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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
三章 マル
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7.使い走り

 人狼を頼って私の匂いでも辿ってきたのだろう。

 使えるものは他種族の魔物であっても使うというのは、神獣の子孫に共通する特徴だとも言われている。人狼ならばまず相手を警戒して此処まで踏み込ませられないだろうけれど、竜族などの神獣の子孫は多くの魔物よりもずっと力があるため、こうした事が出来るのだと聞いたことがある。

 なるほど、確かに竜族に協力を要請されて歯向かえる者などいないだろう。

 旅人風の人狼達はどいつもこいつも率先して竜族共の犬に成り果てていた。だが、彼らを嘲笑うような資格は私にもない。

「混沌は私たちに任せて、あなた達はマル様のもとへ」

 おぞましい姿に怯えもせずに、リンはそう言った。

 きっと竜族は既に知っていたのだろう。その誰もが私情を少しも漏らさずに、ただ単に混沌の多さに焦っているだけのように振る舞っていた。

 戸惑っているとすれば、彼らに駆り出された人狼達の方だろう。

「混沌を相手していても切りがありません。早く我らの巫女を救ってあげてください」

 懇願するようなその声に、アマリリスに覚悟が宿る。

 それを確認してから、私もまた動いた。アマリリスを見えない糸で引っ張るように前進し、リンやその仲間がこじ開けた道を歩み出した。

 混沌はすぐさま私たちを狙った。彼らの目的は鏡をマルに近づけさせない事なのだろう。それが今のマルの望みなのかもしれない。混沌に引きこもって辛い現実から逃れ続けることが、彼女なりの防衛行動なのかもしれない。

 だとしても、それはまやかしに過ぎない。

 マルが籠れば籠るほど、海は穢れていくだろう。そうして次第にマルの亡霊はマルですらなくなり、グリフォスの望む未来が訪れることとなるのだろう。そんな未来を引き寄せてはならないからこそ、マルには辛くとも元に戻って貰わねばならない。

 荒療治だが、救う道はそれしかないのだから仕方ない。

 リンたちに守られながらマルに近づく私と、その私に続くアマリリスを見て、マルの亡霊が動揺を見せた。蛇のような頭にあるその目は空洞で、何かが見えるようにはとても思えないが、確かに我々の姿は見えているのだろう。

 再びマルが叫ぶと、今度は私の目の前に淀んだ水溜まりが生まれた。

 生まれてすぐに二体の混沌を葬ると、マルの亡霊はゆっくりと動き出し、聖堂の端へと逃れた。まるで、グリフォスから逃れた時のように移動しようとしているらしい。

 だが、それよりも先に、数多の混沌を飛び越えて、人狼達の数名が行く手を阻んだ。いずれの通路も塞がれては逃れる場所はない。取り囲む私たちの存在に焦り始めたのか、次第に混沌を生みだす力も鈍っていった。

 今の内に鏡を。

 走り出す私たちを見て、マルの亡霊が表情を変えた。腐りかけたようなその尾を激しく動かしたかと思えば、状況を判断するよりもまず、私の全身に強い衝撃が加わった。進んでいた方向とは全く逆に突き飛ばされて、後ろにいたアマリリスもろとも床に叩きつけられる頃に、マルは再び混沌を呼びだした。

 一瞬にして、混沌は私たち二人を取り囲む。リンたちの援護も失い、身体の痛みにしばし呆然としていると、命令を下すかのようなマルの咆哮が聞こえてきた。私の爪と牙では到底捌き切れない数だ。

「カリス、じっとしていて!」

 その命令に従うか従わないかと言う時に、アマリリスの魔術が放たれた。私たち二人に飛び掛かってきていた周囲の混沌達が、一瞬にして細切れになった。

 粉々になって液体と化す混沌達の姿に、嫌でもクロの最期が甦る。

 魔女の性を失っていても、魔術のおぞましさは変わりもしない。変わっているとすれば、魔術を使った後のアマリリスの表情くらいだろう。

「行きましょう……」

 冷静なその声に背を押され、私は再び走り出した。

 マルの亡霊はもうすぐそこだ。一瞬にして手駒を根絶やしにしてしまったアマリリスの魔術に怯んでいる隙に、私は人狼として持つ全ての力を振り絞るように、その朽ちかけた身体に向かって突進した。

 人間のものではない咆哮。

 身も心も本能に任せて飛び込む私を、化け物と成り果てたマルはどうにか受け止めようと動いた。彼女にはもう余裕などない。見えているのは風となって迫る私の爪と牙だけだ。人間の女ならば嫌悪感しか抱かないだろうその身体も、魔物である私には何ともない。腐肉を食らえない臆病者は魔物ではない。

 それでも、噛みついた瞬間に広がった臭気には、思わず顔が歪んだ。

 死の臭いとでもいうのだろうか。それとも、この世には存在しない匂い。混乱に囚われ、この世に呪いをばらまく匂いなのだろう。

 ずっと口にしていれば、私の身体にも何かしら影響が出るかもしれない。

「カリス……!」

 アマリリスが制するように声を上げた。

 彼女には躊躇いも戸惑いもなく飛び掛かるような度胸はない。慎重であるといえば聞こえがいいけれども、爪と牙に頼って身を守らなくてはならない私にしてみれば、それは意気地なしでしかない。

 マルの身体を蹴り飛ばして離れ、狼姿のまま私はアマリリスを睨んだ。

鈍間(のろま)め。ぼけっとしている暇があったら、さっさと行け」

 吠えるように言うと、アマリリスの表情が変わった。

 震えるマルの亡霊の前へと足を踏み出し、その手に握り続ける鏡をそっと掲げた。鏡が輝き、マルの亡霊を映し出す。

 その瞬間、マルの動きがぴたりと止まった。



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