悪役公爵家1
王都では、子どもが泣き止まない夜になると、母親たちは決まってこう囁く。
「悪い子にしていると、ブルームフィールド公爵家に連れて行かれるわよ」
建国以来、この国を支えてきた由緒正しき公爵家。
それが、ブルームフィールド家。
しかし、民がその名を口にするとき、敬意よりも先に浮かぶのは恐怖だった。
―死者と結婚する一族。
彼らの家業は『冥婚』。
未練を残してこの世を去った魂を慰め、死者と生者を結ぶ儀式を執り行う、公には語られることのない神秘の秘儀。
だから人々は噂する。
「夜になると死者が屋敷を歩く」
「公爵家の者は死人と話せる」
「呪われた血筋だ」
もっとも、そのどれもが根も葉もない噂なのだが。
◇◇◇
「リリー、まだ支度は終わらないの?」
柔らかな声に振り返る。
部屋の入口には、一人の美しい少女が立っていた。
美しくまとめ上げられた淡い金髪、
春の花のように穏やかな笑み。
姉―ローザリア・ブルームフィールド
今年で18歳、この国の第一王子、アレクシス殿下の婚約者でもある。
「お姉様!」
リリーと呼ばれた少女は慌てて立ち上がる。
妹─リリアーナ・ブルームフィールド、17歳。
「もう少しだけ待ってください!」
「ふふ、焦らなくても大丈夫よ。今日は大切な舞踏会なんだから、ゆっくり支度をしましょう?」
ローザリアはそう言って、妹の髪を優しく整える。
「もう……リリーは昔から慌てん坊なんだから。」
「だって、お姉様と一緒に舞踏会へ行けるのが嬉しくて!」
「まあ。」
ローザリアはくすりと笑った。
その笑顔は、誰よりも優しく、誰よりも美しい。
だからこそ、リリアーナは昔から思っていた。
(お姉様には、ずっと笑っていてほしい。)
それだけが、彼女の願いだった。
◇◇◇
その夜。
王城の大広間には、王侯貴族が一堂に会していた。
燭台の灯りが水晶のシャンデリアに反射し、華やかな音楽が響く。
国王主催の春の舞踏会。、王家最大の社交の場である。
リリアーナは壁際で姉の姿を見守っていた。
第一王子アレクシスの隣に立つローザリアは、まるで一輪の百合のように美しい。
誰もが、二人の結婚は近いと思っていた。
―あの瞬間までは。
「ローザリア・ブルームフィールド。」
突然、音楽が止んだ。
王子の冷たい声が広間に響く。
「私は、お前との婚約をここに破棄する。」
大広間が、水を打ったように静まり返った。
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