1.屯する人狼達
我々は嘘つきだ。嘘をついて生き延びてきた。
嘘をつかねば獲物を得られない。獲物を得られなければ死んでしまう。
綺麗事だけを並べて生きていける奴らはいいものだ。そういう生き物は綺麗なまま、我々のように生きるしかない存在を簡単に穢れと見なす事が出来てしまうのだから。
だが、嘘をつき生き延びていけばいくほど、嘘というものに敏感になる。
目の前の者が嘘をついているのか、いないのか。
嘘に縁のない生き物に比べれば、私はまだ聡いほうだろう。
そんな私の目から見れば、大社の前で陣取っていた人狼共の証言は、嘘の含まれない、含まれる必要のないものだった。
「俺たちが此処にいたのは、唄の為だ」
その言葉がいかに現実的でなくとも、だ。
「一日此処にいるとね、悲しげな唄が聞こえてくるの」
共にいた女が付け加える。
「とても悲しげな唄よ。私たちの一族に伝わるどんな唄よりも寂しげな唄。まるで誰かを悼み、助けを求めているような唄」
私だけを見つめ、彼女は怪しげに言った。
「巡礼出来ない代わりに興味深い唄が聞こえた。人間は皆不気味がって逃げ出してしまったけれどね。私達が此処にいるのはその好奇心の為だけよ」
「好奇心なら――」
言いかけるリンを制して、私は追求した。
「建前はいらない。本当の事を言え。好奇心だけではないのだろう?」
同胞達は互いに顔を見合わせ、その数名がちらちらと竜族達を様子見た。
警戒しているのだろう。竜族と言うものは、我々人狼よりもずっと力がある。なんせ、神の子孫に等しいのだから仕方ないことだ。
黙りつつも視線を緩めずに、彼らの応答を待つこと数分。やがて、私の眼差しに参ったように肩を竦め、口を開いたのは、グリフォスに人狼としての力を奪われてしまった茶髪の中年男だった。
「分かった、正直に言おう」
リンも竜族も敵意は見せない。
それに安堵してか、男は素直に吐いた。
「皆が此処にいるのは俺の所為だ。あの女に触れられて以降、力が戻らない。だが、噂に寄れば巫女様の御慈悲があれば呪いも解けるそうじゃないか。僅かばかりのその可能性に期待して此処に居たんだよ」
「で? 大社に忍びこんだのは何度目だ?」
容赦なく質問を浴びせると、さすがに男はたじろいだ。
だが、無駄な事だ。どうせ、このくらい竜族達も分かっていた事だろう。竜族にとって、我らが人狼であると見切るのは、猿と人を見分ける事くらい簡単であるそうだ。そして、人里付近で人の振りをして集まっている人狼など、よからぬ事を考えているか、人に迷惑をかけるような事をしているかのどちらかだ。
竜族にばれないとでも思っていたのだろうか。
この狼共の匂いは、血塗られた大社の中からも漂ってくる。その匂いをこの場で嗅ぎ取れない者など、気配そのものしか分からないアマリリスくらいだろう。
「正直にお答えください」
リンにも言われ、人狼達は観念した。
「今回で五度目だ。文句あるか?」
開き直った狼ほど滑稽なものはない。
狼の姿に戻れないはずの男が牙を剥く姿を見て、アマリリスがそっと微笑みを浮かべた。その笑みを横目で見た時、一瞬だけ、彼女が元の魔女に戻ってしまったような気がして、ぎょっとした。
生憎、そういうわけではなかったのだけれど。
「じゃあ、中が今どうなっているか、あなた達の方が詳しいわけですね?」
確認するようにリンが言う。
年若い娘の容姿に似合わず、その目は何処までも厳しく光っている。竜の目というものが放つ圧倒的な気迫は、我々犬っころを脅すくらい朝飯前なのだろう。
「マルの亡霊は見ましたか? 混乱に囚われる彼女の姿ならば、あなた達のような一般人にも見えるはずです」
「一般人ねえ。さあて、どうだったか――」
人狼の癖か旅人の一人――比較的若い青年が人を食ったような言い回しをした為、竜族の一人が牽制するように身を乗り出す。それを受けて青年は慌てたように手を振った。
「ああ、冗談だよ」
そう言って、中年男をちらりと見つめる。
どうやら、この集団の頭は力を失ったこの茶髪の男であるらしい。だから、彼を置いてこの場を去れないのだろう。優秀な頭に頼って暮らす人狼共は、新たな頭の器である者が現れるまで、どこまでも行動を共にしてしまうものなのだ。
私は違ったけれど、そういう人狼は多い。
変身の力を失っても、この茶髪の男の判断力はこの集団の命綱に等しいのだろう。
「見てはいない」
あっさりと中年男が言い、他の人狼達もそれに同意する。
「だが声を聞いた。聞いたからこそ、ここに留まった。混乱がなくなれば、彼女が俺の呪いを解いてくれるかもしれない。そう思って此処にいただけだ」
「なるほど」
リンが呟きつつ、少しだけ考え込む。
そして、小さく頷くと人狼達に向かって言った。
「有難うございます。大変参考になりました。では、話を戻しましょう。あなた達が犯した罪を償わなくてはなりませんね」
突然の宣告に人狼達が大きく動揺する。
「ちょっと待ってくれよ。俺達は――」
言いかける頭の男を手で制し、リンはきっぱりと言った。
「此処は聖域。許可なく踏み荒らし、あろうことかマルの声が届く辺りまで侵入したとなれば、それは大罪です。よくて罰金か懲役、ともすれば、あなた達の正体をこの町の者に曝した上で永久追放となる可能性もありますね」
「おいおい、待ってくれよ、竜族の御嬢ちゃん」
「勿論、情状酌量の余地はあります。あなた達の目的は人間達を困らせたり、食べてしまうことではなくて、飽く迄も、リーダーの力を取り戻したかっただけ。その為、やむなく此処に忍びこんだというわけでしょう?」
「ああ、俺の判断だ。罰するなら俺だけにしてくれ。こいつらは俺に従ったにすぎん」
茶髪の男が観念したように言うと、仲間の人狼達が不安げにリンと男を見比べた。こんな形で頭を奪われるのも彼らは望んでいないだろう。
そんな人狼達の事情を全て見通しているかのように、リンはにっこりと笑みを浮かべた。
「分かっています。あなたの手下を罰するつもりはありませんよ」
急に優しげに彼女は言う。
「ただちょっと、あなた達に手駒になって貰いたいだけです」
圧され続けていた人狼達が次々に首を傾げた。