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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 カタリナ
199/213

5.閉じ込められた少女

 アマリリスが寝入ってからも、私は寝つけなかった。

 薬と魔術で癒された傷。動くことも変化も自在だけれど、じっとしていなければ酷くなるかもしれないとは言われていたけれど、それでも、退屈さはカタリナの忠告すらも無視させる。

 影の中に溶け込むと、さっそく私はカタリナの家の中をうろつき始めた。影から家中をふらついて、自由気ままに散策する。昔からの癖のようなものだ。アマリリスと共に滞在してきたほとんどの場所で同じことをしてきた。

 それでも、カタリナの家はそれらの場所とは少々違った。所々の扉や壁には、呪いがかけられている。魔術に関するものが保管されているのだろうか。しかし、その中の一つだけ、異質な雰囲気の部屋はあった。

 ――此処は。

 影より這い出して、狼姿でその部屋の扉を見上げる。

 何も表記はされていない。固く閉ざされ、外側から鍵がかけられている。中から外に出ることが出来ないようになっているのだ。何者かが閉じ込められている。それが、誰なのか、何なのか、思い当たるものは一つしかない。

 その証拠となるものが、部屋の入り口付近にたまる匂い。

「ローザ……?」

「じっとしていろと言ったはずだぞ、牝狼」

 いきなり背後から声をかけられ、思わず振り返りざまに牙を剥いてしまった。声で分かったが、そこにいたのはカタリナだ。明りをこちらに向け、表情を殺した顔で私を睨むように見つめている。

 この部屋に近づいたためだろう。不機嫌なようだ。

「閉じ込めているのか、どうして?」

 訊ねてみれば、カタリナはやっと口元に笑みを浮かべた。しかし、目元は変わらず。本心からは笑っていないのがよく分かる。

「大切だから。逃がしたくないから。そして、何よりも、盗まれたくないから」

「盗まれる? 誰に?」

「盗人に、ね」

 軽く一言だけ漏らすと、カタリナは明かりを下した。もう、その表情に怒りのようなものは感じられない。欠伸をこらえると、今一度、私をじっと見つめてからとても小さな声で告げた。

「ローザに会いたいのなら、別に構わないよ。あの子も夜更かしだからね。たぶん、まだ起きているだろう」

「いいのか? 狼なんかにそんなことを言って」

「話し相手にでもなってやってくれ」

 私のからかいも適当にあしらい、カタリナは背を向けてどこかへ去ってしまった。残された私はもう一度、扉を見つめた。まじないの気配をやっぱり感じるけれど、さっきとは若干違うものに感じた。

 私が通れるようにしてくれたのだろうか。

 半信半疑で影に忍び込み、壁を抜けてみれば、あっさりと私の体は通された。あまりの呆気なさに驚く間もなく、部屋の中に閉じ込められていた小さな影がこちらを向いた。

「誰? 誰なの?」

 幼い声に怯えが含まれている。

 瑞々しいヘーゼルの目が迷うことなく私のいる場所を見つめている。気配だけを捉えているのだろう。彼女をそれ以上脅かさぬよう、そっと姿を現してやると、若干その怯えが薄いものになった。

「――カタリナの……お客さん?」

 確か、人間の姿しか見せていなかったはずなのだけれど、狼の姿の私を見てローザは迷わずそう訊ねてきた。

「カリスだ。カリスという」

 答えてやると、やっとローザの目から怯えが完全に消えた。

「カリス……」

 覚えなおすように呟いてから、ローザは寝台の上に座り直し、私をじっと見つめてきた。麦色の長い髪が窓からの月光を受け、神秘的な輝きを見せている。美しいものだけれど、まだ何処か幼い。

 ちょこんと座る彼女を見つめ、私もまた狼姿のままで床に腹ばいになって座り込んだ。

「怯えたりしないのだな。この姿の私を」

「だって、襲ってきたりしないもの」

 ローザは答えた。

「あたしが怖いのは、あたしを殺そうとする人。あたしを捕まえて、暗い場所に閉じ込めてしまうような人。カタリナが会ってはダメだって禁じている人だけ」

「カタリナのことを信じているのだな。彼女から解き放たれて、自由になってみたいとは思わないのか?」

「思わないわ」

 実に迷いなくローザは言った。

「だって、お外は怖いもの。少なくとも大人の女性になるまでは、この部屋を出てはいけないの。そうしないと、悪い魔女にさらわれてしまうから」

「悪い魔女?」

 カタリナがローザを支配するためについたおとぎ話だろうか。そう真っ先に思ったのだが、どうやら事情は複雑らしい。

「ここからそう遠くない場所にね、古いお城があるんだって。深い霧に覆われた、魔法のお城。そこでは何百年も前から魔女が住んでいて、小さな子供をさらって人形にしてしまうんだって」

 その話を耳にした途端、目を見開いてしまった。

 穴が開くほどローザの顔を見つめ、そして自分の狼の口から小さく声が漏れ出していくのを感じた。

 そのたった一言ともいえる話だけで、私は気づいてしまったのだ。

 子供をさらって人形にしてしまう魔女。

 古い城に何百年も住んでいる魔女。

 ああ、聞いたことがある。何処で聞いたのか、誰から聞かされたのか、忘れようにも忘れられない。

「その魔女……」

 私はぽつりとローザに訊ねた。

「名前はあるのか?」

 すると、ローザはこくりと頷いて答えた。

「キュベレー。キュベレーっていうんだって」

 その名が頭に深く刻まれる。すでに刻まれていた記憶と合致し、吐き気が生まれるほどの衝撃が生まれた。

 ナキ。キュベレー。ミール。そして、ゲネシス。

 かつて一人の青年の口から聞いたその名前がこだまし、ここまでの道のりと無念が嫌でも反響していく。

 ――魔女より義弟ミールを取り戻したい。

 たった一人の家族を求めて突き進む、悲しい男の姿が見えた。

「カリス……? どうして泣いているの?」

 ――泣いている? この私が?

 違う。驚きのあまり目から滴がこぼれただけだ。それよりも、私は迫りくる時を感じて震えていた。

 此処から近い場所に、ゲネシスはいる。

 すべての元凶でもある魔女キュベレーのいる場所に。

 最終目的地はすぐそこ。私とアマリリスの旅の終わりももうすぐだ。


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