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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
一章 クロ
146/213

2.永久の愛

 永久とわの愛とはなんだろう。

 アマリリスの傍の影に潜みながら、私は呑気にも考え事などをしていた。

 竜の町にただよう鎮魂の空気も、私にとっては半分ほどどうだってよかった。

 とんでもない事になったのは確かであったし、ここまで来てしまうまでに止められなかった事には悔いがある。けれど、私にはどうしようもなかったのだ。

 竜族や竜の町の人間達に追悼された犠牲者達の半分ほどは、私もまた見知っている者たちだった。海巫女もそうだし、海巫女にかしずいていた人間達だってそうだ。特に、あの若き人間達は、人間であってもその死にざまが心に残っている。彼らの勇敢な行動が無ければ、私は今もグリフォスの下で苦しんでいた事だろう。

 それでも、町の者たちのように落ち込んでばかりでいようとは思わなかった。

 だからこそ、アマリリスの状態は面倒くさかった。これから先、どうしても奴の力が必要であるというのに、どうしたものだろう。

 ――あの下級魔物。主人の命令を無視した上に、易々と殺されやがって。

 死者に対してそんな理不尽な暴言を吐きながら、私はぼんやりと考えていたのだ。

 永久の愛とは何か。

 クロが死んでどのくらいの月日が経っているだろう。アマリリスを追いかけはじめて、もう相当長い時間が経っている気がしていた。ひょっとして一年近くだろうか。いや、もしかして、一年越えているのだろうか。

 記憶は曖昧となっていく中でも、男としてのクロの輝かしい魅力は忘れられなかった。

 人狼と呼ばれ、その名の通り狼に近い我々は、一度伴侶を決めればその者の為に死ぬことが出来るほどの固い絆を結んでいく。力と力のぶつかり合いがあったとしても、夫婦はお互いを尊重し合い、死ぬときまでお互いに身を捧げるのだ。

 だからこそ、私はアマリリスを殺したかった。

 その後はどうなったっていい。

 だが、この世を去る前に、クロを殺した女の命は、この私が、私の手で奪わなくてはいけないのだ。そんな強迫的な責任感がずっと私を動かしてきた。

 あの女が《赤い花》で、海巫女に選ばれたとしても、それだけは変わらなかった。

 それならば世界にとってあの女が不要になった時に、人知れず攫い、時間をかけて殺すまでだと思ってきたのだ。

 ――それなのに、これはどういう事だ。

 永久の愛とはなんなのだろう。

 クロが亡霊となって訪れてくれるのなら、迷い続ける私を導いて欲しかった。

 戸惑いの元は幾つかある。

 まずはアマリリスの事。あの憎き女の事。

 魔女のさがが戻ってくれば、彼女は再び自我を歪ませ、私の命を奪いに来るだろう。魔女の性の犠牲者はいつだって悲劇的なものだ。ゲネシスの義弟ミールがそうであったように、必要以上の苦痛を強いられた上で破滅を迎える事となる。

 私だって、そんな犠牲者になるなんて御免だ。

 それなのに、魔女という生き物は恐ろしい。魔女である事を忘れている今のアマリリスと話せば話すほど、私はあの女がクロを殺した張本人である事を忘れかけるのだ。憎くて、憎くて仕方なかったはずの彼女が、まるで同じ血を分けた同胞であるかのように思えてきてしまっているのだ。

 こんな事、あってはならない。

 だって、あの女は、クロを殺した汚らしい魔女であるはずなのに。

 苦しみ、戸惑いは、それだけじゃない。

 もう一つはゲネシスの事だ。あの愚かな罪人の事だ。

 アマリリスは彼を殺しに行くのだろう。私がかつてアマリリスを殺そうと追われつつ追いかけたように、彼女はルーナを奪った相手に復讐をするのだろう。

 そしてその復讐心はどうやら利用されるらしい。

 リンはアマリリスに巫女の鏡を託した。それは、各地の聖域の息を吹き返すための準備であるらしい。でも、それだけではない。それだけでは世界の混乱は治まらない。

 ゲネシスは罰せられるのだろう。

 罰する者こそ、アマリリス。《赤い花》を持ち、ここまで深く関わってしまった彼女こそが、愚かにも悪魔に耳を貸してしまった青年を罰しに行くのだろう。

 ゲネシスの罪はどのくらいのものになるだろうか。

 考えるまでもなかった。あれだけの事をして、あれだけの命を奪ったのだから。ゲネシスにとっては世界を裏切ってでも叶えたい望みであっただろうけれど、他の者にとってみればそれは我がままでしかないのだから。

 死をもって償うべき。

 世間はそう判断するだろう。

 では、私は。私は、ゲネシスの罪が償われる瞬間をどう捉えるだろうか。

 ――ああ、クロ……。

 涙が零れそうになるのを必死に堪えて、私は影の中で蹲っていた。胎児のように身を丸め、或いは、子を温める母のように身を丸め、亡き人への問いかけを抱き続けた。

 永久の愛とは何なのだろう。

 クロ。お前に対する想いは本当に確かなものだった。お前が死んだ時は受け入れられなかった。すぐに後を追えなかった事や、すぐに仇もとれない自分の無力さを呪い続け、苦しみ続けた。

 それは確かであって、本当であったはずなのだ。

 それなのに、どうしてだろう。

 私はゲネシスに死んで貰いたくなかった。あれほどの罪を犯し、多くの生者や死者から恨まれている愚かで純粋なあの青年の未来を考えると、どうしようもないほど恐ろしくて辛かった。

 ――クロ、私は人狼として異常なのだろうか。

 永久の愛を約束した亡き伴侶がありながら、生きている男、それも人狼の血を一滴も引いていないような男に恋をするなんておかしいのではないだろうか。

 私は問いたかった。クロに問いたかった。

 怒って欲しかった。そして、叱って欲しかった。

 クロの温もりを感じることが出来れば、この迷いは消えるだろう。人間に恋したかもしれないなどという馬鹿な妄想は吹き飛んでくれるはずだ。

 でも、影の中でどんなに問い続けても、答えてくれる者なんて何処にも居ない。クロの亡霊はとっくに黄泉の向こう側――忘却の峠を越えて、苦しみから解放されてしまっているのかもしれない。

 影の中、私は嗚咽を聞いた。

 それが自分の喉元から漏れだしているなんて忘れるくらい、暗闇の中に浸り続けていた。


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