頼られ過ぎる探偵~山田の靴~クロード編4~
# 頼られ過ぎる探偵
## 第四話「山田の靴」
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翌朝、弥太郎は事務所の狭いデスクに、手に入れたものを全部並べた。
スマートフォンの写真。あぜ道の足跡、石の染み、山田の玄関先のスニーカー。ビニール袋に入れた支柱。幸子から聞いた「覚えとけ」の話と、組合の裁定の経緯。手帳のメモ。
客観的に見て、状況証拠はある。動機もある。でも決定打がない。
支柱の汚れが血液かどうか、足跡のサイズが山田のものかどうか、それを確かめる手段が弥太郎にはない。鑑識でも科捜研でもない、岡山の田舎の個人探偵にできることには、限界がある。
緑茶をすすりながら考えていると、引き戸が開いた。
兼田武雄だった。今日は昨日より輪郭がはっきりしている気がした。幽霊の濃さと本人の執念は比例するのかもしれない、と弥太郎は根拠なく思っている。
「昨日はありがとうございました、奥さんに会いに行ってくれて」
武雄は椅子に座らず、窓の外を見ながら言った。
「……あいつ、泣いとったか」
「泣いていませんでした。背筋を伸ばして話してくれました」
武雄はそっぽを向いたが、少し表情がゆるんだのを弥太郎は見逃さなかった。
「一つ聞いていいですか」
「なんじゃ」
「山田さん、左右どちらの足が大きいか、ご存知ですか」
武雄は振り返って、妙な顔をした。
「……なんじゃそれは」
「あぜ道の足跡の写真を昨夜ずっと見ていたんですが、右足の跡が左より少し深い。体重のかけ方が右寄りなんです。それと、サイズが二十六センチ前後に見える」
「そんな細かいことまでわかるんか」
「わかりません。推測です」弥太郎は眼鏡を押し上げた。「だから確かめたい。山田さんの靴のサイズを知る方法を考えています」
武雄はしばらく黙っていた。
「……山田の息子が、津見原の農協に勤めとる」
「息子さんが」
「親父とは仲が悪い。山田のやつが嫁をどなりつけるのを、息子が止めに入って大喧嘩したのを俺は見とる。三年前の話じゃが」
弥太郎は手帳にメモした。
農協なら口実を作って話しかけることができる。息子が父親に批判的なら、少し話が聞けるかもしれない。もちろん山田の靴のサイズを教えてくれとは言えないが、情報の欠片を拾えれば十分だ。
「わかりました。今日動いてみます」
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津見原農協は、駅から歩いて七分の場所にある。二階建ての古い建物で、入り口に季節の花の苗が並んでいた。弥太郎は苗を一つ手に取り、レジに向かった。花の名前はわからないが、黄色くてかわいい感じのやつだ。
カウンターに若い男がいた。名札に「山田誠二」とある。三十代前半、父親に似た日焼け顔だが、目の印象がずいぶん違う。柔らかい目をしていた。
「これ、ください」
「ありがとうございます。百二十円になります」
弥太郎は財布を出しながら、さりげなく言った。
「津見原の方ですか。先日、兼田さんという方が亡くなられましたね。ご近所だったもので、びっくりしてしまって」
誠二の手が、一瞬止まった。
「……ああ、はい。存じています」
「事故だったそうで。お気の毒に」
「そう、ですね」
声のトーンが、微妙に落ちた。弥太郎は続けた。
「あのあたりのあぜ道、よく知っている人が転ぶなんてと思って。失礼ですが、地元のご出身ですか」
「生まれはここです」誠二は釣り銭を渡しながら、目を伏せた。「兼田さんのことは……正直、気になっています」
弥太郎は少し間を置いた。
「何か、気になることがあるんですか」
誠二は周囲を一度確認してから、声を落とした。
「……三日前の夕方、自分は農協の帰りにあのあぜ道の近くを車で通ったんです。親父の車が、脇道に停まっているのが見えた」
弥太郎の背筋が伸びた。
「何時ごろですか」
「五時過ぎだったと思います。でも親父はあの日、家におったと言っとる」
「誠二さん、それを警察に話しましたか」
「……話せるわけがない。息子が親を売るようなことは」誠二は唇を噛んだ。「でも、兼田さんが事故じゃないなら、俺は」
弥太郎は名刺を取り出した。
「俺は探偵です。あなたが警察に話しにくいなら、俺を通してください。あなたの名前を出す必要はない。でも、あなたが見たことは、必ず役に立ちます」
誠二は名刺を受け取り、しばらく見つめた。
「……親父の車は、軽トラです。荷台に農業用の支柱を積んでいることが多い」
弥太郎は表情を変えなかった。でも胸の中で、ピースが一つはまる音がした。
「ありがとうございます。連絡先を教えていただけますか」
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農協を出て、弥太郎は路地に入ったところで立ち止まり、大きく息を吐いた。
車の目撃証言。支柱の一致。足跡。動機。「覚えとけ」の発言。
これだけ揃えば、警察が動かないはずがない。
あとは一つ、まとめる必要がある。幸子を伴って警察署に行く前に、弥太郎自身が話の筋を整理して、何をどの順番で話すか組み立てる必要がある。
感情で話せば、遺族の訴えで終わる。証拠の順番で話せば、捜査の端緒になる。
事務所に戻ろうとしたとき、スマートフォンが震えた。
幸子からのメッセージだった。
『山田さんが今日、急に旅行に行くと近所に言い回っているようです。娘から聞きました』
弥太郎は立ち止まった。
まずい。
逃げる気だ。確信があるわけではないが、そう感じた。このタイミングで遠出をするのは、都合が良すぎる。
弥太郎は早足で歩き出した。事務所に寄っている暇はないかもしれない。
今日中に、動かなければいけない。
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【う~ん。唐突に「昨日はありがとうございました、奥さんに会いに行ってくれて」と弥太郎が言うのが引っかかった。
お礼は武雄が言うべきでは!?
それでも、静かな田舎の雰囲気のなか、事故から事件へ向かっていく空気は素敵です。】




