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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 カタリナ
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2.救いの魔女

 苦しみつつ、その非合理さに嘆いているうちに、ついに魔女狩りの剣士たちが再び動き出してしまった。

 一斉に、アマリリスを倒す気だろう。

 剣と魔法。その二つでどれだけやれるのか。溜める時間の必要な魔法では、素早い剣士を捕えるのは難しい。肉弾戦はもっと無理だろう。

 ――頼む、逃げてくれ……。

 絶望しか見えない。

 しかし、そんな時だった。

 争う私たちの周囲の空気ががらりと変わった。不可思議な赤い光が空間に染み渡り、私たちの全てを包みこんでいった。薄くて赤い。何だか気持ちが悪かった。夕暮れを更に赤くしたかのような情景。

 ――なんだ、一体。

 動けぬ身体にどうにか力を入れ、周囲を窺う。目では殆ど何も分からなかったけれど、その鼻が匂いを捕えた。

 香り、というべきだろうか。

 まるで花のような香りが一方から漂っていた。しかし、本物の花ではない。そこにいたのは人間。――いや、人間ではなく、魔族の匂いだ。

 その存在を匂いで捕えると、今度は目でその姿を見ることが出来た。女性。風貌はよく分からない。ただ、アマリリスのような魔女であることは分かった。

 魔術か。

 ようやく理解した時、異変は起こった。アマリリスと戦おうとしていた剣士たちが、次々に悲鳴を上げてその場にうずくまったのだ。すでに私に脚をやられて動けなくなっていた者たちも同様。

 何事かと見てみれば、アマリリスもまた驚きながら彼らを見下ろしていた。人間たちだけだ。私は何ともない。誰もが苦しみながら、得物を無防備にも手放し、目が、と訴えている。目が、どうしたというのだろう。

 見つめ続けて、私は痛みも忘れて震えた。

 閉じられた彼らの目から血が流れてきた。頬を伝い、どくどくと流れ落ちている。目をやられたのだ。そういう魔術なのだろう。だが、その痛みがどれほどのものなのか、私には想像もつかない。

 アマリリスがその惨状を見つめ、慌てて叫んだ。

「も、もうやめて! お願い、カタリナ!」

 ――カタリナ?

 どうやら、知り合いらしい。

 アマリリスの悲鳴を受けて、カタリナと呼ばれた魔女は溜め息を吐いて両手を横に払った。すると、赤い空間がすっと消え、自然の空間へと戻った。

「命拾いしたな、君たち」

 呻いている人間たちに向かって、カタリナは冷たい声で言った。

 それでも、目から血を流す者たちの苦しみは消えたりしないらしい。誰一人として、カタリナを睨み付ける者などいなかった。

「ずいぶんと久しぶりだね、アマリリス」

 ゆっくりと歩み寄って来るカタリナとかいう女。その風貌はようやくはっきりと分かった。三十代か、四十代というところだろうが、魔女の年齢なんて外見じゃ分からない。猫のような形の赤い目とやや高い鼻、そして、揺らめく赤毛が印象的だった。

「危ないところだった。まさか襲われていたのが君だったなんて」

 知り合いが助けてくれた。

 そんな状況のはずなのに、アマリリスの表情は何処か浮かないものだった。怯えているのだろうか。よく分からないが、アマリリスが安心できてない以上、私もまた安心することは出来なかった。

 どうにか立ち上がると、ふらつく足に力を入れて、私はアマリリスとカタリナの間へと割り込んだ。

「悪いが――」

 カタリナに向かって、人語を必死に思い出しながら唸る。

「目的の知れない者をこいつに近づけるわけにはいかなくてね……」

 探るような目で見てみれば、カタリナはそっと表情を変えて私を見下した。まさに獣を見る目というものだ。人狼なんてものは、この女にとってみれば汚らしい野良犬の一種でしかないのだろう。

 しかし、私の存在自体は、カタリナの興味を引いたらしい。

「アマリリス、君は……」

 感嘆を込めて、彼女は言った。

「そうか、今の君のお守はこの牝狼なんだね。お役目の噂は聞いている。『赤い花』のアマリリス。巫女に選ばれ、この危機を救おうと旅をしているって。同じ名前だから、まさかとは思っていた。君だとしても、一人きりでは無理だろうと思っていたけれど、なるほど、そういうことか」

 一人で何かを納得しようにそう言うと、カタリナは私をまじまじと見つめた。

「それにしても、アマリリスのお守に人狼だなんて」

 知っているのだ。アマリリスの魔女としての忌まわしい性癖を。

 きっとそれだけ親しいものだったのだろう。しかし、だったら何故、アマリリスは怯えているのだろう。理由が分からない以上、私はカタリナに道を譲れないままだった。

「カタリナ……私は――」

 アマリリスが口を開くも、カタリナの視線を受けて黙ってしまった。

 道を譲らないと決めた私の鼻先に、遠慮もなく手を置くと、カタリナはアマリリスにだけ向かって口を開いた。

「この牝狼だけど、そうとう無理をしているようだ。傷口に触れれば、君も私も死んでしまうだろう。君たちはせっかちな子供達だったからね。逃げ出したのも、この魔法を教える前だったっけね」

 そう言ったかと思えば、触れられる鼻先から仄かに温かいものを感じた。驚いて反射的に噛みつきそうになったが、即座に現れた身体の異変に気付いて留まった。

 肩が軽くなった。痛みと不快感が消えた。そう、傷が、治ったのだ。

 動揺するアマリリスを見つめたまま、カタリナはそっと目を細めた。

「これでもう大丈夫だ」

 一瞬にして魔女狩りの力は祓われた。


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