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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
五章 シエロ
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4.悲愴

 巫女の剣もまた他の神器のように聖堂に残されたままであるらしい。

 獣の町の連中のように回収しようという力がなかったというわけではない。ただ、巫女の剣には、鏡や宝玉とは違ってその場に留まる理由があったらしい。

 詳しく教えてくれたのは、町に残してきた長である。

 彼はアマリリスと私に、まずは迷わず聖堂に向かい、隠されている巫女の剣を取ってくるようにとだけ指示した。

 聖堂への道は人鳥たちがよく覚えている。

 どうやら同行している者の中には、ゲネシスに攻め込まれた当時、大社にいた者もいるようだ。運よく一般の巡礼者を逃がす役目へと動いたために、あのおぞましい殺意の犠牲者にならずに済んだというわけだ。

 大社の入り口にて、名も知らぬその人鳥はそっと教えてくれた。

「あの時、我々は分かっていませんでした」

 開放された大社の奥からは、人気ひとけの失われた風が私たちへと吹きつけ、追い返そうとしているようだ。

 その向かい風を黙って受けながら、人鳥は言った。

「あなた方の忠告を聞き、警戒しているはずだったのです。けれど、それは飽く迄も常識的でごく当り前の不審者警戒に過ぎなかったのです。我々が警戒する悪魔とて、ジズに敵うなどと思ってはいなかった。まさか、大罪で身を滅ぼす覚悟で突っ込んでくる者がいるとは思いもしなかった」

 彼の言葉を聞き、同行している人鳥たちが一斉に悲しげな顔をする。

 あの日、沢山の巡礼者の祈りを受け取っていた巨像は、薄暗い中で怪しげに佇んでいる。その付近の床は、今も赤黒く染まったまま。長い年月をかけなければ落ちないだろう穢れとなっていた。

 特に酷いのは、大社の奥へと続く扉の前だ。

 今も開け放たれたままの扉。あれを守っていた人鳥の男たちが慈悲の欠片もない暴力によってバラバラにされた瞬間を忘れられない。そして、仲間の仇を討とうとした他の人鳥達もまた、同じ末路を辿ることとなった。

 人鳥たちはさぞ憎んでいるだろう。

 あの冷酷な殺人鬼へ、己の為だけに多くの命を奪った化け物へ、恨みを晴らしたくて仕方ないことだろう。

 しかし、どうしてだろう。ゲネシスがどれだけの罪を重ねているかなんて分かりきっているというのに、どうしても彼が断罪されることは悲しかった。どうしてこんな事になる前に引き留められなかったのか、凶行の兆候が見られた時に、どうしてその行く手を遮れなかったのか、考えれば考えるほど自分の無能さに腹が立った。

 ゲネシスが断罪されるべきなのならば私もまた同じ。

 目撃していながら全ての巫女と神獣を守り切れなかった私もまた同じだ。

「あの扉の奥では、シエロ様の悲しみの唄が聞こえてきます。そして、それに操られるように《悲愴》という名の化け物たちが……」

 人鳥の一人が槍を揺らしながら言う。

 他の聖地と同じだ。

 マルの生み出した《混沌》、そしてティエラの生み出していた《畏怖》と同じように、シエロを現実から逃避させ続けているのだろう。

 巫女も生き物に変わりない。いくら神聖な存在といっても、深い悲しみを前に心が折れてしまっても不思議ではない。しかし、神々はそれを許したりはしない。その咎の姿がかつてのマルやティエラのようなおぞましい姿だ。どんなに逃避しても、どんなに嘆いても、苦痛は治まらず、救われることもない。

 そんな巫女を導くのが《赤い花》の心臓を継いだアマリリス。

 彼女はきっと自分たちでは手を出す事の出来ない神々が使わした出来る限りの慈悲の化身でもあるのだろう。

 しかし、そう納得しようとしても、引っかかるものがあった。

 神々は《赤い花》を使い潰すことに抵抗はないのだろうか。どんどん精神を喰われていくアマリリスの姿を見て、哀れに思ったりはしないのだろうか。

 幾ら疑問に感じても、その答えは降りてはこない。

 それよりも――。

「……聞こえますか? シエロ様の嘆きの唄です」

 人鳥の一人が言うように、耳を澄ませば透き通るような美しい声が聞こえてくる。聴き惚れるのも束の間、次いで聞こえてくるのはざわざわとした雑音。何の音なのか、声なのか、分からないわけはなかった。

 ――これまでと同じ事だ。

 そう時間も経たない内に、音の正体は現れた。

 聖堂へと続く廊下の向こうより、重たそうな翼と羽毛を引きずって、彼らは骸のようにやってくる。あれが《悲愴》。この世に存在するあらゆる鳥のような姿。これまで見てきた《混沌》、そして《畏怖》よりも損壊が激しいように思える。ただ、その各々の嘴だけは非常に鋭く尖っていた。

「やはり、通さない気か」

 そう言って身構えると、人鳥の一人が私をちらりと見た。

「どうか、あなたは勇者様の御傍を離れないでいてください。此処は我々が道を作ります」

 大槍を構え、人鳥たちが力を溜める。

 神獣の子孫だからといって、偉そうに指図をしてくるのは鼻につく。だが、いちいち歯向かっている場合でもない。渋々私は彼らの指示に従う形を取ることとした。

「聞いたか、アマリリス。ぼやぼやしていると失望されるぞ」

「心配せずともちゃんと聞いていたわよ」

 どうやら意識はしっかりしているらしい。マルを癒す以前のような様子でアマリリスは答えた。休息のお陰だろうか。足止めしてくれた町長に感謝の意すら生まれてくるから奇妙なものだ。

 一人でそのおかしさに苦笑していると、人鳥たちの力が解き放たれた。鳥の屍のような姿をした《悲愴》へ向かって、その全てを崩壊させんと猛り声を出しながら道を作る。

 アマリリスの行く手を塞いでいたものはあっという間に薙ぎ払われ、塵や埃のような汚らしい羽毛と共に散っていった。

「行きましょう、カリス」

 先に言われ、私はしぶしぶ頷いた。

 また飼い犬ごっこをやらねばならない時間だ。人鳥たちの援護を受けながら、私は頼りがいのある番犬のようにアマリリスの前を走った。人鳥の手を免れてこちらに手を出してくる者がいようものなら、すぐさま私の爪と牙が唸る。

 アマリリスの力を無駄に使わせるわけにはいかない。

 出来る限り急いで剣を取り、そして、シエロを救わねばならないのだから。

 そうして、奇しくも多くの狐人たちが命を落としていったこの廊下にて、悲しくも美しい歌声に操られながらこちらに向かってくる《悲愴》を次々に細切れにしてしばらく、私たちはやっと巫女の剣の眠る聖堂へと辿り着いたのだった。


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