、自分の目で確かめたい」


お姉様は穏やかに頷き、レオンハルト様も静かに微笑む。


「私も賛成よ」


「それなら決まりだね。二人だけで行かせるつもりはないよ」


その言葉に、胸の奥がほんのり温かくなった。レオンハルト様は、約束した通り、私たちの味方でいてくれる。


◇◇◇


数日後。

私たちはレオンハルト様と共に、魔塔を訪れていた。

遠くから見上げただけで息を飲むほど巨大な白い塔は、空に向かってまっすぐに伸び、周囲の研究施設と共に圧倒的な存在感を放っていた。空気そのものがわずかに震えるような、濃密な魔力の気配が肌にまとわりつく。


「これが・・・魔塔」


思わず零れた声は、自分でも小さく震えていた。

王国内最大の魔法研究施設。魔法を学ぶ者なら一度は憧れる場所。入口では研究員たちが忙しなく行き交い、微かな詠唱の響きや、魔道具が発する淡い光が絶え間なく漂っている。

案内役の研究員は、レオン様の姿を確認すると深く頭を下げた。


「レオンハルト殿下。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、招待に感謝する」


別荘での穏やかな口調とは異なる、王子としての落ち着いた声。案内されながら館内を進むと、見たこともない複雑な魔道具や、床に刻まれた巨大な魔法陣、研究に没頭する魔法使いたちの姿が次々と目に飛び込んでくる。学園とは明らかに異なる、深く静かな魔法の世界がそこに広がっていた。

その時だった。


「シリウス様!」


明るい声が廊下に響いた。

奥から一人の少年が軽やかな足取りで歩いてくる。年は私より少し下くらいだろうか。柔らかな茶色の髪に、明るい笑顔。研究員たちに気軽に声を掛けながら、まるで昔からの友人のように接している。


「昨日の資料ありがとう!」


「役に立ちましたか?」


「うん! すごく助かったよ!」


「今日の発表も楽しみにしています」


「ありがとう! 頑張るね!」


そのやり取りは、とても自然で温かかった。天才と呼ばれる重圧を感じさせず、相手を尊重するような柔らかさがある。


私はその姿を静かに見つめた。

シリウス・アークライト。


名前は知っていた。けれど、今目の前にいる彼は、肩書だけでは測れない何かを確かに持っていた。

すると、シリウスがこちらへ視線を向けた。一瞬だけ目を丸くし、それから楽しげに笑顔を広げて近づいてくる。


「あれ?」


彼は私たちの前で足を止め、軽く首を傾げた。


「ブルームフィールド公爵令嬢……ですよね?」


その声には、警戒もよそよそしさもなく、ただ純粋な好奇心が輝いていた。

読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。