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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
七章 キュベレー
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9.御使い

 ああ、これは、どういう事だろう。

 もしやキュベレーの最期の足掻きだったのだろうか。

 私は天を呪いながら、大きな音と共に開け放たれた扉を睨みつけていた。グリフォスもまた、私のすぐ傍で彼らを迎え入れる。

 私がグリフォスに助けられてやっと来ることの出来たこの場所に、彼女――彼女達は、あっさりと来てしまったのだ。

 赤い色と黄金の色。

 赤色に身を包む魔女と、その魔女に寄り添うように唸る金色の大きな狼を見つめた途端、私もまた獣のように唸ってしまった。

 狼の方が私を見つめ、悲しげにその名を鳴いた。

「――ゲネシス」

 カリス。

 かつて聞いた声が、久しぶりにまた私の耳に届いた。

「お前を迎えに来てやったぞ」

 傍に居る魔女――アマリリスが私を睨みながら剣を構える。見覚えのないその剣は、魔女狩りの剣なんかではなかった。

 あれは何の剣だろう。

 光沢も素晴らしく、ただの人間には絶対に作れないだろう魔性を秘めている。魔女、もしくは魔族に伝わる剣なのだろうか。

 アマリリスはじっとキュベレーの亡骸と、その心臓を握る私を見つめると、言葉も言わずに一歩足を踏み入れた。

「その心臓を置いて」

 静かな声が私へと向く。

「私と戦いなさい」

 恨みを込めつつ、それをあまり表に出さないように必死に抑えている。

 私はかつて彼女の仲間を殺した。ルーナとかいう名前の弱き贄を殺し、不必要にこの剣に血肉を吸わせた。

 あの日から、彼女は私を恨み続けたであろう。

 私がサファイアを奪った人狼を恨み、ミールを奪ったキュベレーを恨んだように。

「私が勝ってあなたが死ねば、その男の子は孤独になる。だから、その心臓を置いて、まずは私と戦いなさい」

 稲妻のような声が私を貫く。

 裏を返せば、この魔女さえ殺せば、もう誰も私を止める者はいないという事だ。あの黄金の女人狼もまた、その伝承を信じているからこそ夫を殺された恨みを堪えて赤い魔女の傍に付き添っているのだろう。

 カリスよ。お前は愚か者だ。

 だが、私はもっと愚か者だ。

 愚か者同士、殺し合おうじゃないか。

「アマリリス」

 私はその名を呟いた。

「罪人の私を裁きに来た御使(みつか)いはお前か」

 私の傍ではグリフォスがそっと力を溜めている。

 彼女はきっと最後まで私を守ろうとしてくれるだろう。それこそが、彼女と手を組んだ理由であり、証拠である。

 アマリリスの目が輝く。

 かつて人狼達に恐れられ、魔女の性に抗う事もなくカリスの夫を殺したという魔女の姿は、私の目にはただの意思の強そうな神秘的な女にしか見えなかった。

 きっと古ぼけた神獣の時代より価値観を変える事の出来なかった野蛮人達は、罪人を裁くべく清らかな剣を構える、あの《赤い花》の姿をこう讃えるだろう。

 ――聖女。

「私は御使いなんかじゃない」

 アマリリスは淡々とした声で答えた。

「ただ魔女である事を忘れているだけよ」

 カリスに寄り添われながら、まるで主人と従者のように彼女達は私の前へと迫って来る。

 しかしそれをグリフォスの眼差しが制した。

 彼女達は恐れているのかもしれない。自分達の力を容赦なく吸い取っていく悪魔に。

 そうでなくとも、全ての巫女を体内に捕えて自分だけのものとした完全なる悪魔の力を前に、警戒しないわけがない。

 だが、グリフォスもまたアマリリス達を警戒しているようだった。

 それだけアマリリスの持つ剣は特別なものなのだろう。

 グリフォスと彼女達がお互いにお互いの動きを読んでいる中、私はそっと大切なキュベレーの心臓をキュベレーの亡骸の傍へと戻した。

 戦いで潰されては困る。

 キュベレーの亡骸を退かした上で、私はいまだ生きている魔女の姿をまじまじと見つめた。あの赤い衣の下で、貴重な血を送り出す有難い心臓が動いている。

 その価値は、ナキのものや、キュベレーのものよりも高いだろう。

 希少種でありながら、キュベレーよりも弱いはずの《赤い花》の生き残りを見つめながら、私は静かに己の呪われた剣を窺った。

 どんなに酷使してもグリフォスの加護を受けたこの剣は駄目にならない。

 まるで生き物のように次なる血肉を求めるこの刃は、魔術師を殺すべくと定められた身ゆえか、特に魔女が相手だと喜んでいるようだった。

 一生に一度、あるかないかの貴重な味を求めて、我が剣が(よだれ)を垂らしている。

 対するアマリリスの持つ剣もまた、何故だか私とグリフォスの姿を見て心を躍らせているかのように薄紅色に光っていた。

 二つの剣。

 対照的なこの印象は何処から来るのだろう。

 異様に青白い私の剣と、異様に仄赤い彼女の剣。

 この刃を交え、未来を勝ち取るのはどちらだろう。

 考えても仕方がない。

 ともかく私は興奮を覚えていた。この手で《赤い花》を散らしてしまいたい。全てを壊しつくし、その再生の希望すらも摘んでしまってから、私だけの未来を勝ち取りたい、と。

 グリフォスが色気づいた吐息を漏らし、言葉をぽつりと漏らす。

「いらっしゃい」

 魔性を孕むその声と共に、二人の女を引きいれる。

「せいぜい私達を愉しませてちょうだい」

 それが合図だった。


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