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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 カタリナ
195/213

1.操られた剣士

 ――アマリリス。

 その姿が見えた瞬間、緊張と怒りに震えた。

 追い詰められている。木々の間に蹲り、青ざめた顔で迫りくる男たちを見つめていた。魔女狩りだ。追い詰める不届き者の恰好と剣を見て、すぐに分かった。男ばかりだが女も一緒だ。しかし、誰もがケダモノよりも荒々しい眼差しでアマリリスを見つめていた。

 その内に、リーダー格の男が剣を構えたまま近寄り、アマリリスに向かって言った。

「お前がアマリリスだな?」

 名前を知っている。人狼じゃないのに。

 影の中からそっと這い寄り、私は魔女狩りの剣士たちの異様さに気付いた。誰もかれもが人間とは思えないくらいに禍々しいのは何故だろう。

「《赤い花》だと聞いている。本当ならば、此処に居る全員が遊んで暮らせる程の大金が手に入るのだが……お前は本当に、アマリリスか?」

 否定したとしても意味はないだろう。

 かつてゲネシスは言っていた。魔女狩りの剣士は相手が魔女かどうか確かめる時に切り傷を作るのだと。それで即死すれば魔女。しなかったら人間。アマリリスがたとえ《赤い花》ではなかったとしても、魔女である以上逃れられることではない。

 ならば、私がなんとかしないと。

 答えずにじっと剣士たちを見つめているアマリリスに、仲間の一人がそっとリーダー格へと囁いた。

「――そろそろ」

 集中はアマリリスとリーダー格へと偏っている。今だ。

 影の中を狼姿で駆けまわり、私は剣士たちの足元を狙った。

 脚をやられればどんな生き物も堪らない。手当たり次第に脚の肉を噛みちぎってやれば、不意をつかれた剣士たちの驚嘆と絶叫が響き渡った。

 異変に気付いたリーダー格が振り返ると同時に、その喉笛めがけて飛び掛かる。しかし、直前でその動きを察して避けた。

 迎え撃つついでに私の胴を真っ二つにしようとしてきたのだ。

 それだけの力がこの男にはある。油断は大敵だ。それに、私の目的はこの人間たちを八つ裂きにすることではない。

 アマリリスの方へと跳んで、私は唸り声混じりで声をかけた。

「立てるか?」

 その声にはっとしたアマリリスが、すぐに頷いて私の首筋に掴まる。支えてやると、アマリリスはどうにか立ち上がり、剣士たちを睨みつけてから私に言った。

「グリフォスの魔術よ。この人達、自分でも気付かない内に操られている」

「だろうなぁ。そうじゃなければ、お前を襲ったりしない」

 しかし、だとしても手は抜けない。

 アマリリスを狙うと言うのなら、相手は神々に反する者。命を奪われたとしても文句をいう資格なんてないだろう。

 唸りながら睨みつけると、剣士たちが表情を変えた。

「人狼……」

 リーダー格がそう言って剣を持ちなおした。

「悪魔ども……人間を散々苦しめてきたお前たちには、この世から去って貰うしかない!」

 ――来る。

 直感と共に私も駆けだし、リーダー格の身体へと飛び掛かった。

 それにしても、頭が痛くなるほど面白い事を言うものだ。私たちが悪魔だなんて。本物の悪魔に操られているというのに、あまりにもおかしくて哀れになってしまう。

 こいつらは、正気ではあるのだ。

 悪魔に騙され、操られていることにまるで気付いていない。

 だとしても、情けをかける理由にはならない。

「待って、カリス!」

 アマリリスの悲鳴のような声が聞こえたが、従う必要なんて何処にもなかった。飛び掛かり、白い牙をむき出して剣士の喉笛を今度こそ狙う。噛みちぎる感触と血の味は、さんざん知ってきたから身体に染みついている。久しぶりの人肉だ。常に飢えている私にとって、その味は至高のものだろう。その予感に、私の中の魔物が踊り狂い、涎を垂らしているようだった。

 しかし、私は人間というものを舐め過ぎていたらしい。

「狼のくせに」

 怒声と共に、魔女狩りの剣がうねる。その刃を避けたはずの私は、男の動きを見切れぬまま動いてしまった。ほんの少しの判断の差が勝敗を分ける。引くべきか、押すべきか、その判断の正確さが生き残る能力でもあるのだ。

 私には足りなかった。

 それだけのこと。

「人間様に」

 気付いた時には魔女狩りの刃の冷たい感触が肩に触れていた。そこから慌てて身を翻したものの、脅威の全てから避けきるなんて不可能だった。

「勝てると思うな――っ!」

 男の咆哮が響いたと同時に、熱さと痛みがどっと押し寄せてきた。ぬるりとした感触と共に液体は飛び散り、辺りに臭気を産む。それは、私の血の臭い。赤く染まる白刃が迫って来るのが見えて、どうにか痛みを堪えて私はアマリリスの傍へと逃げた。

「カリス! ああ、カリス!」

 まるで昔から可愛がっていた犬か何かに対してのように、アマリリスは私を心配してきた。ああ……この女はもう私の信じていたアマリリスではないのだ。私からクロを奪い、悪しき魔女の座に君臨した頃の彼女は消えてしまった。

 残っているのは此方が切なくなるくらいの善なる魔女だけ。

 苦しい、悲しい。傷よりもずっと、その事実を再び認識させられた方が辛かった。アマリリスには悪で居て欲しかったのだ。愛するクロを殺したアマリリスを憎み、恨みを晴らすために仇討をする。そんな単純で分かりやすい状況だったなら、此処まで苦しまされずに済んだだろう。

 私はどうすればいい。そもそも、アマリリスを守るのは御役目の為だけだ。それがあの世へいってしまったクロの為だと信じたからだ。人狼として、妻として、アマリリスは殺さねばならないのに……ならないのに。

 ――復讐は何も解決しない。

 その考えばかりがずっと頭をぐるぐると巡る。

「うう……クロ――」

 血が流れ過ぎたのだろうか。

 立つことが苦しくなり、狼姿のままその場に蹲ってしまった。そんな私を見て、アマリリスは慌てて寄り添ってきた。

「しっかりして、カリス」

 馬鹿な奴だ。何故、私を囮にして逃げない。

 巫女の魂は待っているのだ。断罪の剣で大罪人が裁かれるその瞬間を。そうしなければ、神獣も巫女も解放されない。彼らが新しく生まれ変わるには、どうしてもアマリリスの力が必要だと散々言われてきたのに。

 私はただの盾。自分の意思でついて来ているだけのこと。

「アマリリス……」

 そう叱咤したいのに、口から漏れる声に力は入らず、言葉もうまく繋げなかった。漏れだすのは狼の唸り声ばかり。人語が上手く頭に浮かばない。出来るなら、アマリリスの方に読みとって貰いたいくらいだった。

 ――頼む、お前だけ逃げろ。

「出来ないわ、カリス」

 どうやら、アマリリスの方もそう判断したらしい。

 だが、意思の疎通は出来ても、心を一つには出来ないようだ。

 断罪の剣を構え、アマリリスは私を庇いながら魔女狩りの剣士たちへと向いた。戦う気でいるらしい。自分と、私の身を守るつもりだろう。

 ――この、大馬鹿者が……。

 どうしてこの女に世界は委ねられてしまったのだろう。


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