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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 カタリナ
198/213

4.赤い花の楽園

 カタリナ。この女は魔女。つまり、神々にさがを与えられた一人である。

 魔女の性は多種多様。他者を害することも多いが、そうではなく他者を救うものもある。もしくは、他者にとって善でも悪でもない無意味なものもある。

 カタリナ。この女に与えられた性は、善なのか、悪なのか。

 ともかく、カタリナの魔女の性があったからこそ、アマリリスはここに居る。もしもカタリナがその性に縛られていなかったならば、母親を失ったアマリリスを競り落としていた者によって殺されていたかもしれない。

 そう、カタリナは売り出されたアマリリスを金で買った魔女。

 ただの人間のふりをして他の有力者を蹴落とし、生きた《赤い花》の子供をその手に抱いた者。

 その背景にあったのは、同族への贔屓でもなければ、母性という曖昧なものでもなかった。

 魔女の性がそうさせたのだ。

 《赤い花》を捕まえ、枯れるまで傍に置く。時には自由を奪い、さがに惑わされるままにその香りを堪能する。

 カタリナがいったい何年生きているのか。どのくらいの《赤い花》を知ってきたのか、看取ってきたのか、逃がしてきたのか分からない。家の裏庭には墓があり、その周りには名も知らぬ無数の赤い花が美しく咲いている。名前は刻まれていないけれど、カタリナはその一人一人を鮮明に思い出せるらしい。

 アマリリスと、ヒレン。

 彼女たちもカタリナの愛した花だった。

「――けれど、私は逃げてしまったの」

 カタリナの家の客間。寝台に横たわりながら、アマリリスは私に淡々と教えてくれた。

「狭い世界が物足りなかった。母と共に放浪した日々が懐かしかった。カタリナの守護が当たり前になってしまって、外が恐ろしいのだということを忘れていたせいよ。それに、ヒレンは外をあまり知らなかった。引き取られたのが随分と小さい頃だったから、あまり覚えていないんだって興味を持っていたの」

「それで……お前たちは外を観に行ったのか」

「――ええ、そうよ」

 幼子の考え。世界が残酷であるとまだ知らない頃の考え。

 自分もまたその残酷さの一部であることに気づけず、人狼に脅威をもたらす悪魔はここから解き放たれてしまった。しかし、運命の神に言わせるならば、これもまた定めだったのだろう。

 クロが死んだことも、そして、ヒレンが死んだことも。

「ヒレンが死んでしまって、寂しさと喪失感だけじゃなくて恐怖も覚えたの。彼女はカタリナのための花。母のいた私とは違って、幼い頃からずっとカタリナが自分の為に育てた究極の花。そんな大切な花を枯らされてしまった。もしも戻ったら、私の命もないかもしれないって」

「それで一人きりで放浪したのか。哀れな奴め」

 アマリリスもまたカタリナにとっては大切な花だっただろう。

 しかし、それを信じることも出来ず、アマリリスは帰らなかった。その結果、クロは殺され、私まで果てしなく大きな戦いに巻き込まれる羽目になった。

 これもまた定め。

 そう言い切ってしまえば終わりだろう。

「――まさか見ていたなんて。でも、何年も生きた大魔女になら出来るでしょうね。その可能性にすら気づけないくらい、私は未熟だったの」

 しかしその未熟者が、《赤い花》として選ばれてしまった。

 もうカタリナの手にすら戻れない。

 この女に残された道は突き進むことだけ。

「ローザといったわね、あの子」

 ふとアマリリスの目が空を見つめる。

 ローザ。その名で思い出すのは、この家にいる少女だった。麦色の直毛がさらさらと揺れるヘーゼルの目の少女。爽やかな印象を持つ容姿だが、その笑みの端々に影が見え隠れしている子供だった。

 カタリナの守護が包むこの家しか知らないらしい。理由は簡単なもの。彼女もまた《赤い花》を継いで生まれてきたせいだ。

 母親はただの人間。国教の支配すら届かぬ深い森の中にある村に住んでいる。魔女を崇拝する彼女の一族が、生まれたばかりの赤子の状態で、育てられないと訴えてカタリナに捧げに来たらしい。

 だから、彼女は外の世界を全く知らない。

「実をいうとほっとしたの。《赤い花》の血脈はこの世界の何処かで続いている。無責任にばら撒かれたとしても、カタリナのような人が生きている限りは保護される。ローザはここでずっと暮らすと言っているそうよ。ここに暮らして、《赤い花》を継ぐ子供を産みたいのですって」

「本心と言えるのだろうか。洗脳されているだけじゃないのか?」

 私はすぐさまそう言った。

 ローザを見て感じたのは憐みでしかなかった。移動できぬ花。たった一人のためだけに咲いている花。何も知らないままに、魔女の性がもたらす欲を満たす道具にされている。魔女相手に可哀そうだとはっきりと思ったのは初めてかもしれない。これはきっと、私が人間たちの都で隠れて過ごし、両親の方針である程度の教育も受けてきたせいだろう。

 人間かぶれの両親なりの愛情だったのかもしれないが人狼としてはよくない傾向かもしれない。だが、今更変えようという気にもなれなかった。

「そうだとしても、あそこまで行けばもう永遠にカタリナには逆らえないはずよ。何も知らないまま、ここで永遠に咲き続けるか、もしくは枯れてしまうのかもしれない」

 枯れてしまうのは何故か。

 カタリナは自然には死なない。魔女が死ぬときは欲に狂った時だと言われている。殺されて死ぬのだ。もしくは、生に執着を持てなくて死ぬ。アマリリスだってただの魔女だったならばそうだったはずだ。狼を殺し損ねて殺されるか、魔女狩りの剣士と戦って殺されるか。狼を追う力を失って、腐り果てるように消滅していくか。そのいずれかであったのだろう。

 カタリナは欲に狂って死なない。常に《赤い花》を囲い、いなくなれば世界の何処かで保護して育てるからだ。じゃあ、どうして保護された《赤い花》が死んでしまう時があるのか。その理由もまた魔女の性だった。

 アマリリスは保護されてからも人狼を殺し続けていたらしい。欲に駆られれば家を飛び出し、この森の何処かで血を流して帰ってくる。それが出来なければ、狂い死にしてしまう。多くの《赤い花》は己が対象とした性によって殺されているらしい。貴重な血脈は残ったり、途切れたりの繰り返し。

 ローザがどうなのかは分からない。魔女の性がもっと穏やかなものならば、きっとカタリナが生きている限りずっと死なずに傍に居続けるのだろう。彼女が子供を産み、その心臓がうまく継げれば、《赤い花》は途切れたりしない。新たな花もカタリナが守り切ってくれることだろう。

 それならばアマリリスが世界を救った後も、希望は途切れたりしない。

 此処は、神々が苦し紛れに用意した、希望の花のための楽園なのかもしれない。

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