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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
四章 ティエラ
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1.寂れた町

 聖地と言うものは少なからず賑わっているものなのだと聞いている。

 どんな季節であれ、どんな時代であれ、巡礼者は存在し、社を抱える獣の町もまた滞在する者が多くいるのだと。

 なるほど、では先程から感じる様々な生き物の臭いは巡礼者のものなのかもしれない。

 ただ、獣の町に辿り着いた私とアマリリスの前には、静寂に包まれる建物と、虚しく吹き荒れる風ばかりが存在していた。

 この場所で私は一角が死ぬ所を見た。

 しかし、その遺体の面影や、死臭などは少しも残ってはいなかった。漂っているのは、生きている者の臭いのはずだ。けれど、誰もが余所者である私たちを恐れているのか、姿を見せようともしなかった。

「行きましょう、カリス」

 ぼそりと言ってアマリリスは進む。

「行くって何処だ。まさか大社じゃないだろうな」

「大社じゃなかったら何処に行くと言うの? ティエラの亡霊が待っているのよ」

「馬鹿者。まずは宿にでも泊まれ。そして、一角どもを探して話をするんだ。ひょっとすると大社が封じられているかもしれないだろう?」

「必要ないわ。一角と会って何を話すと言うの? 大社が封じられていたとしても、魔法で壊してしまえばいいもの」

「巫女の道具は他にもあるのだろう? ティエラを癒せる道具を一角共が預かっているかもしれないじゃないか」

「そんな事はないわ。私には分かるの。巫女の宝玉が大社の中にある。そこでティエラが怖がっているの。殺された時の痛みと苦しみに囚われているのが私には分かるの」

 恍惚とした様子でアマリリスは言う。

 やはり、何かがおかしい。

 リヴァイアサンの社でマルの亡霊を癒して以降、アマリリスの心に歪なものが生まれてしまったのをここ数日間でひしひしと感じさせられた。

 性とは違う、病気とも違う。

 まるで何者かが乗り移っているかのようだ。魔術よりもずっと根拠のはっきりとしない信念に引っ張られ、自分が生き物である事を忘れているかのように限界まで動こうとしてしまうのは、きっとアマリリス自身の考えによるものではないのだろう。

 勇者様になった。

 ウィルの言葉が頭を過ぎる。

 話しかけた時の反応はまちまちだ。今までのアマリリスのような返答が来ることもあれば、何処か別人のような口調で答える事もあった。

 一体、彼女の中で何が起こっているのか。

 勇者とは、勇者になるとは、どういうことなのか。

 疑問は尽きないけれど、とにかく、今はこの選ばれし赤い花とやらを使い潰すような真似はしてはならないはずだ。

 言葉を選びつつ、私はアマリリスに言った。

「だとしても、何処かで身体は清めろ。汗臭く、土埃塗れのその姿で社を踏み荒らすつもりか?」

 アマリリスの歩みが止まった。

 私の方を素早く振り返ったが、その表情は空虚のまま。双眸はかつて狼狩りに耽っていたものと何も変わらない。

 だが、私は怯まずに続けた。

「それともお前は、今のティエラがかつて混沌をばら撒いていたマルの姿のようなものだと想像して、それなら敬意等払わなくともよいとでも考えているのか?」

 考えているようだ。

 一応、冷静さを取り戻せるくらいにはまともなのかもしれない。そうだ。まともな面が残っているからこそ、ウィルに会った時に引き留められたのだろう。

 少しだけ安心していると、アマリリスは町を見渡し始めた。

 相変わらず人影は見当たらない。それでも、物影から我ら二人の様子を何者かが窺っているらしいことは匂いで分かる。

 アマリリスはどうだろう。

 彼女には気配という形で伝わっていてもおかしくないのだが。

「それもそうね」

 軽く同意してから、アマリリスは町の一角を見つめ、さほど騒々しくもない透き通るような声で告げた。

「私はアマリリス。竜の町から来た者。かつて、海巫女の輿入れの際に、ここを訪れた《赤い花》の生き残り。大罪人によってリヴァイアサンは死んだが、海巫女の魂は私が天に昇らせた。同じ事が此処でも起こっていると狼に聞いたから来た。……誰かいるのなら出てきてくれない?」

 整った廃屋のような寂しい気配漂う中、アマリリスの声を受けて匂いの元が動き始めた。

 お互いに様子を窺っているらしい。だが、それも束の間に終わった。物影からようやく身を乗り出してきたのは、一角の住人たち。その誰もが成人と呼ぶにはやや早いように思える外見をしていた。

「《赤い花》って言いましたよね?」

 たどたどしい言葉遣いで距離を取りながら一角の子供達は窺ってきた。

「もしあなたが本当に海巫女を救ったのならば、その証拠をお見せください」

 やや警戒し過ぎとも思える子供達の言葉に、アマリリスは迷うこともなく巫女の鏡を見せた。それが何者かなんて、この若くて小さい生き物たちに分かるのだろうか。

 だが、一角の子供達はその鏡に触れると、すぐに頭を垂れてアマリリスに詫びた。

「疑って御免なさい、勇者様」

「貴女が訪れることは長老から聞いていました。そして、悪魔が私たちを騙すだろうとも」

「悪魔は貴女を恐れております。遠い地で手駒を動かしながら、今も私たちの神殿を汚し続けていて――」

「大人たちは殆ど死んでしまいました。僕達だけではどうしようもなくて。お願いです、一緒に長老の所に来てくれませんか?」

 縋るように訴えてくる子供達に、アマリリスは優しげに微笑む。

「分かった。案内して」

 その一言で、一角の子供達は泣き出しそうなほど安堵したようだ。


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