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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
四章 ティエラ
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8.ティエラの微笑み

 魔術に憧れるかと尋ねられれば、憧れると答える者は多いだろう。

 国教に縛られる人間たちであっても、庶民ならば自由に魔法が使えたらいいのにと軽々しく思う事がないわけでもないらしい。クロと出会う前、人間に混じって暮らしていた時にそんな場面を度々目撃したので間違いない。

 だが、魔術というものは、操るのも難しいような曲者であり、使いどころを間違えばたちまちのうちに術者本人に不都合をもたらすのだと多くの魔物は知っている。

 人狼が変化出来るのは魔術ではなく特性。

 生まれ持った力であって、特別な努力をして得るものではない。努力するとしても、本能的なものだ。人間が立って歩き喋るようになるまでとそう変わらないだろう。その一環として、変身出来るというだけのこと。

 だから、私もまた魔術師が操るような魔法に憧れなかったわけでもない。

 爪も牙も汚さずに戦えるなんて、どんなに爽快なものなのだろうと。

 今は特にそうだった。

 アマリリスなんて、魔女の中でもそんなに大物ではない。心臓は希少種であり、魔女狩りの剣士等からは特別視されることだろうけれど、それはただ単に珍しいというだけであり、才能があるというわけではない。

 彼女はその年齢を考慮しても並み程度のもの。並み以上はあっても、世の中にいる魔女たちの上位には絶対に入らないだろう。

 そんなアマリリスでも、こんな力を放ててしまえるのだ。

 一瞬力を溜めて熱風らしき魔術を放っただけで、私が剣を薙ぎ払った時よりも、その数倍は朽ちていった。その広範囲に渡る魔術を前に、ティエラは動揺を見せた。

 詰まらない羨望など抱いている場合ではない。

 私は走り出した。

 アマリリスには無く、私にあるもの。

 それは、素早さだ。

 遅い人間の姿を捨てて、私は再び狼になった。身体をすり減らすような勢いでティエラに迫り、悪臭を放つその身体を爪と牙で抑え込む。下手に敏感な鼻に与えられる刺激は耐えがたいものではあったが、それでも、我慢して捕えることが出来た。

 ――ついに捕まえた。

 扉と私に挟まれたティエラは暴れ、悲鳴を上げる。その声を聞いて、再び畏怖が現れようとするも、もう遅かった。その時には既にアマリリスも到達していて、巫女の宝玉を抱えたままティエラに目を合わせていたのだから。

「ティエラ……」

 名を呼ぶとティエラの虚ろな目が震え始めたのが分かった。

 それでも油断は出来ない。逃がさぬように抑えつけつつ、私はじっと悪臭に耐えた。そんな私の前後で、アマリリスとティエラは向かい合っている。

「これを覚えている? あなたを守り、あなたを愛した御方の意志が込められている者よ」

 巫女の宝玉はアマリリスの腕の中で怪しく輝き、ティエラを魅了している。

「思い出して、あなたはティエラ。地巫女としてベヒモスに愛されたティエラなのよ。本当のあなたに戻りなさい。あなたを苦しめる恐怖は私が引き受けてあげるから」

 アマリリスがそう言った途端、宝玉の輝きは更に増した。

 マルの時と同じだ。

 光が治まった頃には、もう――。

「勇者様……」

 視界が戻るより先に、幼げな声が響いた。

 光が治まると、一角の怪物のいた場所には目の覚めるほど可愛らしい少女が座りこんでいた。ダフネによく似ているが、似ているだけで本人ではない。雰囲気は一緒だけれど、細かな顔立ちや特徴は異なる。

 だが、それでもおかしいくらいに分かってしまう。

 彼女こそ、本当のティエラ。本当の姿をした地巫女ティエラだ。

 人間離れしたその瞳でアマリリスを見つめ、震えたまま半透明で不安定な自分の身体を抱きしめている。

「わたしはどうして一人でいるの……?」

 たどたどしく訊ねるその姿は、記憶にあるダフネよりもだいぶ幼い。蜻蛉の子特有の愛らしさがその分、際立っていた。

 もう取り抑えている必要もない、ゆっくりと身体を退けると、代わりにアマリリスがダフネに身を寄せた。視線を合わせ、そっと抱きしめながら語りかける。

「あなたは騙されてしまったのです、ティエラ様」

「騙された……?」

「あなたとあなたの愛するベヒモスはこの私がきっと取り返します。だから、今は安心して眠っていてください」

 茫然としていたティエラが、アマリリスのその言葉にはっと息を飲んだ。

 やがて、その表情に涙と笑みの両方を花弁のように浮かべると、アマリリスだけを見つめて、ゆっくりと頭を下げた。

「お願いします」

 幼くも立派なその声が、アマリリスに向けられる。

 やっと全てを思い出したのだろう。

 辛い記憶を受け止めながら、今、目の前に存在する希望の姿をじっと目に焼き付けて、ティエラはアマリリスに悲しげな微笑みを見せた。

「お願いします。どうか私たちを、そして、大罪人を御救いください」

 大罪人。

 その名に思わず身体が震えた。

 ゲネシスの事だ。苦しめるのではなく、救ってほしいと。だが、分かっている。彼女の言う「救う」とは、その手にかけるという事なのだろう。これ以上の罪を重ねるより前に、アマリリスが阻止するということ。

 ゲネシスは殺される。

 あの哀れな男は。

「ええ」

 アマリリスもまた膝を降り、ティエラにしっかりと頭を下げた。

「御言葉通り、その願いを叶えてみせましょう」

 何処までもアマリリスらしくない口調のままだった。


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