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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 カタリナ
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3.気まずい再会

 呻き続ける魔女狩りの剣士たちを放置し、私たちはカタリナと共に彼らから距離を取った。グリフォスの魔術は厄介なもの。万が一、再び動けるようになったりすれば、またアマリリスを狙って近づいて来るだろう。

 それならば、憐れみなんてかけている余裕はなかった。

 あのままでは熊か何かに喰われてしまうかもしれないが、奴らは己の運の悪さを嘆くしかない。そこまで救える力なんて私たちにはなかった。

 カタリナがどうなのかは知らない。

 所詮、この女も魔女。アマリリスを助けるためならば、あの剣士たちがどうなろうが興味すらないことだろう。

 その点では私と同じだった。

 アマリリスは、相変わらず口数が少ないままだった。カタリナの後に続いて進む間も、全く話そうとしない。お陰で私はいまだにカタリナが何者であり、アマリリスとどういう関係なのかを具体的に知る機会すらなかった。

 カタリナはカタリナで、私なんかに説明する気も一切見せない。

 もどかしく思いつつも、私もまたわざわざ自分から聞いたりもしなかった。意地になっていたのかと聞かれれば、そうかもしれない。不必要に謙るのは嫌いだ。

 そうして、ただ黙ってカタリナの後に続いてしばらく。延々と続きそうな時間はようやく終わりを迎えた。

「分かるね、私の家だ。少し、あがりなさい」

 やはりアマリリスにだけ言い、その目を向ける。

 断るのは簡単なはずだが、アマリリスにとってはそうではなかったらしい。目を必死に背けつつも、結局彼女はカタリナに言われるままに家へと上がっていってしまった。

 何なのだろう、このカタリナという女は。

「カリス……といったね」

 突如、私の方に話しかけてきた。家に入るのを躊躇っていたからかもしれないが、まさか話しかけられるとは思っていなかった為、少々うろたえてしまった。無言で見上げてみれば、カタリナは燃えるような真っ赤な目で私の奥底まで見通してきた。

「呪いは魔術で祓ったけれど、肩の傷がちゃんと治ったわけじゃない。しばらく薬を飲んでじっとしていないと化膿してしまうよ」

「つまり……なんだ?」

 首を傾げると、カタリナはふと笑みを漏らした。

「――つまり、アマリリスと一緒に最低でも七日間は此処にいなさいってこと」

 七日も――?

 驚きと共にアマリリスを見つめてみれば、アマリリスは何処か暗い表情でカタリナを見つめていた。七日は長い。これまでだってずっと、アマリリスは我を忘れたかのように進み続けていたと言うのに。

「だめだ、長過ぎる」

 私はカタリナに言った。

「薬だけ寄こせ。アマリリスの歩みを止めてはいけない。巫女が待っているんだ」

「そんなに急ぐ必要はないわ。大罪人を裁く場所は決まっている。七日くらい大したものじゃない。それに、アマリリスと君の身体には休息が必要のようだ」

 言われてみて、はっとした。

 そうだ。これまでだって散々休めと言ってきた。それなのに、こいつは効く耳を全く持たずに進んできたのだ。

 目が覚めれば歩き、体力が尽きればその場に倒れる。動けぬ間に私が獲ってきたものを食って、どうにか此処まで持っているに過ぎない。もちろん、それでずっと持つわけがない。此処からゲネシスがいるのだろう場所までまだまだあるようなのだから。

 ――その上、グリフォスの息のかかった連中ときた。

「……そうか」

 私もまた項垂れ、やっとカタリナの家へと上がれた。

 ゲネシスがどうしているのかを考えると非常にもどかしいけれど、この魔女の言う通りなのだろう。

 幸いにも、アマリリスはすっかり萎縮してしまってこの魔女には逆らえないらしい。幼い頃からの知り合いなのだろうか。恩師や師匠。生憎、魔女たちの文化についてはよく分からない。

「それにしても、また直接会えるなんて思っていなかった」

 カタリナはそう言いながら家の扉を閉めた。

 途端に日光が遮られて暗くなる。森の中にぽつねんとある以外は、余所の村などに存在する人間どもの家と比べ、少々部屋数が多くて広いくらいでそう変わらない。違うとすれば、この家に隠されている物品に、人間の知らないような代物がさり気なく混じっているくらいだろう。

 人の姿で歩き、居間に置かれている本棚を見つめると、文字をある程度は読める私でさえ、何を表しているのだか分からない表題の本がぎっしりと詰め込まれているのが分かった。

 魔術書……のようだが、よくよく読めば人間どもが複雑に築き上げた社会のさまざまについて書かれているものだった。視線をちらりとめぐらせてみても、彼女が魔女であると一目で分かるようなものは存在しない。きっと、そういったものは客の目に届かないところにあるのだろう。

「君の噂は狼からしかあまり聞かなかった。巫女に選ばれたと渡り鳥たちが噂するまではね。ヒレンはどうしたの?」

 まるで最初から答えなど分かっているかのような赤い目で、カタリナはアマリリスを見つめている。その眼からアマリリスは逃れるようにうつむき、床だけを見つめている。

 その様子に思わず庇いそうになったが、やめておいた。

「死にました」

 まずはとても短く、アマリリスは答えた。

「子豚を抱えた女に殺されました。《赤い花》を狙われて」

 いつか聞いた話だった。

 魔女の性がいったいどういう具合に神々から与えられているのかは知らない。豚に欲情するなんて禍々しく、ばかばかしいものだが、そのヒレンとかいう女にとっては抗えないものだったのだろう。

 甘い蜜に誘われる虫のように、彼女は女について行ってしまった。相手が人食いだなんて知らずに。

 泣き出しそうなアマリリスを見つめ、カタリナは瞼を伏せた。

「ごめん、本当は知っていた。追い詰められたあの子の悲鳴が届いて、此処から魔術で見ていたからね」

 冷静にそう答える。

「あの子を食べたのは人食い。私の力の及ばないぎりぎりの場所に連れ去って、私が見ていることを知っていながら敢えて生きたまま食べ始めた。青い目に睨まれたが最後。あの子はぎりぎりまで意識を保ったまま少しずつ食べられ、死んでいった。その悲鳴と光景を、今でも思い出せる」

「――……やめて」

 微かに漏れるアマリリスの悲鳴に、眉を顰めた。

 以前ならば、清々しただろう。この女は私に絶望を見せつけた。クロを目の前で斬殺したあの瞬間から、復讐しか抱いていなかったのだ。ぎりぎりまで意識を保たせ、クロへの謝罪と私への屈服を言わせるくらい痛めつけてから食い殺す。それが私の目的のはずだった。

 ――いつの間に、いつから、その目的は消えてしまったのだったかな。

 狼の姿でそっと近寄り、俯くアマリリスの足元に身を寄せると、生暖かいアマリリスの手がそっと鼻先に触れてきた。

 しかし、カタリナの表情は変わらない。私たちの光景を見つめ、そっと笑みを零したのみだった。

「自業自得だとは言わない。ただ、後悔はした。世界は君たちにとって絶望でしかないと教えたつもりだったけれど、君たちが全然わかっていなかったのだと思い知ったんだ」

「――ごめんなさい、カタリナ」

 ついにアマリリスのその眼から涙がこぼれる。

「言いつけを破ってしまって、ごめんなさい」


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